二者面談 クールタイム
ルルが居なくなってからミーナがやって来るまでにはかなり時間がかかったため、その間にバルパは自分目掛けて襲いかかってきた無謀なドラゴンをワンパンで殺して無限収納の肥やしにしたり、修行の合間に色々と考えていたことを纏めたりする時間として使うことにした。
ドラゴンもまた魔物であり、自らの命が危険になるような行為は慎む傾向がある。
バルパがここにやって来る間、向かってくる敵をこれみよがしなほどに虐殺していた。そうすれば下手に手を出そうという輩は減るだろうし、自分達を襲えばどうなるかというのを周知させることは絶対に意味のあることだ。
そしてバルパがわざと音を大きく鳴らしながら魔物を殺し続けたことで、隠れ家として停留している洞穴に入ってこようとする存在はほとんどいなくなっている。
ドラゴンの中にも跳ねっ返りのようなものがいるのか時折彼我の実力差を把握できずにむやみやたらに突っ込んでくる奴もいたのだが、そういう奴らは一体残らずバルパの未来の食料へと変貌を遂げていた。
バルパはある程度余裕が生まれたために、戦闘の最中何度かドラゴンに話しかけてみたのだが、翻訳の首飾りを使っても彼らはバルパと意思疏通をすることは出来なかった。
元の位というか生物としての格は明らかに自分よりも高いはずのドラゴンと意思疏通が出来ないというのは、非常に奇妙なことに思える。というかそもそも、言語がないのならば竜言語魔法という言い方も間違っているのではないのだろうか。
レッドカーディナルドラゴンでもダメだったわけだが、もしかしたら未だ話にしか聞いたことのない真竜クラスならば話をすることが出来たりするのだろうか。
意思疏通の出来る魔物が世界で自分一体だけだと思うほどに、バルパは自分のことを特別視してはいない。ゴブリンでもこうなのだから、オークなりリザードマンなり、どんな魔物にも一体くらいは話せる奴がいるのではないかと彼は考えていた。
魔物といえば、バルパは未だ魔物と人間の区別というものがよくついていない。そのせいでティビーが怒っていたらしいとミーナから聞いた。彼は天使族であるレイを人間として報告していたことが不満だったようだ。
だがバルパの魔力感知の反応で言えば、間違いなく彼女は人間なのである。奴隷の四人を例に取ればピリリとレイは人間で、ウィリスとヴォーネは魔物である。
面と向かってお前は魔物だと言うと怒るということがわかったので普段はエルフなりドワーフなりと種族名で呼んでいるのだが、それは問題の解決にはなっていない。
確かに考えてみれば不思議ではある。上半身は人間、下半身は蜘蛛のアラクネは魔物だというのに、羽が生えているレイは人間なのである。その癖少し耳が長いだけのウィリスが魔物なのが更に事態をややこしくしている。
魔物と人間の明確な線引きというものは非常に難しい。天使族だけは魔物ではないなどと頓珍漢なことを言っている星光教の教義は置いておくとしても、ある一定のラインで両者を区別するというのは中々難しそうだ。
きっと魔物の領域に行けばもっと魔物にしか見えない人間や、人間にしか見えない魔物を見ることになるだろう。そうすれば今見えていないものが見えてくるということもあるかもしれない。
バルパからすればよくわからないことだ。人間は魔物を憎み、魔物は人間を憎む。だが人間が魔物と言っているものの中には人間も交じっているのだ。
人間の世界で生きている魔物である自分からすると、両者の怒りの矛先は微妙に食い違っているような気がしてならない。魔物の領域にいる者達はすべからく人間を憎んでいると聞くが、果たしてそれも本当かどうか。
ヴァンスやミーナのように魔物を大して嫌っていないような人間もいれば、ルルのように魔物を明確に敵視している人間もいる。まぁ彼女はどういう原理でかは知らないがそれを克服し、自分と一緒に魔物の領域に入ろうとしているのだが。
人間と魔物という二つの勢力はお互いがお互いを憎み合ってこそいるが、実は両者の間にそれほど大きな違いなどないのではないだろうか。
些少の違いがあったとしても、中には友好的な者もいれば、無理矢理自分を友好的に書き換えてしまうような者もいる。両者の間のわだかまりに目を瞑ることさえ出来るのなら、魔物の領域の向こう側にいる彼らが無理矢理に奪われることはなくなるのではないのだろうか。
大して世界を知らない自分でも思い付くようなことだ。きっと以前どこかの誰かが似たような思想を抱き、そして散っていったのだろう。バルパはどこか自嘲染みた笑みを浮かべながら空を仰ぐ。
夕暮れの薄紅色の中に、青の線が走り始めている。オレンジの稜線とそれを侵そうとする青の群れが混じり合い、中心部が紫色に変色し始めている。夜がかなり近づいている、ご飯時の前までに話は終わるだろうか。バルパは未だ人が出てくる気配のない幌からドタドタとうるさい音が聞こえてくるのを耳にした。
あれほど防音性の高い室内からどうすれば音が漏れ出すのだろうと少し中の想像をして、怖くなったのですぐに止めた。下手に中に入って仲裁でもしようものなら自分ごと巻き込んで更にうるさくなるに決まっている、ここは黙って待つのが吉だろう。
彼が騒音が消えてからもしばらく待機を続けていると、ようやくミーナが肩で息をしながら出てきた。
なぜか彼女の衣服が乱れ、髪の毛は無理矢理引っ張り回されたかのように跳び跳ねてボサボサになっている。
一悶着あったらしいことには触れるまいと考えながら、バルパはミーナにゆっくりと近付いていった。




