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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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回復


 名も無きゴブリンは自分を沸かせてくれる存在が現れたことに歓びを感じていた。

 剣を振り下ろす、狙い通りなら相手の頭を正面から叩き割ったはずのその一撃は微妙に角度を逸らされることで目の前の男の頬の薄皮をほんの少し切るに留まってしまう。

 爪先に力をこめて大きく後退、敵の見える場所に全体攻撃の雷の魔撃を放つ。目の前の二人はその攻撃を喰らい、後方で構えている三人への攻撃は白い壁によって防がれてしまう。ノロノロと動きながらもこちらを睨んでいる前衛の二人に白い靄が飛ぶ、すると攻撃を受ける前のように素早い動きで再びこちらへ向かってくる。

 再び攻撃に移ろうと前進するゴブリンに炎の矢が飛んでくる、それを緑砲女王で受けカウンターを前衛に当たるように盾の角度を調整した。

 目の前の五人は間違いなく人間だ、自分よりも遥かに弱く自分よりも魔力の少ない人間だ。だが倒せない、本気の一撃を食らえば一撃で死ぬようなひ弱な人間だというのに自分は未だ最初の奇襲ぎみの一撃以外でまともな有効打を与えることが出来ていない。

 面白い、自らが命の危機にあってゴブリンは未だかつてないような高揚を味わっていた。弱い、だからこそ強い。人間の強さ、彼らが今まで築き上げてきたものが今自分を倒さんと向かってきている。

 緑砲女王があるせいで視界が確保しづらくなっている左下に衝撃が走った、カウンターが走り攻撃のされた方向目掛けて風の刃が飛ぶ。その一撃をモロに受けた細身の男は後方に吹っ飛び受け身を取りながら着地した。その手には風の刃で上半分に大きく裂けている盾があった、どうやら盾同士を怪我をすることも惜しまずにかち合わせたらしい。

 いくら緑砲女王が最高級の魔法の品であるとはいえまともに盾のバッシュを受ければ衝撃は入る、少しだけ反応が鈍くなったゴブリンに大男の横凪ぎの一撃が襲う、足首を刈り取るように下方を狙われているために今持っている剣では届かない。かと言って盾を右に寄せるほどに左手は回復してはいない。

 ゴブリンが盾を体の前に抱え跳躍するとそれを見越したかのように頭上から小さな剣が飛んできた。盾の仰角を上げながらそれが先ほど吹き飛ばした男の片手剣であることを理解し驚愕する、あの男は自分が飛ぶことまで計算に入れ自らの唯一の攻撃手段である剣を放ったのだ。盾を上げ少しだけ開いたゴブリンの右脇に石の矢が飛来する、その一撃を剣で真ん中から断ち切った。まるで自分が盾を動かすことがわかっていたかのような連携にゴブリンは舌を巻かざるを得ない。

 着地時に無防備になる瞬間を狙おうと力を溜めている大男の上に思いきり魔力を注ぎ込み土を被せた。大量の土は横にいた無手の男ごと剣士を飲み込む。その上に大量の水を出した、そして土に染み込ませてから氷魔法で土ごと凍らせる。

 着地をしたときには土の上には霜が降っており、彼の黒のブーツがシャキシャキと音をならした。

 戦いは終わったかと言えばそうではない、彼が土で数段分高くした階段の先には未だ健在の女三人が立っている。どういう原理なのかはわからないが真ん中の女が出している透明な膜のようなものが土の侵入を拒んでいる、それの強度はかなり高く、全力で魔撃を叩き込まなければ割れると確信できないほどだった。

 土へ変わっていた魔力が消えることで足元の土がどんどんと消えていく。土の中で凍っているはずの男二人が死んでいないであろうことを半ば確信していたゴブリンは今度は大きく跳躍し拳を天井に刺し込んだ。から水の魔撃を叩き込む準備を始める。

 土が完全に消えた瞬間、中から少し顔色が悪くなった二人の男が現れる。二人がこちらを見上げる前に足元に大量の水を発生させて二人をまとめて水の牢獄へ閉じ込める、そのまま水ごと凍らせようとしたが水が温度を下げてくれなかった。どういうことだと見下ろすとローブの女がなんらかの魔法を使い自分が生み出した水に干渉しているのがわかった、どうやら水の温度を上げる魔法を使い対抗しているらしい。彼は未だ水を熱する方法がわからない。やはり魔力の扱い方に関しては本職には未だ及ばない、ゴブリンは自らの未熟さを認めた。だが問題はない。魔撃を使って勝てない相手には剣撃を、剣撃を使って勝てない相手には魔撃を使えば良い。自分が相手よりも優れている部分で戦い、相手に長じる部分を使わせない。そうしなければ勝てないと彼の本能が訴えていた。

 それならばと振り子の要領で自分の体を大きく振り、直方体状に展開されている結界へと身一つで飛び込んでいく。体に当たる前に右手に抱えた剣でを思いきり結界に突き刺すとまるでバターでも切ったかのように結界は簡単に消え去った。

 着地の時が近づく、魔法使いの二人は呆けたようにこちらを見上げている。中衛と思われた人間は息を飲みながらも彼目掛けてナイフを投擲した。前衛二人の剣速と比べれば遥かに遅いその攻撃をゴブリンは造作も無く剣で弾いた。続いて二度目、三度目の攻撃を盾で防ぎ、少し手が空いた時間で魔力感知を発動させる。目で確認する余裕はないが、前衛の二人の剣士はあの場所を動いていない。時間をかけて大量の魔力を注ぎ込んだ水は土よりも長時間維持される、だからまだあの二人は水の中でもがき苦しんでいるはずだ。

 剣を上に放り投げ、袋から投擲用の剣を取り出した。それを手首のスナップだけで薄着の女に叩き込む、魔法を防ぐ謎の攻撃を使い仲間を回復させる謎の魔法を使っていたあの女めがけて。

 回復というのは傷を治すという意味で彼らが使っていた言葉だ、そんな魔法があると知らなかったゴブリンは最初に見たときに自分の目を疑った。鑑定や回復、魔法はまだまだ奥が深い。女は胸に金の短剣を生やしてから後ろに倒れこんだ。

「ルルッ‼」

 魔力感知が激しく動く二人の剣士の動きを捉える。どうやらあの魔法使いが水の拘束を解いたようだ、これならあの女を先に殺した方が良かったかもしれない。いや、回復役を潰せたのだからこれが最適だ。

 大男が先程よりも鋭い剣閃を放ってくる、しかしそこには速さしかない。自らを翻弄した技量も、小手先の技も何一つ使わないただ速いだけの振り下ろし。

 自らの強さを捨てた人間は強くなどない、膂力に優れるゴブリンは剣撃をいなし、カウンター気味に剣を大男の膝関節に差し込んだ。

 後ろからもう一人の細身の男が迫る、男を援護するように前からは炎の渦が迫ってくる。しかしもはやその一撃一撃は恐るるに足るものではなくなっている、あの大男の一撃以外で彼に大きなダメージを与えることが出来る手段を彼らは持っていない。

 胸先で剣を逸らし、炎の渦に対して炎の渦を打ち込む。より魔力が込められたゴブリンの一撃が女の魔法を打ち消した。速さを意識して雷の魔撃を放つとぎゃんと声を出しながら女は倒れこんだ。

 女の攻撃を無力化してから目の前にいる男と相対する。細身で素早い攻撃を特徴とするこの男の顔に焦りが浮かんでいる。こうなってしまえばもはや脅威ではない、ただ力任せに振られるだけの剣ならば、より速くより強く振れるゴブリンに捌けないはずがない。

 大きく振られた横凪ぎの一撃を男の脇腹に当てる、純粋に横に凪ぐのではなく剣筋の角度を下の方に下げていたために男はガクリと膝から崩れ落ちた。

 残るは魔法使いの女一人と中衛の女が一人、ここまで来てしまえばもう問題はないように思われた。

 こちらに血走った目で向かってくる中衛の女の一撃を半身になってかわし、脇腹へ拳打を見舞う。くぐもった声を出しながらも女は地面を踏みしめ立ったままだった。

 名も無きゴブリンの方を見ながら女は口を小さく動かす。囁き声にもならぬその微かな音は、常に耳に魔力を集中させていた彼の耳に届いた。

「……どうして、私達を……」

 ゴブリンはそれを聞き珍しく心を苛立たせた。それを貴様ら人間が言うのか、と。その言葉が自分目掛けて放たれた言葉ではないことはわかっている、言ってしまえばそれはこの世界の全ての運命を糾う声だ。自らの不運を嘆き、幸運な者共を呪う声だ。

 女の側頭部を拳の横で殴り意識を奪った、自分に倒される最後の最後まで女はこちらを睨んだまま。その誰かを憎しむ心を、仲間を思いやる気持ちのほんの少しでも自分に分け与えることがあれば自分が彼らを襲うことはなかっただろう。

 今ではもう狩るものと狩られるものは逆転している。自分は人間達を地に臥せさせ、自分は彼らの上に立っている。

 自分は強くなった。魔物を狩り、魔撃を覚え、そして戦うための力を手に入れた。そして自らを追いたててきた人間に抗することが出来るだけの力を手に入れた。人間共の強さは未知数ではあるが、それでも今戦った彼らが弱いということはないだろう。つまり自分はある程度人間と戦うための実力を手に入れているということになる。

 最後の一人である魔法使いは顔を青ざめさせながらこちらを向いていた。どうやら魔力があまり残ってはいないようだった。彼女のそれはミーナの見せた魔力切れの症状とよく似ている。

 雷の魔撃を三つほど叩き込むと彼女も倒れた。これで戦闘は終息、ゴブリンは一息ついて辺りを見回した。

 鎧の大男が片足を引きずりながら彼のもとへ向かってきている、もう一人の男の方は倒れたまま立ち上がってはいない。身軽な女に意識を戻す様子はなく、回復の魔法を使う女は胸に刃を生やしたままだがまだ生きている。魔法使いの女は失神していて、情けなく全身をビクビクと痙攣させている。

 どうやらまだ全員に息があるようだった、しかしどれもこれも虫の息だ。彼がほんの少し力を込めて剣を滑らせるだけで彼らの命は消えてしまうことだろう。

 ゴブリンは人間を拘束出来るもの、と念じ袋から黒い縄を取り出した。それを一人一人の手首にかけて縛っていく。胸に剣を生やした女以外は全員意識を奪った上で拘束した。

 回復の魔法を使える彼女のもとへ歩いていきながら回復が出来るもの、と念じ袋に触れる。すると透明な器に入った緑色の液体が握られた手の中に入った。ゴブリンは女の手を縛ってから短剣を抜き取り、そこに緑色の液体、ポーションをかけた。

 するともりもりと肉が盛り上がり一瞬にして女の傷は消え去った、まさかこれほどの効果があったとはと内心驚きながら女を観察する。

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