その先へ
ヴァンスがバルパを見つけたのは、第十階層だった。ボロ剣も持っていないし、どうしてか腰布一枚で戦っているが、あれは間違いなくバルパだろう。
自分がフルチンであることも忘れながら彼は終局しかけている戦闘を眺める。
バルパが戦っているのは階層守護者のドラゴンだった。あいつはどうしてドラゴンとばかり戦ってるんだろうな、ヴァンスは少し前にバルパがレッドカーディナルドラゴンを苦戦の末に倒したと言っていたのを思い出した。そして何の因果か、今彼が戦っているのはその因縁の相手である。
だが以前聞いていた話と現在の戦局は大きく異なっている。バルパはドラゴンを寄せ付けず、凄まじい機動力でドラゴンをタコ殴りにしていた。
ブレス攻撃と同時に雷を身に纏い速度を上昇、竜言語魔法は風を纏った拳で叩き落とし隙あらば炎の拳を叩き込む。
見ている感じ、バルパは三種類の魔纏術を状況に応じて使い分けているようだった。戦闘の最中もそこまで表情を崩していないから、ある程度余裕を持って戦闘が出来ているのは間違いない。
恐らく数発ももらえば死ぬような一撃をもらわず、ある時は回避し、ある時はカウンターすら放ちながら攻撃をいなす。そしてバルパの方は秒間十近い打撃を叩き込み続けている。
ドラゴンの体幹が明らかにブレている。継戦能力も上々らしい、ヴァンスは弟子の成長を生で見れて少しだけ嬉しくなった。彼は自分の弟子であると同時、スウィフトの後継者でもある。自然期待をかけてしまっている期待はあったが、どうやら彼の後継者殿はその期待を上回る結果を叩き出してくれたらしい。
苦戦のくの字もないような一方的な蹂躙ののち、レッドカーディナルドラゴンをほとんど封殺して削りきったバルパの方へ声を張り上げる。
「おーい‼ そろそろ帰んぞー‼」
炎の檻が消え姿が明らかになったヴァンスを見て驚いた表情を隠さないバルパ。技術と戦闘能力が変わっても、変わらないことの方が多いわな。
ヴァンスはドタドタと大きく音を出して彼に近付いていく。
「久しぶり、元気にしてたか?」
「…………元気ではあったが……まず服を着たらどうだろうか?」
「あぁ? ……あ、俺全裸じゃん」
男同士で裸を見せ合うのは風呂場だけだと相場は決まっているので、ヴァンスはすぐさまローブを取り出して着替えた。全裸の上にローブ、むしろ変態度は上がっている気しかしないが、確かにローブも服ではあるから間違っているとも言えないのが厄介な所である。
「うし、帰るか」
「ああ」
男同士再会を懐かしむだとか、互いを鼓舞し合うだとかいったことはしない。
命をかけた戦いに挑む時でもなきゃぁ、そういうものは大抵が野暮ってもんだ。同性で再会を喜ぶくらいなら、綺麗なネーチャンのいる酒場で酒飲んだ方が良い。
ヴァンスは久方ぶりにマイワイフと会えることを喜びながらバルパの肩をバシバシ叩いた。
「うわはははっ‼」
顔をしかめるバルパと共に転移水晶に触れ、地上階層へと戻る。
ダンジョンを出たときの顔は、二人とも晴れやかだった。
ヴァンスがバルパを担ぎながら、慣れた足取りでリンプフェルトへと向かう。超絶怒濤の方向音痴であるヴァンスは二割ほど近道を行き、八割ほど遠回りを進み、結果として大分遠回りをしながら空を駆けていく。
「なぁ、正確にどれくらい時間経ったかわかるか?」
「多分三ヶ月弱だな」
「うげっ、思ってたより長いじゃねぇか」
バシンとバルパの頭を叩くヴァンス、理由もなく打たれる感覚に妙な懐かしさを覚えるあたり、彼も結構重傷である。
「そんだけ長いとよ、ミーナとかルルとか、別の男になびいてんじゃねぇの?」
「それならそれで良いだろう、お嫁さんは女の夢だ」
「ノータイムで答えるあたりお前もうビョーキだよビョーキ」
「……俺は至って健康だが?」
「その返し方が鈍感ぶった純情少年みたいで……腹立つぜっ‼」
「痛い、力加減を間違えたら本当に頭が割れるんだからもうちょっと加減してくれ」
「知るかっ‼ これは長い間女日照りだった俺の怒りだと思えっ‼」
ポカポカと頭を殴るヴァンス。いや、そもそも女日照りだったのは自分で辺鄙な場所にあるダンジョンにやって来たからじゃないの? と疑問を持ってくれる人材は残念なことに不足している。
確かにそれは修行を頼んだ俺が悪いとバルパは黙って殴打を受け入れている状態である。
ローブの下が裸にアクセサリーという男と、腰布一枚と首もと、手首のアクセサリーを除けば何も身に付けていない男は空に作った道を行く。
彼らのことを真下から見た婦女子達が、黄色かどうかは微妙な叫び声をあげるのは、リンプフェルトについてからすぐのことだった。
「……で、何か申し開きはあるかい?」
「ない、でも楽しかったし別に良くね?」
「良いわけ……あるかああああっ‼」
スースの右拳を食らい吹っ飛んび地面を転がるヴァンス、インパクトの際の身体強化が絶妙な加減だなとバルパは少しずれた感想を抱いた。
彼らがリンプフェルトに入ってきたとき、街は悲鳴の嵐に包まれた。 ローブを風にはためかせているせいでなんかもう色々と丸見えなヴァンスと、腰布からあれ的な何かが見えそうで見えないバルパが空からやって来たからである。
ヴァンスから逃げ惑う人々と、ちょっとバルパを追おうとする女性たちの阿鼻叫喚の地獄絵図で、リンプフェルトの街は軽いパニックを起こしてしまった。
アラドが謝り、スースがヴァンスをはっ倒し、そしてバルパが案外変わらない旅のお供と話をしているとようやく騒ぎが沈静化したので、一度皆で集まって話をしようということになったのである。
すぐに出立出来るようにということでう海よりも深い溝に近い東門近くの広場に集まり、それぞれが今までの成果を報告し合っている。
『紅』の面々は所用で外しており、ティビーは心労と過労で倒れているためにこの場所にいるのはヴァンスとスースを除けばこれから魔物の領域へ向けて旅立つことになるメンバーのみだ。
ヴァンス夫妻が夫婦漫才をしているのを傍目に見ながら、バルパは同行するのかどうか半信半疑だった彼女へと声をかけた。
「本当についてくるのか? 守ってやれるが危険がないとは言わないぞ?」
今はもう海よりも深い溝程度の魔物に遅れは取らないという気概と自信が見えているバルパの毅然とした態度にも彼女、ルルは少しも揺れずに答える。
「もちろんです。とりあえずは、なのでずっと一緒にいるかはわかりませんが」
「とりあえずパーティーを組むようなものだと考えれば良いか」
あまり深く考えすぎても疲れるだけだ。今ならばエレメントドラゴン程度なら確殺出来るだろうし、よほどのことがない限りは問題ないだろう。よしんば問題があるとしても、可能性を示唆した上でも彼女が良いと言っている以上その責任は彼女に帰属する。というかぶっちゃければどうせ何を言っても言うことを聞いてくれないので、もう好きにしてくれという感じである。
「ええ、少なくとも足手まといにならないくらいにはなったつもりです」
「わ、私だって強くなったんだからなっ‼ この年増よりもっ‼」
ミーナも変わらない、数ヵ月ぶりに会ったというだけのなのだから自分より巨大な化け物になっているはずもないのだが、変わらないというその一事がバルパにはかけがえのない何かであるように思えた。
「……」
奴隷の四人はバルパ達三人の後ろに位置取り黙って待機をしている。ピリリが来ないのがバルパには意外だったが、女の気持ちなどわからないのだから推察も対策もしようがない。あとで一応話でもしてみるかと心に留めようとして……そういえば自分は奴隷達とまともに会話をしていないことに気付いた。
魔物の領域に入るまで、そして入ってから彼女達の故郷を探すまでに、話をする時間はいくらでも取れるだろう。
ギスギスした関係性の人間と過ごすより、仲の良い人間と過ごした方が気分が良いというのは当然のことだ。
強くなることに真剣で放置しすぎていた彼女達とのこともなんとかしなくてはいけないな、バルパは一つ気合いを入れ直してからヴァンス達の方を向いた。
「それでは行ってくる。また会う機会もあるだろうが、会うのはきっと随分先のことになるだろう」
「そうかぁ? 俺の勘ではそう遠くないうちに会う気がしてるんだがなぁ……」
「バルパ、ヴァンスの勘はほぼ確実に当たるから再会するのは多分そんなに先のことじゃないよ。まぁなんにせよ……達者でね」
「ああ」
バルパはそれだけ言うと、端に寄せてあった馬車に奴隷娘四人を詰め込んだ。ミーナとルルが別れを惜しんでスースと話しているのをお父さんのような優しい目で見つめる。
二人が別れを終え、馬車に乗り込むのを確認してから馬車を担ぎ門を通っていった。
検査などあってないようなものなのは相変わらずのようで、妙な構えで歩いているバルパを見ても何かを言ってくるような人間はいなかった。
だが妙に視線を感じ、バルパは自分が未だ腰布一枚であることに気づく。
無限収納に触れ潮騒静夜を身に纏い、腰にはボロ剣を差し、左手には緑砲女王を持った。
ここ最近は使っていなかったが、お前らを忘れたわけではないぞと魔法の武具をゆっくりと撫でていく。
それから最後にもう一度無限収納に触れ、魔法抵抗の高い布を取り出した。
それを自分と馬車の間に挟み込み、バルパはこの三ヶ月間お世話になり続けていた技術を使用した。
纏武により纏う魔力が、最早自分の体の一部と言っても過言ではない。
バルパは体に雷を纏わせながら、昼の空を駆けた。ドラゴンすら置き去りにするほどの圧倒的な速度で天駆するその姿は、彼の三ヶ月間が決して無駄ではないことを示していた。
奴隷の少女四人とルルを新たに連れバルパは魔物の領域を目指す。
自分がどうするのか、何をしたいのか。それを見極めるために。強さの先を、見据えるために。




