良い笑顔
第一階層に出てくる魔物がなんだったのかも正直怪しい階層を下っていくヴァンス。冷静沈着クール系男子であるはずの彼は今、焦っていた。
(やべぇ……完全に忘れてたよあいつのこと)
ヴァンスとしては楽しい毎日が続いていたためにここ最近の生活は非常に有意義なものだったのだが、バルパとしてはそうではなかっただろう。
自分よりかは不細工なはずなのにどうしてか半ばハーレムのようなものを形成しているあの男には一人で生活をしていくことは寂しくて耐えられなかったのではないだろうか。
多分死んではいない……とは思うのだがもしかしたら心の病の一つくらいは患っているかもしれない。
(もしそうなったら適当にバルパを放流してどこかへ旅に出たことにしよう。俺は何も見ていないし、聞いていないことにしておけば問題ないはずだ)
そもそも旅に出たことを知ってるんだから見て聞いてるんじゃないの? と冷静に突っ込んでくれる人材が不足していたため、彼の脳内の思考をたしなめてくれる存在はいなかった。
よし、あとはどうにでもなれだ。責任を全力投球で他人に放り投げることに関しては定評のあるヴァンスはとりあえず第一階層を歩き回ってみることにした。何にしてもまずバルパを探さないことにはどうにもならんからな、ヴァンスは思いきり大地を蹴り大きく宙を舞った。
「…………いない、な」
なんとなくの感覚で薄々感付いてはいたのだが、やはりバルパの存在は既に第一階層にはなかった。
流石にドラゴン相手に無様に負けるようなねぇし、多分下だな。
彼が視線を下ろしチラチラとあたりを見渡すと、何かが焼け焦げたような跡の残る地面や所々強引に引き倒されたような木々が目に止まった。
インパクトの感じから多分衝撃が拡散するブレスなりデカブツの攻撃じゃあねぇな。
自分が倒した分もあるだろうが、ここではそこまで大騒ぎはしなかったはずだし多分ほとんどバルパの戦闘痕だろう。どうやらあいつもあいつでそこそこ派手にやっていたらしい。
ヴァンスは階段を探し、第二階層へと歩を進めることにした。
ヴァンスは正確にバルパの言葉の意味を汲み取っていたというわけではない。彼はドラゴンをワンパンでという言葉をあの剣を使ってドラゴンを一閃出来るくらいの機動力が欲しいくらいの意味に解釈していたのだ。だからこそヴァンスは直接的な戦闘能力の向上の近道である強敵との命を懸けた戦いではなく純粋な出力向上法である魔纏術を教えた。
あれは使いすぎれば体が内側から爆散するし、魔力管を壊せば二度と魔法が使えなくなるというデメリットもあるが、存在が魔物に近い亜人ならばそこまでのダメージはなかろうと試しに教えてみたのである。
だがどうやら自分の教えを、バルパは文字通りの言葉で捉えているらしい。それをヴァンスが気付いたのは、第二階層に広がっている惨状を目にしてからだった。
「うーむ、これは……」
死骸、死骸、死骸。あたり一面に飛び散った昆虫の死骸が広がっている。新たに生まれた魔物により補食されているものも、あるいは時間が経過しすぎているためか腐りかけているものも多いが、とりあえず識別出来る死体にはある一つの特徴があった。
全ての死骸が、体に一つ焦げ跡を残している以外に目立った外傷がない。その手がかりから類推できることは一つしかない。
恐らくバルパは本当に拳一つで魔物を殺すための訓練を続けていたのだろう、それしかこの光景の原因としては考えられない。
「うーん……だがこれは……」
ヴァンスは早駆けし、落ちていた百足の魔物のものらしき甲殻を拾い上げた。黒く変色している拳跡の周囲をクレーターのように模様が波打っている。衝撃を内側だけで殺しきれなかった分が表に出てくるとこうなることは経験則で知ってはいたが、少なくとも魔纏術はそこまで火力に特化したものではないはずだし、連発出来るような技術でもないはずだ。瞬間的な出力をあげ咄嗟の回避に使うか、もしくはここぞというときの火事場の馬鹿力として使うものというのがヴァンスの見解である。この技術を使うドラゴンに一瞬で近づき脳天を貫かせるというのがヴァンスの想定していたドラゴンワンパンの方法だった。だが第一第二階層を見ている限りバルパは明らかに敵に出会う度出会う度魔纏術を使っているとしか思えない。
そんなことをして何度も体を壊してしまえば回復ポーションがドンドンと減っていくことなどバルパにもわかるはずだ。とすれば、やはりあいつは体を壊さずに魔纏術を使うことが可能なのだろう。
少なくとも自分の知り合いの魔纏術使いは壊れる先から治していくという荒業でこのデメリットを克服させていたし、自分としてもどうにも使えそうにないから放置し半ば塩漬けになっていた技術だった。
もしバルパが体を壊さずに魔纏術を使うレベルにまで習熟が出来ているのなら、確かにドラゴンワンパンだろうと可能になるだろう。
どうやら想像以上に自分の弟子は強くなってくれているらしいぞとヴァンスは素直に感心した。
(この調子でいずれは俺を殺せるくらいにまで強くなってもらいたいもんだけどな……ま、無理か。だって俺、最強だし)
いつかバルパが自分と対等に戦えるような存在になる可能性は小数点以下の、極めて低い可能性だろう。そんな風になってくれたら面白いんだがなぁと笑いながら、今度は第三階層への階段を下る。
いつか俺を倒して欲しいもんだね。そんな風に呟くヴァンスの顔は、魔物相手に憂さを晴らしている時なんかより、よっぽど良い笑顔だった。




