技術と禁術
やっぱり早まったかもしれない。それがここ最近忙しさのあまり睡眠時間の少なさから隈が出来るようになったティビーの口癖だった。
ウィリスとレイの姿を衛兵の門番や冒険者の数人が見ていたようで、今ティビーの商店には二人を売ってくれという注文がひっきりなしにやって来ている。それらを上手くあしらい、その代わりと言ってはなんですが……と別の奴隷を売り込んでいるために商店としてはウハウハではある。しかし別に金銭に執着しておらず、飢え死にしないだけの稼ぎがあれば問題ないと考えるタイプのティビーには嬉しくもなんでもないただの悲鳴をあげるには十分な忙しさだった。
ヴァンスの名前を出しても良いと少し前に会ったときにお墨付きを貰えたためにあしらうのは大分楽になったのだが、いつの時代も不届き者というのは存在していて、ヴァンスがなんぼのもんじゃいと強気にティビーにあたってくる貴族の道楽息子なんかも多い。
それら全てに適度に愛想を振り撒き、下げたくもない頭をへこへこと下げ、まるで永遠にも感じられる一日という時間を過ごすのが彼のここ最近の日常だった。
「ああ、早くバルパさん帰ってこないかなぁ……」
彼は自分が修行をする間奴隷達を預けても良いだろうかというバルパの疑問にもちろんと元気良く返事をしたあの時の自分を殴ってやりたい気分でいっぱいだった。
亜人という貴重な生きた資料を相手に話のサンプルを取ることが出来ると当時は両手を挙げて喜んだが、実際問題忙しすぎてそれどころではない。
奴隷を売る売らないだのと適当に客をあしらううち、どこからか奴隷の質が良いと口コミが広がったのも今はただただ腹立たしい。
朝起きて枕を見つめ、少々悲しい気分になりながら今日こそ帰ってきてくださいバルパさんいやホント冗談とか良いんで帰ってきてくださいと願う日々。
スースさんが来れば少しは楽になるだろうというヴァンスの言葉を信じ彼女の到着を待ち望んでいると、ようやく彼女が到着した。
スースはAランク冒険者ではあるが特に大した働きをしてはいない、というのが世間一般の認識だ。だが少し目鼻の利く人間なら、彼女が普通ではないことなど簡単に理解できる。ヴァンスの隣でずっと戦い続けているはずなのに生きている、そして恐らく世界で唯一ヴァンスにしっかりと言うことを聞かせることの出来る女性。そんな人間が普通なはずがない。そしてティビーはその予想が全くの真実であることを、その身をもって知らされることとなった。
スースは到着すると同時、バルパ所有の奴隷達の所在を聞き、そのまま階段を上っていってしまった。取引の最中に邪魔が入ったことで購入希望者の男が若干不機嫌になったが、まだまだ取り返しはつきそうだと適当におべっかを使っていると、スゴい勢いでスースが階段を下ってくる。そして一睨みで客を無理矢理帰らせ、自分を奴隷達のいる部屋へと強引に連れていった。元々非力であるティビーがAランク冒険者相手に筋力で張り合えるまでもなく、彼はズルズルと階段を引き摺られていく。そんなことしなくても自分で歩けますからと何度言っても聞いてくれず、無理矢理持ち上げられて段差を越えさせられるせいで尻が階段にガンガンあたりとても痛かった。
強い人間というのはやはりどこかがおかしい、三人ほど強い力を持つ人間と面識を持ったことでティビーはそんな確信をもった。
バルパさんも相当おかしいと思ってましたが、まさかバルパさんが比較的まともな部類になってしまうとは……とヴァンス夫妻の狂いっぷりに戦慄するティビー。
ようやく階段を上り終え自力で立ち上がり部屋まで引き摺られると、スースは今度は自分に顧客情報を漏らせと言い始めた。
自分は奴隷商人に誇りがあるわけでもないし、奴隷商店を潰さないようにしなければならないという強い使命感があるわけでもないが、それでも商売を生業にしている以上そう易々と情報は渡せない。
毅然とした態度で断ろうとするとお前が黙ったままだと戦争が拡大すると言われもうちんぷんかんぷんである。拡大も何も既に戦争は終息していて、今は各国お偉いさん方のご褒美タイムだろう。
既に皆さんかなり好き勝手やっているようですし、これ以上何かが白熱することはエルフの隠れ里でも見つからない限りはないに決まってるじゃないですか。そう口を開こうとしたが、スースの顔があまりに真剣だったために茶化すのはどうにも躊躇われた。
だとしたら……本当に? 本当に彼女に軍を動かすクラスの重要な情報が隠されているとでも? ティビーはもう何度か顔を合わせ、何度か焼き菓子を差し入れしているピリリの方を向いた。確かにあの刺青は少女がするにしてはゴツいと思うが、それになんの意味が……。
「もしかして刺青が宝の地図になっているだとか、何かの暗号になっているとかそういう話ですか?」
自分でも貧困だとわかっている発想力をなんとか必死になって働かせ、ティビーが出した結論は何らかの価値のあるものの隠し場所を示すものなのではないだろうかというものだった。だとすれば彼女の体を隈無く見つめ、その情報を得ようとする輩が出てきてもおかしくはないだろう。
だがスースの言葉は、そんなティビーの貧困な発想力の答えを否定するものだった。
「そんなチンケなもんじゃないよ。魔法学、紋章術、呪術、刻印術、全部が恐ろしいくらいに綺麗に相関してる精密な製作図みたいなもんだ」
スースはそれだけ言うとティビーから手を離し、顎をしゃくってドアの方を向いた。
「話を聞く覚悟はあるかい? ないなら今すぐ下に戻んな。戻るんだとしても情報だけはなんとしても聞き出すけどね」
「……もう亜人を匿ってる時点で極刑確定なんです、今更ですよ」
「あら、そういえばそうだったね。じゃあ教えたげよう」
私は呪術には疎いから三割くらいわからない部分があるけど、と前置きをしてからスースはこう切り出した。
「これ、人間の体を収納箱に変える技術だよ。多分何らかのデメリットはあるだろうけど、人体を魔法の品に変える禁術の類だね。これが広まれば世界中が人皮バッグと刺青奴隷で溢れかえるようになるだろうさ」
その言葉を聞き、ティビーはようやく自らがとんでもないことに巻き込まれたことを理解した。




