少女の価値は
ティビーの経営している中規模の奴隷商店、パーン商会はギリギリ、なんとか本当にギリギリ一等地に土地を持っている地元では有名といったクラスの店だった。
店主であるティビーが若いわりに奴隷の扱いを心得ており、この店で買った奴隷はある程度の労働生産性が保障されているというのは地元民ならば誰でも知っている話だ。
奴隷というものは非常に難儀であり、厳しく接すればわからないように手抜きをする。それならばと優しく接すれば舐められてしまい、もっと露骨に手抜きをされる。命を担保にしていると脅迫じみたことをして、数人のうちの一人を殺してようやくまともに働きだすといったように奴隷それ自体は非常に非効率的なものである。隷属の首輪というものさえなければ、今頃奴隷などという文化は廃れて久しいものとなっていたことだろう。
パーン商店は相変わらず閑古鳥が鳴くほど客足が途絶えている訳でもなく、かといって繁盛しているわけでもない。ひっきりなしに人がやって来ると形容することが出来ないが、そこそこの客足がそこそこの奴隷を買いにやって来る。この商店は通な人間が知っているだけでほとんどの人は知らない、そんな穴場じみた名店だったのである。
しかしそんな知る人ぞしる名店のような扱いを受けていたこの店は、最近とある噂で有名になりつつあった。
曰くとんでもない美女の奴隷がいるらしい。曰く商店としての格を保つための凄まじい美貌の奴隷をここぞという時にだけ見せるらしい。
噂が噂を呼び、憶測が憶測を生み、今やパーン商店は一等地に構えてもなんら見劣りしないほどの客足を誇る店となりつつあった。
そんな商店の二階、奴隷を見せるつもりは毛頭ないし、そもそもこれは僕の奴隷ではありませんと何度も何度も注意をしているティビーの声を階下に聞く一人の少女の姿があった。
顔と首を除いた全身の至るところにに赤と青の刺青を彼女は、その名をピリリと言う。
見た目は美しいというよりかは愛くるしい。垂れ目がちな瞳とぽややんとした笑みがどことなく人を和ませる、不思議な雰囲気を持った少女だ。
彼女の首元には奴隷であることを示す隷属の首輪がつけられている、しかし自らの身を案じるでもなく彼女は笑顔のままだ。その表情からは不安げな様子など何一つ見受けられない。
ピリリは横を向き、ジッと目を瞑って集中しているエルフの少女、ウィリスを眺めた。
それから対角線上の位置でウィリス同様目を閉じている天使族の少女、レイの様子を確認する。二人の顔立ちは恐ろしいほどに整っている、多分下の人達が奴隷商店に来ている目的な目の前の二人なのだろう。男は美人が好き、ついでにいうとおっきなおっぱいも好き。ピリリも少女とはいえ女の子、それくらいのことは知っているのである。
自分のもう一方の隣にいるのはドワーフのヴォーネ、彼女はピリリと負けず劣らずあまりおっぱいが大きくなかった。かわいいとは思うけれど、比較対照がレイとウィリスではどうしても分が悪いのは自分と同じだ。
今四人の奴隷娘達は、ティビーによって保護されている。本来の持ち主であるバルパが留守にしている間、彼女達を余計な目に遭わせないように気を配ってくれているティビーに、ピリリは頭が上がらなかった。
レイとヴォーネ、ウィリスは今は人間にしか見えないが三人が同じ腕輪をつけているということに目ざとい人間が気付くかもしれない。あるいはそれが変装のための魔法の品だとすれば、無理矢理取って正体を見ようとしてくるかもしれない。
そんな時に三人の代わりに人間の前に立つことが出来るのは自分だけだ、ピリリはもし何かあれば自分が前に出るという覚悟を決めていた。
今ピリリ達は、数日前にやって来たヴァンスというバルパの師匠の言葉を信じ彼の奥さんであるスースさんの到着を待っている状態だった。
三人はじっと待つのは良くないだろうと魔力を上手く扱えるための訓練をしている。下手に外に出ることが出来ないために室内で出来る魔力循環トレーニングくらいしか出来ることがないという部分も大きいのだけれど、どんなことでも一生懸命にやるのは良いことである。ピリリは長い時間目を瞑りジッと魔力と対話をしている彼女達の様子を見て少し気まずい気分になった。
彼女はまだ、誰にも言っていない秘密を幾つも抱えている。そして強制でもされない限り、誰にも言うつもりはなかった。バルパには話すつもりではあるのだが、もう少し自分のことを知ってもらってから話したかった。ピリリは彼に自分のことを嫌いにならないで欲しいと本気で思うほどに、バルパのことを好いていた。
お腹が減っている時にご飯をくれたからかもしれない、死にそうになっている自分達を助けてくれたからかもしれない。だが好きになった理由なんてどうでも良かった、大事なのは好きであるというその事実だけなのだから。それは男女の恋慕というよりかは純粋な好意に近いものであるのは言うまでもない、彼女は未だそういった事に関して多感な時期ではないのだから。
ピリリは強くなりたい、バルパのために何かをしたいと強く思っている。だが彼女は魔法を使うことは出来るが、自分で魔法は使えない。故に他の三人のように魔力トレーニングをしても意味合いが薄いのである。
そして彼女にとってトレーニングになるものは、こういう狭い室内で出来るものではない。
奴隷商人に連れられている最中、三人には何度も正直に打ち明けてしまおうかと考えた。だけど一度話してしまい、拒否されてしまうと思うと中々口が開かなかった。それはバルパと会っても一緒で、彼に対してはむしろ優しくされてしまった分三人よりも更に話しづらかった。
今のピリリには出来ることがない。そもそも彼女は魔力を循環させることが出来ないし、魔力を魔法に変質させることも出来ないのである。それが歯痒かった。とりあえず外に出て魔法を撃つことが許されるなら、自分にも練習は可能だというのに。
ピリリはもどかしい思いを抱えながら、スースが到着するのを待った。バルパの師匠の奥さんならば、きっと自分を外に連れ出せるだけの何かがあるんじゃないかな、ピリリは今日も一人膝を抱えて時間が経つのを待っている。
その肌には傷一つない。つい最近まで肋が浮いていたその体は、今は年相応にふっくらしていている。痛い思いもしていないし、むしろ嬉しい気持ちでいっぱいで毎日が楽しかった。お腹がいっぱいになるくらいにご飯が食べられたのなんていつぶりだろう。ぶたれて出てくる笑顔じゃなくて、お腹がいっぱいになって自然に出てくる笑みを浮かべたのはどれだけ久しぶりのことだろう。
バルパは自分に色々なものを与えてくれた。だからこそ全部を言わなくちゃ。全部知ってもらって、それでバルパの役に立ちたい。バルパと一緒に戦ってもらえるなら、自分の戦闘能力はグンと上がる。ピリリがより強くなるためには、強い仲間が必要なのである。
彼女がうんと頷き口を開こうとした刹那、部屋の扉が開いた。
「あんたらがバルパの奴隷かい? ほうほう、ふむふむ……」
勝ち気そうな女性が部屋に入ってきた。この人がスースさんなんだろうかと闖入者をじっと見つめるピリリ。
赤い髪はヴォーネと同じだが、彼女の髪はより鮮烈な赤だ。赤というより紅といった方が良いかもしれない。
スースらしき人はピリリ以外の三人を見て、その視線をすぐに腕輪に固定した。そのまま頷きながら視界を回していき、ピリリに向いたところで視線が固定される。
「……」
じっとピリリを見つめてくる女性をどうするべきか悩んだが、下手なことはしないようにニコッと笑って見つめ返した。
スースはそれ以上何を言うでもなく、ドアを開いたまま階段を下っていってしまった。
もしかしたら何かまずいことをしてしまっただろうか、ピリリは自分の行動を思い返してひどく慌てた。
ドタドタと階段を上る音がしたかと思えば、女性がティビーを連れて階段を上り再び部屋に入ってくる。
今度はきちんとドアを閉め、ティビーを引き摺っていない左手でピリリの方を指差した。
「彼女を今まで何人に見せたか言いな。出来れば誰に見せた全部吐きな、見られた可能性があるって奴も全部ね」
「ちょ、ちょっと幾らなんでもむちゃくちゃですって‼ 僕今商談中だったんで……」
「良いから言えっ‼ 洒落にならないんだよこのままじゃ‼ あんたのせいで戦争が拡大したら責任とれんのかい、ああっ⁉」
「ひいっ⁉」
ピリリには訳が分からなかった。頭が混乱していた彼女に出来た唯一のことは、顧客情報が……とぶつぶつ呟くティビーを見つめることだけだった。




