名は体を表す
結論から言えば、纏武と迅雷の同時発動は半分成功で半分失敗だった。
灼火業炎と疾風に関しては力、速度共にかなりの上昇がみられたのだが神鳴と迅雷の併用は現在では不可能だった。
纏武の肉体のスペックの向上はもとの体のそれに依存しているため、神鳴と迅雷を同時に使うと早くなりすぎてあたりを認識しようなどと考える暇もなく障害物にガンガンぶつかるのである。一歩進むごとに二十歩進み、その速度が神鳴使用時の数倍と言えばそれをまともに使いこなすのは厳しいことをわかってもらえるだろう。
試しに仮想敵として出してみた藁束にパンチをしようとしたら体当たりで黒こげにしてしまったし、スレイブニルの靴を使って速度と軌道を調整出来ないかと思ったら一歩進んだだけで天井に激突し頭にたんこぶが出来た。
神鳴を安全に使用できるまでにもかなりの時間がかかったのだから、これを実用的に使えるレベルまで持っていくには洒落にならなに時間がかかることが予想された。
ティビーに奴隷を預けているからずっとダンジョンに籠りっぱなしでいることも現状では宜しくないし、ミーナとルルともある程度は顔を合わせておかないと拗ねる。
故に今使える技術を最大限、と考え結果として疾風と迅雷を重ねて使うことにした。この併用パターンだと神鳴よりもかなり早いスピードと単体使用の灼火業炎より高い攻撃力を身に付けることが出来たため、恐らくこれでエレメントドラゴンを相手にしてもまともに戦うことが出来るようになるだろうと思われた。
纏武疾風迅雷と技名を付けた、バルパ。自分の天才的ネーミングセンスに愉悦すら感じながら、彼は意気揚々と第一階層の階段へ向けて歩き出す。
少し前と行く場所は変わらないが、戦う相手は大きく変わる。バルパのお目当ては纏武単体のスペックでボコボコにすることが可能である亜竜ではなく自分達の行く道のりを散々に阻んできたエレメントドラゴンである。
ドラゴンを殺し尽くし、帰ったらドラゴンバーベキューだ。バルパはその肉質だけは認めざるを得ないドラゴンを乱獲するために、階段を下っていった。
単体のエレメントドラゴンを探すのは単体の亜竜を探すより遥かに楽だ。亜竜は自分達がさほど強くないことを自覚しているが基本的には群れて行動するが、エレメントドラゴン達は自尊心が強いせいか基本的に単体で行動をとりたがっている。お山の大将よろしく亜竜を侍らせて悦に浸っている間抜けも何体かはいるが、そういう奴等は少数派である。
基本的にこの階層では自分達が絶対強者であることを理解しているからか、エレメントドラゴン達はこれ以上強くなろうという努力もせず、適当に湧いてきた猪を食べては空を飛んでいるだけである。縄張りの概念があるのか時折ドラゴン同士がぶつかったりもするのだが、どちらの力量も同程度であるために戦闘は千日手になり両方とも飽きて気付けば終わっている。
怠慢だろうとバルパには思えた。最初から強すぎるというのも中々考えものだ、わざわざ強くなろうなどと考えずともその手に強さがあるのなら努力をしようという気が失せても不思議ではない。
ああ、自分が生まれもっての弱き者で良かった。バルパは安堵しながらドラゴンを奇襲するのに丁度良いスポットを探し小走りで駆けていく。適当に猪を火の魔撃で殺し、匂いであぶり出して疾風迅雷でカタをつける。
罠というものに大して警戒などする必要のないここのドラゴンならば、こんな風に見え透いた餌であっても食いつくだろう。
バルパは中に猪のストックされている無限収納をポンと叩いてから空を見上げた。
仕組みは理解できないままだが、相変わらず空は青々としていて十分な光量がある。
綺麗な空の景色にはチラチラと目に写るカラフルな点が点在している。そのどれもこれもがドラゴンだ。
思えば自分はドラゴンと随分縁がある、バルパは妙なものを感じずにはいられなかった。考えてみれば、自分が自分としての自我をしっかりと獲得してから初めて本格的な死の危険を感じたのはあの翡翠の迷宮の第二十階層にいたレッドカーディナルドラゴンだった。
あの時の死の恐怖と自らを殺しうるほどの強敵と戦える喜びは、今でも忘れられない。昔の思い出を引きずっているのだろうか。それとも、昔の記憶を美化しているだけなのだろうか。
だが実際そんなことはどうでも良い、感傷に浸るほどに微笑ましい一件があったわけでもない。今まで幾度も殺し合いをしてきたドラゴンは彼にとり強敵であり、そして同時に好敵手であった。その事実だけが大切なのだ。
彼は強い者と言われればヴァンスよりも先にドラゴンを思い出す。ヴァンスが規格外であるということもあるが、ドラゴンというものは彼にとり強さを示す象徴のようなものになっていたのだ。きっとだからその強さのシンボルを叩き伏せ、地面に引き摺り下ろし、自分が強くなったということを実感したいのだろう。
自分はやはり、どこか稚気じみたところがある。だがきっと強くなるためには、幼さが必要だ。無茶と無謀をはき違え、無理と不可能をひっくり返すような気概のない人間はきっとヴァンスや勇者スウィフトのような高みには至れない。
無理でも良い、無茶でも良い。だからドラゴンを討伐する。一撃で、もはやお前など俺の敵ではないと、大人げなくもその事実を叩きつけてやるために。
幸い纏武にはまだ改良の余地がある。今は攻撃用の魔撃に使う魔力量を吸収するようにしているが、負荷と後先を考えずに魔力をぶちこめばまだまだ出力は上がるはずだ。そしてドラゴンを倒せば倒すほど自分の基礎的な能力値は上がり、結果として纏武の性能も大きく上がっていく。迅雷を併用すれば更に倍、そう考えれば今の状態で右ストレート一発で殺せなくともまだまだ希望は残っている。
出来ればヴァンスが戻ってくる前にドラゴンワンパンを達成させたい。
今まではまともに戦えなかったから無理はしないようにしていたが、恐らくここからが頑張りどころだろう。
戦闘の継続、魔力の効率的運用。纏武、迅雷の出力調整。やるべきことは多い。
ここからは時間との戦いだ。バルパはエレメントドラゴン目掛け駆けていく。
疾風迅雷を起動、スレイブニルの靴で一瞬のうちにエレメントドラゴンに肉薄する。その色は赤、見慣れたレッドドラゴンだ。
「悪いが次があるんでな、手っ取り早く行かせてもらう」
バルパは上体を限界まで捻ってから、渾身のボディーブローをドラゴンに叩き込んだ。
赤竜の呻き声を聞き、彼は薄く笑う。
バルパのブートキャンプは、まだ始まったばかりだ。
 




