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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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亜竜 1

 階段を下りきる前に、装備を整えておくことにする。整えておくというよりかは脱いでおくという方が適切かもしれない。人化の腕輪を除き、全ての魔法の武具を脱ぐと布切れとズボンを体に身に纏うだけになった。着ている衣服がそこそこ上等ではあるが、格好としては生まれたての頃と何ら変わらないものになった。バルパも人間生活に慣れて久しいため、今更激しい動きをすれば破れるような上着と洗っておらずとてつもなく臭い腰布を着ようとは思えないが、簡素な格好をしているとどうしても昔を思い出してしまうのがバルパというゴブリンだった。

 第一階層へ入るとすぐに鼻に草蒸した青臭い香りがやって来る。階段の中は異様なほど窮屈であるにもかかわらず、階層の中は信じられないほどに広大で雄大だ。

 土があり、空があり、風が吹いている。空を竜が泳いでさえいなければ完璧なのにと思わずにはいられなかった。魔力感知を使うと近くに一匹の魔物の反応がある。空を見ても敵影はいない、つまりその魔物は間違いなく竜の餌たる猪だろう。

 竜に食い物にされるために生まれてきたかのようなそのか弱き存在が憐れにも思えたが、今自分がやろうとしていることは彼らへの救済ではない。

 だが自分がドラゴンを完全に殺しきれば、リポップと呼ばれるダンジョン特有の魔物の生成現象が起こる前で猪達は生き延びることが出来るだろう。自らの生が延びたことを嬉しがるだけの知能が猪にあるとも思えなかったが、それでも少しでも生は長い方が良い。

 バルパは猪の魔物を放置して、竜の姿を求めて空を見上げた。

 バルパの魔力感知の範囲にいるドラゴンは、容易に視認することが可能だ。一応不意打ちを警戒して発動させてはいるが、とりあえずは適度に使っておけば十分だろう。

 バルパは視力を強化しながらあたりを見渡し、猪を避けるようにして森と草原を縫っていく。

 草の長さはかなり高く、バルパがしゃがめばその姿を隠してしまうほどには全長がある。

 臭いがきつく、その臭いは物に擦ると一層強くなる。バルパの体は草の中を潜っていくうちにどんどんと臭くなっていった。

 以前は木々の間隙を縫うような形で移動をしていたために気づかなかったが、これはドラゴンを引き寄せるためのある種の罠のようなものだろう。

 草っ腹を進んで行けば体につく臭いが徐々に強くなっていき、その強烈な臭いにつられて猪がやって来る。そしてその猪を狩ろうとドラゴンがやって来るといった塩梅に奇妙な食物連鎖のようなものが出来ているというわけだ。

 ドラゴンを不用心に呼びまくるのは憚られたので、バルパは猪を刺激することがないように慎重にルートを選びながら進んでいった。


 探索と逃走とを交互に繰り返しながら五分ほど歩き続けると、ようやく一匹で樹上にへたりこんでいる一匹のドラゴンを発見した。あたりに他のドラゴンはおらず、そしてその個体から感じ取れる魔力量から考えてまず間違いなく最下級の亜竜だろう。

 体色は焦げ茶色で、鳴き声はドスがきいていて恐ろしく低い。体長は縦にバルパ三人分、横にバルパ二人分ほどで、木の上に丸まっていられることから考えても体積はそれほど大きくない。竜としては明らかに小型であり、全身に傷が残っていることから考えて竜言語魔法も未だ未熟であると思われる。実力試しにはちょうど良い個体だろうとバルパは全身に魔力を行き渡らせ始める。

 ドラゴン相手に徒手空拳で挑むなど馬鹿げているとしか思えないが、バルパは至って真剣だ。素手であのドラゴンを殴り殺せるのなら、自分は以前よりも遥かに高い攻撃力とドラゴン相手に互角の空中戦闘を行えるだけの速度と機動力を手に入れられたことになる。

 それこそが自分が求めていたものであり、そして誰かを守るために必要な剛の力だ。

 魔力を放出、そして吸収。纏武神鳴を起動、音を鳴らしながら弾ける雷の刺激を感じながらスレイブニルの靴を起動させて一気に駆ける。

 靴は本来のスペックに準じて空を駆けるようで、今のバルパは地面同様一歩で五歩分の距離を駆けることになる。数百歩ほどなら駆けられるというのは以前と変わらないので、これで大きくバルパの機動力は高くなった。

 腕を振りかぶりながら疾走する。あと三歩、二歩、一歩。空すら飛ばぬ駄竜がくわぁと小さく欠伸をしているその瞬間も彼は生物の限界を超えた速度で迫る。

 欠伸を終え大きく背を伸ばしたその瞬間に、亜竜の頬にバルパの打撃がクリーンヒットした。突然の衝撃に面食らったのか、空を飛ぶことも忘れ地面を転がるドラゴン。やはり地上の魔物とは違い、一撃で瀕死の一撃を与えられていない。そのまま転がっていくドラゴンの先回りをし、完全に立ち直られる前に胴体にアッパー気味の一撃を加える。ドラゴンのその体重の重さと自分が加算させてしまった勢いがバルパの腕を軋ませる。腕を上げながらなんとか腰の捻りを加え衝撃を少しでも抑えながら拳を硬い鱗へと当てる。

 今度は角度を付けたからか、ほんの少し体を浮かしながらドラゴンが上へ飛んだ。亜竜は自らが攻撃されていることに気づき、翼をばたつかせてなんとか空を飛び空中で体制を建て直そうとしている。

 ダメージを追っている様子は見えるが、まだ致命傷には程遠そうだ。

 だがこれは良い、横やりさえ入らなければいくらでも打撃練習が出来る。バルパはいずれドラゴンを一撃で殺す境地にまでに辿り着くであろう自分の拳を見つめた。鱗とぶつかっていても皮がめくれたり、鬱血している様子はない。どうやら神鳴はある程度の防御力を兼ね備えているようだった。

 岩を殴り壊しても無事だった段階である程度の予測は出来ていたが、ドラゴンの鱗を直に殴っても大したダメージが残っていないことでその予想が確信へと変わる。

 身体強化で無理矢理攻撃をするときのような体の芯に残る妙な違和感がない。殴ってもインパクトの際の衝撃の跳ね返りが少ない。

 それはどういうことか、答えは簡単である。それは純粋に、バルパにとって喜ばしいということだ。

「つまり……貴様を殴り放題だということだっ‼」

 バルパは自分は安全だと信じきっている間抜けなドラゴン目掛け空を疾駆し、竜の土手っ腹に掌底を叩き込んだ。

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