名付け
十五匹からなる大家族のバジリスクの群れを一家朗党皆殺しにし、バルパは取り敢えずの実践訓練を終えた。魔力回復ポーションを使うのは止めておき、そのまま魔力感知で魔物に接敵されないようなルートを選び、戦闘の際には剣でトドメを差しながら再び洞穴へと戻っていく。
周囲に人影はなく、中へ入り途切れた魔力感知を使い直しても相変わらず人の気配はない。足跡が出ていく前から増えていないことから考えると、どうやらヴァンスはまだダンジョンから出てきていないらしい。
バルパの大体の体感時間では、自分達が迷宮に入ってから一ヶ月前後の時間が流れているはずだった。途中からは時計を持ち出し時刻を確認していたから、そう間違いはないと思われる。だがあの飽きっぽいヴァンスが未だ一度も地上へ出ようとしていない。
一体このダンジョンの奥深くには何がいるのだろうとバルパは戦闘意欲というよりかは怖気を感じつつ階段を見つめる。
ヴァンスが苦戦するような敵がいるのか、それとも中に女型の魔物でもいて戯れているのか、はたまた力のごり押しだけでは対処できないような事態に陥っているのか。気にはなったが、バルパには彼を助けに下に潜ろうという考えは浮かばなかった。あのヴァンスのことだ、要らんことをするなと拳骨を食らいそのまま御陀仏になる可能性もゼロではない。
下手に藪の中の蛇をつつくくらいなら、自分に出来ることをやる方が良い。バルパは脱線しかけていた意識を再び元へ戻す。
とりあえずの実践経験を終え、持続時間や体との兼ね合いを戦闘の最中でも感覚的に理解できるようになった今ならばボロ剣を使わずとも亜竜程度なら倒せるだろうと彼は自信をもって言えた。明らかに外の魔物では力量が不足している以上、ドラゴンに襲われること覚悟で亜竜と戦うのが最も効率が良い。最悪雷を吸収した状態でボロ剣を使えばドラゴンは一刀の下に絶ち切れる。第一階層に戻っても命の危険はなくなるほどに、安全マージンは取れているはずだ。
ならばとりあえず今彼がやるべきことは二つ。一つは一応ドラゴンである亜竜と戦う前に魔力吸収の正式名称を考えることであり、もう一つは魔力吸収と身体強化を重ねがけする技術を体得することだ。
まず簡単そうな名付けの方から取りかかってみることにしよう。バルパは胡座をかいて目を瞑り、休息と魔力回復を兼ねて考えを巡らせてみることにした。
魔力吸収、もしくは魔撃吸収と自分では呼んでいたが、これは果たして適切な命名だろうか。吸収というか、一度出した物を再び吸い出すのだから厳密に吸収と定義するのには違和感を感じざるを得ない。
変質させかけた魔力を体内に吸引し、自分の肉体のパフォーマンスを上げる。ただ能力を上げるというよりかは自分の存在自体を魔撃と合一化させる感覚に近いことを名前に入れられないだろうか。魔力合一、魔撃合体。だがこれだとなんだかダメな気がしたためにすぐに没にした。
それならばと次に考えたのは、自分の体から雷や炎が噴き出している様子だ。あれは魔撃と合一化しているというよりも、体に魔撃を纏っているように見えるかもしれない。
魔撃装填、ではダメだ。別に体内でストックし装填しているわけではないのだから。
それなら魔撃纏、魔力纏なんかはどうだろうか。先ほどよりも答えに近づいてきた気がすると少し達成感を感じるバルパ。
魔力を纏い武器とするから魔力纏武、いやもういっそのこと魔力を取っ払って纏武でどうだろうか。よし、これで良いだろうと納得するバルパ。
既に最初の頃魔力がどうの魔撃がどうのと言っていた過去は彼の脳内から追いやられており、何かに没頭するもの特有の視野狭窄を起こしながら彼は思考を続けた。
今自分が行える纏武は三種類。速度特化の雷と火力特化の火、そしてバランス型の風だ。それぞれに命名する必要があるだろう。今まで適当に放ち雑魚狩りや牽制に使うだけだった魔撃とは違い、これらは明らかにこれからの戦いに必要になってくるものだ。命名してイメージ力を強化しておいても無駄にはならないだろう。
まずは今のところ一番多く使っている雷の纏武だ。そのネーミングをする段にあたって、バルパは既に速度特化の身体強化に迅雷と名付けをしてしまっていること思いだし、頭を抱えて後悔した。どう考えてもこの纏武こそ迅雷と形容すべきだろう、過去の俺のバカ野郎。自然心の中の独白も語気が荒くなった。
雷、雷撃、電撃、迸る紫電、荒ぶる神鳴と思い付くイメージからヒントを得ようとしていく。雷属性の雷とは神が鳴らすものという意味の神鳴からきているらしいという話をルルにされたのを思い出すバルパ。神を信じてはいないが、だからこそ俺が神だ的な意味合いで技名に神を入れるのは悪くはないかもしれない。
纏武神鳴……悪くない。恐らくミーナが側にいれば真っ先に止めたであろう名付けをしてもバルパの顔は晴れやかである。
次に火の纏武だ。これは速度の上昇はほとんど伴わず、ただパワーが上昇する非常にわかりやすい技である。
火の力、炎、纏う炎、燈籠、ランプ、火事、ドラゴン肉の串焼き、彼の中に火と聞いて連想される物達が浮かんでは消えていく。
だが彼の中で最も強い火のイメージは、レッドカーディナルドラゴンのブレス攻撃だった。あれは厳密には火だけではなかった気もするが、あれ以上に威力のある一撃をバルパはヴァンス以外にはまだ食らったことがない。皮膚が爛れ魔法の品ごと自分を焼ききろうとする攻撃に苦戦させられたのは記憶に新しい。
ブレス、息吹、吐息。どうにも少し名付けには相応しくない感じがする。
焼けつくような炎、頬をなぶるような熱。そんなものの方が相応しいだろう。
業火、熱波、灼熱の炎。これらの方が適切だ。灼熱の火、燃え盛る業火……灼火業炎などどうだろうか。
恐らくミーナが隣にいたならばそれだけは止めてくれと土下座して懇願しただろうが、残念ながら今バルパの隣には誰もいない。彼は最後の名付けを始めた。風の纏武はそれほど使う頻度が高くないだろうが、これだけ仲間はずれにするのもなんだか可哀想なので名付けは続行する。
風と言われてバルパが真っ先に思い出したのは緑砲女王だった。彼は未だにこの盾の真名を知らないために盾とか呼んでいなかったが、緑と赤に輝くそれが自分の死線と共にあった武具だ。愛着も思い入れも並大抵のものではない。
だがこの盾は基本的には受動的なので攻撃のための技の命名には不適当な感じがする。風を刃に使う魔物には覚えがあるために、使うとすればそちらの方が適切なように思える。
疾き風、風の刃、宙に浮かぶ体……雷の纏武よりも速度は劣るために疾風と名付けるのは不適当な気もするが、風というと彼が思い浮かべるのはやはり疾さだった。
ならば自分の感覚に従うことにしよう、バルパは風の纏武を疾風と名付けることを決める。
これで三つの纏武はそれぞれ神鳴、灼火業炎、疾風と名付けられた。
我ながら良いネーミングセンスであるとバルパは珍しく自画自賛し、ドラゴン肉を取り出して摘まむ。随分久しぶりにする気がしたが、まぁそんな細かいことはどうでも良いだろう。
後は身体強化と纏武の併用についての問題が残っているが、感触的にはこれを覚えることが出来るのはまだ先のように思える。
纏武の魔撃と化した魔力と常時循環させている身体強化の魔力でも精一杯なのに、その技術を扱うためにはそこに更に部分的な身体強化のために魔力の停留を行わなければならない。一度に多弾頭を使用する場合を除いて魔撃の同時行使が難しいバルパには、そんな曲芸じみた真似が出来るようになる気がしなかった。
とりあえずは手持ちの武器でどこまで出来るかやってみよう、無理難題に挑戦するのはその後でも問題はない。
バルパは立ち上がり、逸る気持ちを落ち着けてから第一階層への階段を下っていった。




