外の景色は
一度成功してからは、コツを掴んだからか魔力吸収の習熟度はどんどん上がっていった。やればやるほど体内に魔力を吸入できる量は増えていき、感じる痛みは鈍く緩やかなものへと変わっていく。
ある程度慣れてきて余裕が生まれるようになったので、雷以外に風と火の属性についても吸収を行ってみた。火属性を体内に入れると純粋に火力が上がる、これはヴァンスに見せられていたから理解できている。だが実際の上昇幅は彼のバルパの想像を上回るほどだった。雷同様小さな壁を作るイメージで放出させかけの魔力を吸収し、その半分ほどを取り込んだだけでバルパはパンチで岩に拳の型をつけることが出来るようになった。もちろん自分の拳よりも硬い物を殴り付けるのだから痛みはあるのだが、上昇の幅とこれからの伸びしろも考えると身体強化の魔撃よりも効率はかなり良くなりそうだった。
風を使うと速度がほどほどに増え、そして身体能力もほどほどに上がった。大体火と雷の中間程度の性能であり、器用貧乏のような感じは否めない。だが風属性を苦手とする魔物もいるだろうから使えないということはないだろう。
土、水、氷、闇、光に関しては今は触れないことにした。ヴァンスが知っている情報ならばスースも知っているはずだ。明らかに失敗するとヤバそうなこれらについてはある程度説明を聞いてから取り組むべきだろう。
取り敢えずまずは体内で魔力を分けることなく壁を作る防御用の魔撃を十全の魔力量で取り込むことが肝要だと信じ、バルパは徐々に徐々に体に入れていく魔力の量を増やしていった。
まるで通りの悪いチューブを内側から押し広げていくように、少しずつではあるが逆流時の魔力の通りが良くなってくる。全身に広がる痛みは、最早痒みの段階すら飛び越え、ある種の爽快感を催すようなものへと変わっていた。
少なくともヴァンスはこれを使うことを嫌がっていた。防御用の魔法を使うことくらいは思い付いていそうなものだが、どうして彼はわざわざ実演の際に体を壊すような無理をしたのだろうとバルパは気になった。
その疑問への答えはヴァンスとバルパの違い、つまりは生物としての性質の違いにある。ヴァンスは体内に魔力を溜められるようになった人間であり、バルパは存在そのものに魔力が大きく関わっている魔物だ。魔力の吸収効率も、魔力というものに対する親和性も魔物と人間では大きく違う。
世界最強の男を自称するヴァンスであっても、この魔力吸収を上手く使いこなすことは出来ていない。実際問題これを戦闘に支障がなくなるレベルで使いこなせる知恵ある存在はそれほど多くない。魔力を感覚的に運用する魔物には魔法理論を理解することも、吸収という行程があるということを知ることすら出来はしない。
魔物の領域にはこの技術を使うものも少なからずいるが、その使い手の数はそれほど多くない。いや、正確な言い方をするのなら使える者は多いがそれを実践で使おうとする人間はほとんどいないと言った方が正しいだろう。
体内に魔力を循環させるこの技法を発動させている限り、術者は魔法を使うことが出来なくなってしまうという大きなデメリットが存在しているからだ。魔法を使える人間というのは火力と魔力回復のクールタイムの関係上基本的には後衛であることが多い。魔法使いもこなす前衛というのは比較的珍しいタイプの人間であり、更に火力と速度を手に入れる代わりに魔法という大きなアドバンテージを捨てようとする者はそれほど多くないのである。
また、エルフやドワーフのようなどちらかと言うと人間よりの存在の者達は痛みが酷すぎてこの技術をまともに扱うことは出来ない。そんなことが出来るものは痛みを快楽に変換できるような変態くらいなものだ。
ヴァンスの知り合いのとある男は全身に七つの魔法を付加させるという高等技術を用いてこの魔力吸収をなんの気負いも無く使ってくる。だから彼はこれは星光教に魔物認定されている種の者達ならば使ってみせる類のものなのだろうという勘違いをしているのである。だが幸運なことに、バルパはその例外にあたる純粋な魔物という存在だった。
バルパが手に入れた新たな技術は、少なくとも人間には構造上習得が不可能なものであるということである。そして同様に、よほど特異な者か痛みに耐えきれるだけの精神力を持つ存在にしか使うことが出来ない種類の技だ。
つまり彼はこの段階でようやく、自分だけの武器とでも言うべきものを手に入れた。
ヴァンスの勘違いにより教えられた技術ではあったが、結果としてこれがバルパはこれを体得することが出来た。
バルパは人間社会にやって来て初めてまともな戦闘用の技能を手に入れることが出来た。武器や休息と言った副次的なものでなく、魔力感知のように戦闘それ自体にさほど寄与するものでもない、純粋に彼を強くするための新たな力を。
彼はそれはもう夢中になってひたすらに練習を重ねた。自分が生まれ、そして渇望していたものに一足跳びでたどり着くために使えそうな技術となれば興奮しない訳がない。
時間を確認することも、まともな食事を摂ることも忘れ魔物特有の肉体の強靭さを遺憾無く発揮させ睡眠すらほとんど取らず魔力吸収を続ける。
どれほどの時間が経過したか数えてもいなかったが、ずっと練習を続けているととうとう魔力を腕に留めて分けずとも防御用の魔撃一回分の魔力をそのまま吸収出来るようになった。数回ほど試行して問題ないことを試してから今度は攻撃用の自分が普段使っている魔撃を二つに分けてから体内に入れてみる。すると再び激しい痛みがやって来た、しかし最初の頃と比べればそれもまた耐えうると判断出来る程度のものでしかない。
バルパは更に練習を続け、二度ほど倒れて意識を失った後に攻撃用の魔撃を、本来の威力のまま入れることが出来るようになった。
最初の頃は一回一回に使う魔力がさほど多くなかったために自然回復で賄えていたが、徐々に魔撃の規模を大きくし、防御用の魔撃を攻撃用のものへと変えていくにつれ魔力の減りは明らかに早くなっていった。そこから先はポーションをがぶ飲みしてしのいでなんとか誤魔化し誤魔化し練習を続けた。
自分の発動できる雷・火・風の攻撃用の魔撃を十全の威力で吸収出来るようになったために、次は循環と放出の速度をあげ普段魔撃を使うことの延長として魔力吸収が行えるように練習を始めた。
だがこれは大した苦難もなく実にあっけなく成功を収めた。早く強くなりたいと願いながら魔力吸収を続けていたせいで、彼は知らず知らずのうちに発動までの時間を短縮してしまっていたのだ。図らずも逸る気持ちが良い結果をもたらしてくれたため、バルパの修行は更に次の段階へ進むことになった。
すなわち実践、海よりも深い溝の魔物を相手取っての戦闘訓練である。
バルパは地上階層を抜け、一体どれほどぶりかもわからないほど久しぶりに洞穴の入り口へやって来た。
というか自分が見ていないということはヴァンスもまだダンジョンの中にいるのだろうが、色々な関わりがあるのに大丈夫なのだろうかと自分の師匠を少しだけ心配するバルパ。
しかしそんな心配は、長い間の練習の成果を発揮出来る機会がやって来たことに対する喜びですぐに掻き消されてしまう。
バルパは魔力感知を発動させ、自分の獲物を探し始めた。




