簡単なようで
地上階層へと戻ってきたバルパは、地べたに座り込み何をどうするのが最適なのかを考えてみることにした。目を瞑りいつでも魔撃を放つための用意をしておいてから、考えに没入していく。
今自分がやるべきことは魔撃を使うための循環速度、放出速度を遅くさせ魔撃の吸収までの猶予を作ることである。放出と変質はほとんど同時であるために変質速度を変えるのは難しいことを考えると、遅くするのはとりあえずはその二つという認識で問題は無さそうだ。何度思い返してもヴァンスは循環・放出・変質を瞬き一つよりも早く同時に行い、何でもないように魔法に変質途中の魔力を体内に流し入れていたが、あれはあくまでも例外でありなんの参考にもならないことをバルパはしっかりと理解している。あれだけ無茶苦茶をやって気合いが足りてたから出来たんだと豪語出来るほどに自分が規格外の存在ではないと言えるくらいには、バルパは自分の分を弁えている。
魔力をゆっくりと回すことを意識しながらゆっくりと、爪先や指先にまで魔力が行き渡るようにじっくりと魔力を循環させていく。魔力が動くのはあくまでも体内であり、大体の感触でしか掴めないためになんとなくな感覚で理解していくしかない。
現在の循環の速度は一秒未満、それこそあっという間に魔撃を撃つための準備が整う。まずはこれを五秒程度まで伸ばしたい。それだけ遅くすることが出来たなら放出の段階で準備と用意を終えてから臨むことが可能であり、放出がある程度速くてもなんとかなるかもしれない。
循環を遅くするにはどうすれば良いだろうか、バルパは今まで魔力が血液と同じように身体中を巡る感覚で魔力循環を行っていた。それならば血液のようにサラサラとしたものではなく、油や泥の混じった水を流すようにしてみてはどうだろうか。
試してみると気持ち速度が落ちた気がした。
次に考えたのは魔力を通す管、つまり魔力菅の通りを悪くするようにイメージすることだ。汚れがこびりつき通り道の半分ほどを塞いでしまう想像をしながら魔力を回すと、また少しだけ速度が落ちた。魔法は基本的にはイメージが重要であるため、その源となる魔力も同様にイメージによりある程度融通が利くのかもしれない。
油ではなくもっとドロドロとしたヘドロのようなものを想像してみたり、魔力それ自体が大きすぎて魔力菅を通れないようなイメージをしてみたりと試行錯誤をしていくと、最初と比べれば明らかに遅いと断言できるくらいにはスピードに変化が生じ始めた。
それならば次に行うのは魔力の放出を遅くするための練習だ。
だがこれは中々に難しい、魔力の放出というものはバルパが戦闘において重宝してきた魔撃とかなり密接な関係を持っている部分である。魔力を手から放出する速度を遅めようとしても、今までの習慣の問題でほとんど無意識のうちに魔撃になって飛び出していってしまう。
少しアプローチを変えてみる必要があるなとバルパは発想を転換させてみることにした。自分がしたこともないことをやるのではなく、今までやってきたことの応用で乗り切ることは出来ないだろうかと考えたのである。
彼の脳裏によぎったのは魔力による肉体の部分的な身体強化だった。あれを行う際は魔力を多く使うが、行使の瞬間とその後の数瞬の間は魔力を体内に留めておくことが出来る。
そう、バルパは循環速度を遅めた時のように放出それ自体を遅くしようとするのではなく、放出する直前に身体強化の要領で体内に魔力を留めておいてはどうかと考えたのである。
その目論みは彼の想像以上に上手くいった。相変わらず魔力を一部分に留めておくその瞬間には発火するのではないかというほどの熱さを感じはするが、魔撃のための魔力を留めておくこと自体は可能であることがわかったのだ。使用用途がどうであれ、魔力は魔力として運用されるからこのようなことが可能なのだろうか。考えてもわからないことは明白だったために答えは棚上げにし、次にスースに会ったときにでも教えてもらおうと心の中のリストに書き込みをした。
遅滞行動が可能になったのだから、次はタイミングを見計らい本当の意味での実践をしてみるべきだろう。
バルパは丸薬型のポーションを口に入れてから、意識を集中させ始める。
イメージするのはドロドロに汚れた川の水。それが上流から下流への傾斜が非常に緩やかな山岳地帯でゆったりと流れていく様子を思い浮かべながら魔力を循環させていく。
魔力を循環させる間、平行して魔力吸収のためのイメージを行っていく。魔力を用いるものすべてにおいて最も大切であるはずの想像力を働かせることは、決して無駄にはならないはずだ。
今度頭の中に浮かべたのは強力な風の竜言語魔法だ。あたり一帯を巻き込み、地面をさらい上げ、ありとあるものを根こそぎ自らへと引き込んでいく強力な魔法が、自分の右腕にやってくるイメージ。
魔力を放出させようと循環の流れを途切れさせぬまま右手に来たところで解放、させる前に停止。右腕にドラゴンを一撃で殺せるほどに強力な身体強化を施すイメージを行ってから、再び流れを再開させる。当初よりゆっくりになった魔力の流れが放出され、バルパが念じた通りに雷となって出るその瞬間、彼はそれを思いきり体の中に取り入れた。
雷が生まれる寸前であるため、バチバチと爆ぜるような音は聞こえては来ない。音の代わりにやって来たのは、全身を内側からトゲが刺し貫くかのような激烈な痛みだった。
バルパはポーションを噛み砕こうと考える前に、そのあまりの痛みによるショックでい意識を失った。
丁度意識を失う寸前、一瞬生まれた思考の空白地帯の中でバルパは考えた。
どうやら先は長そうだぞ、と。




