自由
ヴァンスは飽きたのか数分ほど駄々をこねてからすっくと立ち上がった。先ほどまで未成人の少年未満の目に余る行動を取っていたとは思えないほどにその表情は真剣そのものである。
「もうなんか面倒だから、俺もう行くわ。後はスースに話をしといてくれ」
しかし出てくる言葉は相変わらず普通ではなかった。レイはがくっと肩を落としたくなるのを堪えて彼を見つめる。
「え、その……もう行ってしまうんですか?」
「うん、だって俺もうすることないし」
レイは彼が本物だと仮定して、わざわざ奴隷である自分達のいるこの場所にやって来た理由はなんなのだろうと想像してみることにした。自分達の顔を見に来ただけではないだろう、そこには何かしら意味があるはずである。
品定めか、それとも弟子から奴隷を取ろうとしているのか。彼の人となりを見ている限りどちらもあり得るように思える。
どうするのが適切なのだろう、とるべき正しき行動はなんだろう。考えて動きを止めているレイの脇から、ピリリが飛び出した。
「もう行っちゃうの~?」
「ああ、俺は今からバルパに修行をつけなくちゃいかん。天才の時間は有意義に使わねばな」
「そっか~、バルパもまだ帰ってこないんだ~……」
しょげた顔をするピリリ、どうやら彼女はヴァンスのことが気に入ったらしい。動物的な勘のある彼女がなつくということは彼は悪い人ではないのだろう。
そんな推測を裏付けるように、ヴァンスがピリリの頭をポンポンと叩いた。
「なぁピリリ」
「なぁに?」
「男が強くなりたいと思う気持ちを、邪魔しちゃあいけないぜ」
「……そうなの?」
「ああ、そうだ」
ヴァンスが彼女を見る目はどこか優しかった。さっきまでやっていたことはピリリよりもよほど幼稚だったにもかかわらず、今の彼はピリリのお父さんと言われても納得出来るほどの貫禄がある。
「男が強くなりたい理由なんてな二つしかない。一つは自分のためで、もう一つは誰かのためだ。まぁアイツの場合一つ目の理由が大きいような気もするが、それでも誰かのためって気持ちもあるだろう。その誰かの中にはきっと……ピリリも入ってるんだぜ?」
「……そっかー……じゃあピリリ我慢する」
「よしよし、良い子だ」
「それでね、ピリリも強くなってね、バルパにいっぱいご飯食べさせてもらった分の恩返しをするんだ」
「おっ、良いね。目標はでっかく、人生の楽しみ方をその年にしてわかってるとは流石の一言」
「えへへぇ」
ガシガシと乱暴にピリリの頭を撫でるヴァンスのことを見て、レイは不思議な魅力のある人だなと思った。子供のようでいて、しっかりした大人のようでいて、それでもどこか悪ガキっぽい。バルパ様もそんな所にひかれた者の一人なのかもしれない、レイはヴァンスが本物なのだろうとようやく自信を持って言えるようになった。彼はなんでもやってのけてしまうような気がする、そんな風に思わせる人間が影武者なり偽物だったりするはずがない。
一人納得していると、ヴァンスは何も言わずに部屋を出ていってしまった。
レイは自分なりに魔法の訓練をしていた。だがそれはあくまでもバルパの歓心をひくためであり、彼から未限られないようにするためのものでしかなかった。ヴォーネもそしてウィリスも自分と似たようなものだろう。助かろうというよりかは助けて欲しい。そんな風に他力本願に願ってばかりで、精神を完全に磨り減らし体力を全て使いきるほどに頑張っていたとは言い難い。
だが強さの到達点であるヴァンスを見て、レイは心の底からこう思った……羨ましい、と。
自由などないに等しい自分達と比べれば、彼とは天と地ほどの差がある。多分彼は自分を束縛する全てと戦い、そして勝ち抜き、今のような奔放さを押し通すだけの力を手に入れたのだろう。
自分も強くなれば、あんな風になれるのだろうか。レイはヴァンスを見ただけでコロッと意見を変えた自分の浅薄さに苦笑し、もしバルパ様が彼をここに連れてきた理由が私たちをやる気にさせるためなのだとしたら、上手く乗せられてしまったものだと笑みの種類を変えた。彼は言っていた、機会を逃してはいけないと。
自分にとっての機会が今であることを、レイは疑わなかった。彼の奥さんであるスースさんも彼に負けず劣らずの傑物であるらしい。そしてその本職は、魔法使いだということだ。
ヴァンスの言葉から、彼女もまた自分達のもとへやって来てくれるであろうことはわかっている。それならば、彼女に師事することこそが自分が、そして自分達が自由を勝ち取るための手段なのではないだろうか。レイは三人の顔を見渡した。
やる気に満ちているように見えるのはピリリだけで、ヴォーネは相変わらず煮えきらないような態度を取っているし、ウィリスはいつもと同じように不機嫌顔だ。
ここは、私が一肌脱ぐしかない。ウィリスは調整役としての役目を果たすべく、ウィリスとヴォーネに話をすることにした。
そしてにこやかな説得の末、スースさんに自分達を限界まで鍛えてもらうように頼みこもうという結論を半ば強引な形で出させた。
この決断がまだ見ぬ未来のための一歩となるとレイは心の底から信じられた。




