それぞれの戦い
どうやらルルはかなり前からリンプフェルトにやってきていたようで、臨時パーティーを組んだりして日銭を稼ぎながら情報を集めていたらしい。
あのヴァンスが新しい弟子をとった、魔物の領域への侵攻が遅々として進まず大した話題のない現状、バルパの情報はすぐに聞くことが出来たのだという。
ヴァンスのことはルルも知っている。どうやら彼は人間社会において大層有名らしかった、強さから考えれば当たり前だとバルパは一人納得した。
バルパの噂は、ミルドなどと比べれば遥かに広いリンプフェルトにも広がっているらしい。滅多なことでは弟子をとらないヴァンスの二人目の弟子、強さも来歴もわからぬ謎の男。
新人冒険者であることと名前以外は何もわからない。あるものは全身を鎧で覆っているのはその醜悪な姿を隠すためだと言い、またあるものはその美しすぎる相貌から要らぬ災いを起こさぬためだと言い、様々な憶測が流れているらしい。まさか自分が話の種になっているなどとバルパはまったく想像していなかった。だが有名な人間と一緒にいる人間が有名になるのは、考えれば当然のことだった。有名な人間は自然他人の目を引く、そんな有名人の隣にいる人間が注目を浴びるのも考えれば理解出来る。
自分の話がされるということには良い点と悪い点の両方があるだろう。目立てば問題が起きる可能性も増えるが、その強さや後ろにいる存在を知られるということは問題を起こそうという人間を牽制することも出来る。
今までは下手に目立たないように気を付けていたが、その配慮が必要なくなるのならある程度は目立っておく必要があるだろう。
強さが謎に包まれているというその一点は確実にマズいことのように思えた。
冒険者になったは良いが、バルパはギルドで受けられる依頼など一度も受けていないし、したことなど迷宮に入ることと海よりも深い溝の探索をしただけだ。
死体は周囲の状況によって回収したりしなかったりしているが、殺したドラゴンの死体やス・ルーガルー・スーの死体はしっかりと保持している。
ドラゴンは食べられるからあまり手放したくはないのだが、食べられない鱗や爪ならば渡しても問題はないだろう。勇者の持っていた素材を売っても良いのなら、ギルドの建物を素材で何百回も埋もれさせることが出来るくらいの余裕がある。だがバルパとしてはあくまでも強さを誇示するなら自分が倒した魔物を見せるべきだろうと考えているため、出す死骸はしっかりと厳選するつもりである。
冒険者ギルドに行って強さを見せつけよう、そう脳内リストに刻んでからそういえばまだルルがやって来た理由を理解出来ていないことを思い出す。
だが正直に聞くとしょげられることはわかっていたため、バルパはなんとか言葉の端々から読み取ろうとすることにした。
「じゃあこれからどうするんだ?」
「バルパさんの近くにいます」
「それは答えになっているようで答えになっていない。それに俺についてくるのは良い選択ではないと思うぞ」
「そ、それでもですっ‼ 正直なところヴァンスさんのお弟子さんになってるせいで私が来た意味は半分くらいなくなりましたが、それでもとりあえずは一緒にいますっ‼」
「そうか、なら好きにすれば良い。正直五人も六人も変わらないからな」
「……五人、ですか? ということはバルパさんは今パーティーを?」
「いや、同行者が一人と奴隷が四人だ」
「……」
ルルが眉間に指を押し当てた、そしてまた気分が悪くなったのか先ほどよりもよほど身体を大きく震わせている。
「詳しく聞かせて、くれますよね?」
「……あ、ああ」
バルパは少し吃りながら答える。彼はルルの背中に、悪鬼羅刹のような何かを見た。
「……とまぁそういうわけで、俺は今からドラゴンをワンパンしに行く」
「…………はぁ、なるほど。バルパさんが引き寄せ体質だってことを改めて突きつけられた気分です」
バルパはルルを放置しミーナと二人でリンプフェルトに向かったところからの大体の話を、かなりはしょってではあるが説明した。
成り行きでミーナを連れていくことになり、リンプフェルトで別れようとしたところヴァンスと戦うことになり、結果として勇者のことが明るみになり彼の弟子になったこと。その過程で一週間ほど魔物の領域(正確には海よりも深い溝と言うのが適切なのだろうが、ルルにわかりやすいようにこう言った)にぶちこまれ鍛えられたこと。とりあえず魔物の領域の奥を目指して進むことを決めたのだが、どうやら自分達の力不足を痛感したこと。成り行きで死にかけている奴隷を助け、ドラゴンを殺したこと。そのまま気付けば奴隷の主になってしまい、自分は彼女達を旅のついでに故郷に連れ戻してやろうとしていること。そして彼女達を奴隷商人に預けヴァンスを呼びに行き、ドラゴンワンパンの秘技を習得しようとしていること。
ルルはただ聞いているばかりではなく、時に質問を挟んで来たり、時に補足を求めたりしてきた。バルパは律儀に彼女の疑問・質問に答え、そしてざっくりとした話をし終えた。ミーナのことを細かく聞いてくるのが気にはなったが、別段隠すようなところもないので特に口をつぐみはしなかった。
「馬車を使えば人を連れてでも進むのはなんとかなる。だからあとは俺がドラゴンを殺せるようになれば良い。スレイブニルの靴を使って空を蹴れば時間も労力も大幅に短縮出来るだろう」
棚からぼた餅的にではあるが、人をほとんど重さを感じることなく運べる手段が手に入った。自分がドラゴンやワイバーンを皆殺しに出来るだけの実力を手に入れれば恐らく他の敵は恐るるに足らなくなるだろうから、魔物の領域に入ること自体に困難はなくなった。
だが別にそれはミーナと四人が鍛える必要がなくなったというようなことではない。寧ろバルパとしては魔物の領域に入ってからが本番だと考えている。
魔物と人間が混在する魔物の領域において、やはり最も必要なのは力だ。魔物は特に力にこだわる性質があることは自分を分析すれば明らかなのだから、力をつけるに越したことはない。向こうにもヴァンスクラスの魔物がいないとは限らない、というかヴァンスの言葉と性格から考えるにまず間違いなくいるだろう。
そんな化け物相手に逃げるだけの力は最低限欲しいというのがバルパの正直な思いである。それだけの力が手に入れば、尊厳を奪われないだけの実力も備わっていることだろう。そうすれば奴隷を解く手段だって見つかるかもしれないし、何とかなる可能性は間違いなく増えるだろう。
一人で納得し頷いているバルパに反して、ルルは難しそうな顔をして黙りこんでいる。
「おーい‼」
彼女に話しかけあぐねていると、空から聞き慣れた大声が飛んでくる。大きく手を振ってくる大男に小さく手を振り返し、時間が来たことを悟るバルパ。
「迎えが来た、俺は行く」
「はい、一応ミーナさんと奴隷の居場所を教えてもらえますか」
「あっちと、あっちだ。ミーナのいる宿は祝福の宿り木亭、奴隷のいる場所はティビーという男がやっている商店だ。名前は忘れたが、貴族街で一番ボロい店があればそこだ」
「わかりました……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
シュタッとヴァンスがカッコつけて降りてきた、人差し指と中指を額に当て真っ白な歯をキラリと光らせて登場した彼を見てバルパは少しカッコいいと思ったのだが、ルルは彼に見向きもせず俯いたままだった。
「俺様参上っ‼ そしてさらばっ‼」
ヴァンスはバルパの股下に潜り込み、バルパを肩で支えながら肩車の体勢になった。そして魔力で足場を作り、ルルにじゃーなーと声をかけるだけかけてグングンと上へ向かっていってしまう。
(……そういえば、別れの言葉を言い忘れたな)
声を張ろうかとも思ったが、そんなことをせずともまた会えるのだから何も言わずとも構わないだろう。
話の途中から妙に大人しくなった彼女の様子が少し気にはなったが、バルパは気持ちをドラゴン殺しへと切り替える。邪念のせいで修行に身が入らないなどもっての他だ。
遠ざかるリンプフェルトの街並みを見ながら、上機嫌そうな今ならば聞いても答えてくれるだろうかと疑問をぶつけてみる。
「どこへ行くのか聞いても良いか?」
「あぁ? 言ってなかったか?」
「言ってなかったぞ」
「ふむ、そうか。到着までのお楽しみ……ってのも悪くはないが幸い今の俺はほんわかしてるから教えてやろう」
一体どんなことをすればウィリス達相手にほんわか出来るのだろうかと思ったが、まぁピリリあたりが何かやったのだろうと想像はつく。彼女は人を和ませる才能があると思ってはいたが、ヴァンスにも影響を及ぼしてしまうとは思わなかった。魔法の多重起動に異常な食欲と、ただでさえ謎が多いのにまた新たな謎が生まれてしまった。
ヴァンスが腰の収納袋から二本の双剣を取り出した、以前バルパのボロ剣と打ち合わせても刃こぼれ一つしなかった優れものの剣だ。そういえばヴァンスは以前、女関連のいざこざで手に入れた業物だと言っていたな。なんでも真竜の牙でできているのだったか。
だがどうしてそんなものを戦闘する場面でもないのに取り出したのだろう?
バルパのそんな疑問に、笑顔のヴァンスが答えてくれた。
「掃除がてら魔物の領域で前人未踏のダンジョン見つけたんだよ、それも一階層からエレメントドラゴンが出るやばげな奴。俺でも楽しめそうな予感がビンビン」
ヴァンスの笑みにつられ、バルパも獰猛な笑みを浮かべる。二人の笑みは期待と興奮が高まるにつれ、どんどんと野性的なものへと変わっていった。




