魔撃
迷宮というものは実に不思議な特性がある。まず最初にあげられるのは迷宮がどんなものをも吸収してしまう性質があることだ。死体も、武器も、木材でさえも時間が経てば消えてしまう。そして迷宮には転移水晶というものがある。この水晶に印と念じるだけで水晶ある階段が転移の支点として登録される。そして以後は印を刻んだ地点同士を自由に行き来することが出来るようになる。それほど便利なものがあるのならさぞ迷宮探索は順調に進んでいると思う人も多いだろうが、実態は異なる。そもそも初級、中級、上級という区分け自体が浅い階層に出てくる魔物の強さで決められているだけの非常に便宜的なものだ。故に踏破を目指すとなればその指標はなんら役に立たず、何十人もの踏破者がいる上級迷宮がある一方で誰一人として踏破の成功例がない初級迷宮というものも存在する。
迷宮の魔物は決して外へ出ることがないという不文律のおかげで深層の探索は遅々として進んでおらず、どの迷宮もその深部がどうなっているかはあまりわかっていないというのが迷宮というものの実情であった。何が出てくるかもわからない深部よりも鉱山資源や迷宮産の魔物の素材を確実に得ていく方を冒険者も、そして街の主も選んだ。
迷宮に不確定要素は多い、だがだからこそ面白い。命をベットして挑める機会というものほど、生物を燃え上がらせるものは無いのだから。
ゴブリンはミーナから魔法の指導を受けた、そして魔力の使い方というものを会得した。そして彼は今、自分が体得したものを実際に使用しようと第三階層に足を踏み入れていた。
第三階層も慣れ親しんだ第二階層と大差はなく、若干湿った洞窟状の空間だったため彼は若干の安堵を覚えた。
気を引き締め魔力感知を使いながら辺りの生物の存在を確かめる、魔力感知は魔力を注げば注ぐほどに範囲が広がっていくことを知ったためその索敵範囲は驚くほど広い。頭の中に赤い点が三つほど映る、光点の反応めがけてかけていくと敵影はすぐに見つかった。
表皮に青い鱗を持ち鋭い目付きで辺りを見回している魔物、リザードマンだ。彼らは右手に盾を、左手に槍を持ちながらゆっくりとした足取りで洞窟の中を歩いている。自分は遠目から視認することが出来ていたが、彼らにこちらを捕捉した様子は見られない。
名も無きゴブリンは現在左手に盾を抱え、右手には何も持っていなかった。
空を掴んでいた右手を上げ、ゴブリン達の方へ向ける。そして自分の腹あたりに感じられる魔力を力任せに移動させる。詰まったパイプに無理矢理勢いだけで水を通すように所々でつっかえながら彼の魔力は腹から胸へ、そして肩から腕へと移動していく。
手のひらを目一杯開き手のひらにまで魔力をもっていくとグッと流れを止めた。指先に行く前に留め、手のひらの中で魔力を循環させる。
魔力の循環にも魔力を使い、それを加速させていく。グルグルと手の中を駆け巡る魔力につられ手が熱を発し始める。どんどんと高まり火傷をしてしまうほどに高めた魔力を手のひらを突き破るように前に押し出した、手から出て相手を燃やし尽くす火の玉をイメージしながらチリチリと痛む手で真ん中のリザードマン目掛けて手を向ける。
魔力が放散され、自分の魔力の総力が減じたことがわかる。そして同時に自らの手を離れた魔力の塊が前方へ飛んでいき、無色透明からオレンジへと変わっていくのが見える。
次の瞬間には火の玉が出現し、丸い炎は狙いを穿たず吸い込まれるようにリザードマンへと命中した。
今ゴブリンが放ったのは厳密には魔法ではない。そもそも魔法とは魔物が使っている性質変化を詠唱と魔力整形により整えたものであり、魔法とは元々は魔物の使う魔力放出の模倣なのだ。彼が行ったのはその魔法の原型とでも呼ぶべき魔力放出そのものである。魔力を手先に移動させ、体内で循環させながら性質を変化させる。そして変質した魔力を放出しながら明確なイメージを整えれば魔力は行使者の思い通りに形を変え世界の事象をねじ曲げる。これこそがゴブリンの使った魔力放出の仕組みである。魔法ではないために精密な照準や複数人での行使が出来ないなどといったデメリットもあるが、これには魔物であれば習得が容易であるというメリットがあった。ゴブリンは魔法を習いたいとも思ったが、それに似たようなことをすることは可能であったために魔法の習得は一時棚上げしておくことにしていた。戦闘を行う分には魔力放出でも十分だと思えたためである。
自分達の隣にいた仲間が突然死んだことで残る二匹が襲撃者の存在に気づく。攻撃のやってきた方向であるゴブリンの方へと走る二匹、このまま行けば発見されるのは時間の問題だ。
同じ要領で今度は手のひらに魔力を集める、次にイメージするのは相手の体を貫く氷の槍だ。魔力が手のひらから生み出され、即座に槍へと変質し右のリザードマンの胸を貫いた。残るは一匹、しかし既に最後の一匹は指呼の距離にまで近づいていた。
リザードマンの槍が胴体めがけて放たれる、その一撃を左手の緑砲女王で防ぐ。右手を盾から出し相手に向けるがするとリザードマンは器用に無防備な手に突きを放ってくる。
ゴブリンは盾に手を引っ込め、盾の裏側で手をリザードマンへ向ける。
今度は盾の向こう側に風の刃を生み出すイメージ、少し離れたところまで自らの魔力を移動させ、そこから致命の一撃を相手に与えるのだ。
魔力を手から出して移動させるまでは良かったのだが、緑砲女王をすり抜けさせようとしたところで問題が生じた。自らの魔力を緑砲女王に吸われてしまったのだ。
攻撃が失敗したことを悟ったゴブリンは体を半身にして相手の力のこもった一撃をいなす。リザードマンは刃では攻撃が通らないと考えたのか体を捻りながら石突を盾にぶつけた。ガンと音が鳴り衝撃がゴブリンの左手に通る、いくら魔法の品を使っていても衝撃は緩和されない。このまま攻撃を受けても耐えられるだろうが万一があってはいけないと袋に右手を当てボロの剣を取り出そうとしたとき、盾に変化が起きた。
石突の攻撃を受けると同時、盾が緑色に輝きだした。そしてバックで下がりながら再びの打突を放とうとしていたリザードマンめがけて緑色の暴風を放った。まさか攻撃を受けるとは思っていなかったリザードマンはその攻撃を背中からモロに喰らいなす術もなく皮膚をズタズタに裂かれていく。ゴブリンは自らの緑砲女王に風の魔力が装填可能であり、相手の攻撃へのカウンターとして魔力の増幅された風魔法が放たれるなどということは知らなかったが、一応剣で相手の頭を二つに割った。手痛い反撃を受けても面白くないと残った二匹の頭も同様に切り裂いていく。
戦闘が終了してから魔力感知を発動させる、周囲に生物の反応はない。彼はリザードマンの死体を無限収納に入れてから戦闘の反省を始める。
魔法の使い心地は悪くない、いやむしろ良いと感じていた。今まで近距離での攻撃が主であり、遠距離攻撃の方法など短剣の投擲程度しかなかった彼には頼もしい攻撃だ。
そこまで効率が悪いというわけでもない、今程度の攻撃なら数十発撃った程度で息切れをすることは無いだろう。火、風、土、水、氷、雷、木、光、闇の全属性に適正があるということはミーナの講習によりわかっていたし、それとは別に一部の人にだけ使えるという聖属性についてのこともある。練習を重ねながら習熟を深めていけば頼もしいことこの上ない。
彼自身自分の魔力放出とミーナの魔法が違うことにはなんとなく気づいていたため、自分のそれを魔撃と名付けることに決めていた。ミーナから魔法というものは強固なイメージが肝要だと教えられていたからだ。たとえイメージや理解が間違っていたとしても強力に願えばある程度の融通が利く、魔法というものはそういう曖昧で素晴らしいものだという教えを忠実に守っているのである。
この戦いで新たに緑砲女王が魔力を吸いカウンターを放つという収穫も得た。その辺りも追々調べる必要がある。
以前とは異なり明確にすべきことがわかっているというのはゴブリンの意欲の上昇に大きくかってくれた。漠然としているよりは課題は多くとも目標が見えているということは大事なことだ。
ゴブリンは魔撃の習熟度を高め、時折緑砲女王に魔力をこめたりしながらも第三階層を悠々と突破していった。
 




