手助け
ウィリスとミーナの言い争いが終わったのは、ピリリが十枚目の肉を平らげたのと同時だった。ウィリスは今回は泣いていなかった、泣かなければうるさくないのでバルパとしては有り難いことこの上ないというのが正直な感想である。
バルパは魔力感知を常時発動状態にしながら五人に語りかけるためいつもより少し大きな声を出した。
「まず結論から言うと、お前らは俺の奴隷になったらしい」
「……」
四人ともある程度の予測はしていたからか、特に声があがることはなかった。ウィリスが若干不満そうな顔をしていたのを見て、そういえば彼女には別の選択肢があるのを思い出す。
「ウィリス」
「何……なんですか?」
「お前は貴族に買われれば良い生活が出来るらしいぞ。戻ってから用事を済ませるまでに身の振り方を決めておいてくれ」
「……はい、わかっ……りました」
「だから敬語はいらないと言って……」
「そういう訳にもいきません、奴隷相手に対等でいようとすれば困るのはバルパ様の方です」
割り込んできたレイがバルパの話を遮って口を開く。あまり話すことも出来ていなかったためにまだどこかよそよそしくはあったが、彼女が皆に取らせようとしている態度は理に叶ったものであるらしい。奴隷に舐められるようでは主が低く見られ、奴隷関連でいざこざが起きたり、奴隷を奪われて泣き寝入りすることになることもあると言われればバルパとしても頷かざるを得ない。人が居ないときでは好きに話せば良いと言えば了承が返ってくる。譲るべきところは譲る彼女の態度はバルパにとり好ましかった。
「あとの三人はとりあえず証書を作って正式な奴隷契約を交わす。お前らの扱いがどういうものになってるのかはわからんから一度奴隷商人に見せることになるだろう」
ピリリ以外の三人は黙って頷いたが、彼女は不思議そうな顔をして首をかしげるだけだった。
「でだ、今後の予定を今からざっくりと話す。何か聞きたければその後にしてくれ」
バルパは自分がまず彼女達を街へ入れ、ただの借財奴隷と言い張り人間達の目を誤魔化しつつ奴隷商人であるティビーのもとへ彼女達を連れていき事実確認と、証明書の発行を行うこと。それから自分の師匠であるヴァンスにとりあえず事情を説明し後ろ楯になってもらうこと、それから自分が修行を終えるまではどこかで待機してもらうことを告げた。
「とりあえずこれで俺の話は終わりだ。聞きたいことがあれば言え」
「あ、あの……」
小さく手を挙げたのはヴォーネだった。おどおどとしながら目線をふらつかせ、バルパのお腹のあたりに視線を固定する。
「私達はどうなるんでしょうか?」
「とりあえず最低限の安全は保証出来た、後はヴァンス次第になってくるだろうな。適当に触られれば故郷にひとっ飛びで連れてってくれるはずだ」
「あー、ちょっと補足するね」
ミーナがヴァンスが最強クラスの人間であり、彼に気に入られれればどうにでもなるという説明を加えた。そして彼が大層な女好きであり、適当にセクハラに耐えればなんとかしてくれる可能性は十分にあると言って話を締める。
四人はバルパよりずっと強いと言われて半信半疑な様子だったが、バルパが頷くとそういう人もいるのかという風に納得したようだった。
「でもその人が私たちの願いを聞き届けてくれるとは限りませんよね?」
「ああ、わからない。俺もヴァンスのことは予想するのも難しいからな」
バルパはなんとなくヴァンスは保護に同意はしても彼女達を故郷に送り返すことまではしないのではないだろうかという気がしていた。彼は自分の時間を拘束されることが好きではないし、それに海よりも深い溝の攻略に乗り気ではないことからも何か亜人達に思うところがあるのではないかと思われる。その具体的な内容はわからないバルパではあったが、まぁあとは実際に話してみればわかるだろうと深くは考えないでいた。下手に考えてもその想像を上回ってくるのがヴァンスという男であることをバルパは骨身に染みて知っているのである。
「だからもしヴァンスが最低限の援助しかしないのなら、修行の後であればお前達を魔物の領域に向かわせる手助けをしても良いと考えている」
「手助け……ですか?」
「ああ、あくまでも手助けだ」
バルパは彼女達に機会を与えてやりたいとは思っている。だがそれと同時に、出来ることなら彼女達に力をつけて欲しいとも考えていた。
彼女達が今奴隷という身分に落とされているのは、彼女達が馬車の接近に気付くことが出来なかったからであり、そして馬車を警護している冒険者達を打ち倒すだけの力がなかったからである。
バルパはもし彼女達の世話を十全に焼いてやり、四人全員を故郷に戻してやったところで彼女達はまだ弱いままだ。また同じことが起こるかもしれない、いやもっと酷いことが確実に起こるだろう。
だからバルパは彼女達に強くなるための機会を与えてやりたいと思っていた。自分が勇者から与えられたような幸運が、彼女達にもやって来ることをどこかで願っていた。
バルパは考え、どう伝えるべきか悩んでからゆっくりと口を開く。
彼が四人を見つめるその瞳は、少し前までとは異なり真剣そのものだった。




