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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第二章 少女達は荒野へ向かう
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もぐもぐ

 最短距離を走り続け、進路上の敵を薙ぎ倒しながら進み続けたバルパは、数時間で第三層へとやって来ていた。馬車のあった場所は第三層の中間あたり、つまり一番人気のないところを選んだために未だあたりに人影はない。基本的に移動時間である朝を抜けたからか、第二層から四層へと向かおうとする人もかなり少ない。魔力感知にはしっかりと五つの反応が感じ取れる、誰一人欠けることなく時間を稼ぐことが出来たらしい。一ヶ所で固まっていることから考えるとミーナやピリリ達も馬車の中に入っているようだった。警戒をしなくて大丈夫なのかという気もするが、下手に動くよりはあの馬車の中で隠れている方が得策だと考えたのだろう。

 バルパは石化の吐息を吐いてくる蜥蜴を雷で焼き殺して馬車へと向かった。


 馬車を入れた洞穴の中にまで辿り着くバルパ、しかしそこに魔力反応があるとわかっていてもそこに馬車があることをしっかりと認識できない。なるほど、自分やレイ達が着けている腕輪のような物なのかもしれない、彼はと馬車の能力をおおよその所を把握した。

 どうしてドラゴンに瞬殺される程度の冒険者と、戦闘能力皆無な奴隷商人という一行が魔物の領域にまで食い込み彼女達を連れることが出来たのか、その秘密は目の前にあるはずの馬車の多機能っぷりにある。

 この馬車にはいくつかの機能があった。

 まず一つ目は収納箱のように中の空間を拡張する機能である、そしてそれに付随して空間を固定し、外でどれだけ馬車が揺れてもそれが内部に伝わらないという機能もあった。一見数人も入ればギチギチになりそうな馬車の中には十人程度なら入っても余力を残せるだけのスペースがある。中には未だ外に投げ出されずに残っていた大量の魔物の素材が入っていたが、そんなものにスペースを食われるのがバカらしかったのでバルパが全て無限収納の中に入れてしまった。

 そして第二に馬車の自走機能だ。この馬車は馬がなくとも自動で動く、車輪は空に浮いているためヴァンスが使っていた飛行能力のようなものが備わっていると考えられた。そして仕組みはわからないが、どうやら持ち主として認識したもののあとを追従するように作られている。中からの操縦も可能らしく、奴隷商人は内から馬車を動かしていたらしい。 

 そして第三に馬車の気配を限りなく希薄にする能力だ、他と比べても明らかにこれだけ突出し過ぎている感がある。よく目をこらしてもそこに馬車があると認識していなければそうとはわからなくなるほど高度な幻影のようなものが自動で発されているのだ。幻影なのか、それとも闇の魔撃のようなものなのか。その詳細はバルパにはわからなかったが、彼にもその有用性は理解できた。その悪用方法も幾らでも思い付く。

 馬車の存在を悟らせずに誰か一人を使い人間を拉致し、馬車の中へと連れ込んでしまえば誰にも気付かれることなく逃げおおせることが出来る。人を殺しても誰の目にも付かずに逃げることが可能になるし、殺さずとも盗みや奇襲にも使える。

 馬車自体そこそこ道幅を食うために道順はしっかりと確認しなければいけないだろうが、恐らく頑張ればミーナでも持ち上げられるほどの重量しかないので最悪外に人を出し担いで運ぶことも出来る。実際にバルパもそうしたのだし、自分よりずっと長く馬車を使ってきたはずの商人がそれを思い付かないはずもないだろう。

 こんな多機能な物を一介の一般人が手に入れられたのは不思議だったが、もしかしたら奴隷商人というものは非常に儲かるものなのかもしれない。ティビーも亜人の奴隷は目が飛び出るような値段で売れると言っていた。

 人間に値段をつけること自体頭のおかしいことだとしか思えなかったが、売るつもりがなくなったという意味ではその話を聞いたことにも意味はあった。売ることで幸せになる可能性があるのはウィリスだけだということがわかっただけでも収穫だろう。

 バルパは笑顔で肉を食べるピリリに値段をつけることはしたくなかった。恐らく彼女は、自分があげている肉一欠片よりも安い値段がついてしまうだろうから。あとの二人はまだあまり話せていないので、保留ということにしておいた。だが正直なところウィリスは、適当な貴族に売られることを願ってはくれないだろうかと少しだけ考えてしまう。顔を合わせる度に嫌な顔をされるのは構わないのだが、それでミーナやレイと口論になって泣かされると本当にうるさいのだ。バルパは彼女の泣き声を聞いただけで自分の戦闘能力が二割は落ちるような感じがしていた。状態異常攻撃を放つ魔物よりも、バルパにとりウィリスという女はよほど厄介な存在であった。

 馬車の中に入ろうと四角形にめくれば中に入れるようになっている幌を上にあげると、また口論が聞こえてくる。 

「いい加減肉以外の物を食べさせなさいっ‼ 野菜をよこしなさい人間‼」

「うるせぇ耳長っ、文句言うくらいならさっさと出てってエルフの里にでもなんでも帰りやがれっ‼」

 ミーナとウィリスはまた懲りもせずに口論をしているらしい。

 今までまったく音が聞こえてこなかったのにもかかわらず、中に入ると急に音が聞こえてきたということは防音機能もあるのかもしれない。バルパの思考も若干現実逃避ぎみであることは否めない。

「だったら返しなさいよっ‼ 連れてきたのはあんた達人間でしょうがっ‼」

「はぁ? だったらあんたらは関係もないエルフが犯罪を犯したら一緒に罪を償うのかよ? すっごいね、すっごい自己犠牲の精神」

「当然のことでしょう? 基本的に行動の全ては連帯責任、当たり前のことじゃないですか」

「………うわ、こいつマジで言ってるよ。エルフって頭おかしいんじゃねぇの」

「訂正しなさい、愚かな人間の癖に……」

「……(にこっ)」

「ひぃっ⁉」

 喧嘩を放置していても、本当にまずいことになる前にレイが止めてくれるために大事になる可能性はあまり高くない。三人が喧嘩の最中にいるのに対し、ピリリとヴォーネは少し離れたところでモグモグとご飯を食べていた。

 喧嘩に巻き込まれるのは嫌だったので二人の方へ歩いていくと、すぐにピリリが気付く。この少女も未だ謎が多い。多重起動の仕組みもわからないし、のほほんとしているかと思えば時々妙に鋭くなることがあったりもする。だが悪い子ではないことはわかっているので、特に深く問い詰めることはせずに適当にご飯を与えるだけで何もすることはなかった。奴隷の主となっているために自分に危害を加えることが出来ないらしいから以前より警戒を緩めても問題はないだろう。

「あ、バルパも食べる?」

「いらん、俺が居なかった間に何か問題はあったか?」

「ないよー」

「こらピリリ、バルパ様にそんな口をきいたらダメだってあれほど……」

「構わん、意志疎通が出来るならあとはどうでも良い」

 どうやら人間は地位や年齢で上下が決まったりするらしいが、自分はその中でも最底辺の魔物である。自分よりは幼いとはいえまだまだ子供の女に変に気を遣われるのは気分が良いものではなかったし、ピリリの気安い口調にももう慣れた。様付けで呼ばれるよりよほどマシである。ウィリス以外の二人にも砕けた話し方で良いとは言っていたが、二人は態度を変えることはなかった。ウィリスにはもっと敬えと言っているが、相変わらず態度は変わらなかった。

「食料は足りたか?」

「ああ、まぁ結構ギリギリと言いますか……」

「お腹へったよ~」

「この腹ペコちゃんのせいで結構カツカツになってまして」

「……結構な量があったはずなのだが、ほれ」

「あむあむ……んー、おひひい」

 そういえば自分がピリリを見るときは、彼女はいつも何かを食べていた気がする。手が空く度に物欲しそうな目をするのでその都度食事を出していたのだが、冷静に考えると彼女は年齢のわりにかなり大食らいであるらしい。正確な量を把握しているわけではないが、ミーナの収納箱に入れていたむこう半年分くらいの食料が三日で消えたのだからその食事量は尋常なものではない。他の四人はむしろ少食の部類に入るので、食料を消費していたのはほとんどピリリだろう。食べているペースは見た目相応ゆっくりだが、化け物染みた胃の容量である。

「あふ、あふふ」

 だがまぁ幸いバルパが何千人居ても食いきれないだけの量が無限収納には入っている。どうせなら自分が狩った魔物を食べたいと考えるバルパにとってはむしろ在庫処分にもなって丁度良い。いくら食べると言っても食べた総量はドラゴン一匹分もないだろうし、大した量ではない。

「ほれ、これは薄切りスライスだな」

「もぐもぐもぐもぐ」

「ああピリリッ、食べ過ぎちゃいけないって何度も言ってるでしょっ‼」

 与えられた食事を一心不乱に食べるピリリを見て微笑ましい気分になりながら、バルパは向かいの少女達の喧嘩が終わるまで餌付けを続けた。

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