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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第一巻2/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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とある少女の独白 2

 話を聞いてわかったのは、こいつには常識がまったくないということだ。知らないことが多すぎるというか、本当に何も知らない。まるで体と頭だけでかくなった赤ん坊みたいだった。話す言葉もイマイチ要領を得ないし、防犯意識ってもんがないのか私みたいな人間にもポンポンと魔法の品(マジックアイテム)を見せる。収納箱は木の枝や同じ種類の鎧なんかを入れてることから考えてもかなりの容量がある。あんなの盗賊や盗賊まがいの冒険者の奴等に見せてみろ、徒党を組まれてボコボコにされてケツの毛までむしられるのが見えてるぜ。

 革鎧を燃やせだとか魔法の授業料に金貨を出したりだとか言われた時には流石に正気を疑った、だって金貨だぜ金貨‼ 今まで一度も見たことないくらいの大金、見たときは唾を飲み込んだね。金貨渡して足りないかとか聞いてきやがる、足りないって言葉をすんでで止めた私の胆力を誉めてほしいよまったく。

 こいつ間違いなくどっかのボンボンだ、金銭感覚が完全にバグってやがる。腹が減ったら明らかに高級な生肉を塊で提供したりするし、恐らく目玉が飛び出そうな武器防具を無造作に地面に置くし。

 間違いない、多分調査依頼をした奴等はこいつの財産目当ての奴等だ。幾つかの断片的な情報から私は今回の大体の経緯について予想を立てた。

 まず第一に鎧男は亜人だ、私たちの常識を知らなすぎるし声も全然違うし。だけどその身なりを見た感じ、向こうでは身分の高い生まれだったんだろう。武芸の指導も受けてるかもしれない、洗練されてるという感じは受けなかったけど。

 多分あいつは故郷から逃げなくてはいけないなんらかの事情があったんだ。最近は亜人への当たりが辛いというのはよく聞く話だ。実際蟲人や蠍人なんかは魔物と区別がつかないから人間に襲われたりしてるらしいし。で、だ。多分あいつは人間に追いたてられて逃亡を余儀なくされたどこかの亜人の国の王子か何かなんだろうと私は思う、にしては野蛮に過ぎる気はするけど他所様の文化事情なんか知らないし概ね間違った認識ではないと思う。こいつはどんな手段を使ってかは知らないがこの翡翠迷宮の中に逃げ込んだ。瞬間移動持ちの魔法使いに頼んだか使い捨ての巻物スクロールでも使ったんだろう。

 魔力感知の魔法が使えるのなら迷宮の中でも人と会わずに済むだろうし、暮らしていても問題ないだけの食料は収納箱の中に入れられている。あいつはここで耐え忍んで何かを待っているのだ。自国からの援軍か、それとも状況が好転する時節をか。

 そしてただ待つのではなく強くなろうとしている、世界から取り残されてしまわないように。世界が生み出している荒波を相手に真っ向勝負で打ち勝つために。それは私が冒険者になろうとした理由と同じだ。誰からも奪われずに生きたい、理不尽な暴力に屈したくない。そのためには戦うしかない、暴力で、権力で、財力で。

 本当なら伝えるのが正しいんだろう。私の考えはあくまで推測に過ぎないし、鎧男はもしかしたら国から指名手配を受けるような極悪人なのかもしれない。

 だけど極悪人が自分のことを報告されるという危険を考えた上で死にそうになっている女を助けたりするだろうか? 犯すことも奪うこともせずに、私に教えを乞おうとするだろうか。金貨とそれに劣らないだけの食事の提供をしてくれるだろうか?

 私にはそうは思えなかった。きっとお偉いさん達はあいつのあの無防備さにつけこんでありったけをぶん捕っちまうつもりなんだ。私に見せているもので全てってわけはないだろうし、あの収納箱の中には一体どれだけの財宝が入っているのか想像もつかない。 

 私は少しだけ悩んで、それから悩むのをやめた。考えるのは得意じゃないし好きじゃない、だったら自分が思ったことを自分の好きなようにすればいい。

 だって私は、冒険者なのだから。




帰還ニムト‼」

 転移水晶に触れそう唱えれば、すぐに地上近くの階段の半ばへ帰ってくることが出来る。どんな階層からでも使えるということを聞いてはいたけれど、第三階層から使ったのは初めてだったから少しだけ緊張した。

 すぐそこには木の柵と、その向こうで黙ったまま手に槍を持ち佇んでいる男達の背中が見える。

 迷宮の入り口は木の柵で二つに仕切られている。これは迷宮がやってることじゃなくて、領主様がやってることだ。片方が迷宮から出る冒険者用、そしてもう一方が入場用。その右側、つまり出口側の方から私はゴブリンにやられて右裾の切れたローブを身に纏って洞窟を抜けた。転移水晶を抜ければすぐに見えるこの出口が普段はありがたいんだけど、今日の私にはそれが少し怖くなっていた。

「ギルドカードを見せな」

「……はいよ」

 翡翠迷宮の出口には二人の門番がいる、無愛想で体ががっしりしてるのは街の衛兵と変わらない。首にかけている大きめの紙を申し訳程度に見せると大した確認をすることもなく通行の許可が出る。こんなにおざなりで大丈夫なのかと心配になってくるが、そもそもならず者である冒険者風情など詳しく見る気もないのだろう。迷宮の衛兵を任されるってだけで将来食いっぱぐれることはないくらいのエリートな訳だし。

首を上に向ければ落ちようとしている太陽と夕焼け色の空が見える。視線の先では夕暮れを夜が覆い隠そうと青色とオレンジ色が混ざり合いながら変な色になって星空を映していた。

「腹は減ってないし……早く宿屋に入らないと。あ、その前にギルド行って依頼の報告をしないと」

 出入りを監視している奴等の視線を感じながら街道を歩く。数分もすればミルドの町並みが見えてくる。街へ入り、真ん中らへんにある冒険者ギルドへ行き、そして報告をした。

 異常はなし、特に変わった様子は見受けられなかったと。

 

 いつもの安宿へ行き、銅貨五枚で行けるクソボロい部屋を借りて中に入る。一人になることが出来ると一気に疲れが押し寄せてきた。

 人が一人いただけだし、彼は別段攻撃的な危険人物でもなかったのだから嘘を言ったわけではないが、さりとて真実を話したわけでもない。

「ふぅ……」

 今日は色々なことがあった、というかありすぎた。下手したら今までの人生で一番密度の濃い一日だったかもしれない。

 銀貨三枚に金貨一枚、それから食事代も浮いたんだから成果は上々だ。

「……寝よ」

 金貨がこれ以上得られないっていうのは少し残念ではあったけど、まあ一度きりのおいしい話だと思えばそう悔しがることもない。

「でもまさか、半日もかからずに魔法を覚えちゃうなんて…………へこむなぁ。才能ないのかも、私」

 自分が魔法を習得するまでにかかった期間は半月ほどだった。これでもかなりスゴいと誉められていたというのに、その鼻っ柱を叩き折られた気分だ。

 だけど不思議と悪い気分にはならなかった。それはどうしてだろうと考えているうち、私は夢の世界へと旅立っていた。

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