エルフとドワーフ
中は外で見て想像していたよりも広くなっている、もしかしたら収納箱のような機能があるのかもしれない。バルパはキョロキョロと広いテントのようになっている車内を見渡し、奥で横になっている二体へと向かっていく。自分の少しあとに羽根の少女とミーナが歩いてくるのが見えた。
「……なるほど、そういうわけか」
顔が見えてくれば自然目に入ってくるのは一人の少女の特徴的なとある部位だ。二体と言って少女が顔をしかめていた理由はこれかとそれを一目見れば納得することが出来た。一人は耳が長く、もう一人は耳が尖っている。彼女達は魔物、ではなく亜人なのだ。耳が長いほうは恐らくエルフだろう、バルパが発見した死体と同様産毛の生えた長い耳が気持ち垂れ下がりながらついている。もう一人の少女の方は種族はわからないが、耳の形が尖っているし人間でないことは間違いない。
バルパの魔力感知では二人は間違いなく魔物と判定が出ているのだが、それでもこれからは安易に魔物のような数えかたをするのは止めようと思った。
実際に魔物であるバルパのような特殊な例を除けば魔物呼ばわりされて喜ぶような亜人はいまい。
人間と魔物の違いが気になるバルパではあったが、二人の病状を見ればそんなことを気にしている場合ではないとわかる。
「……はぁっ、はぁっ……」
「…………」
耳長の少女は荒く息を吐き、顔を真っ赤にしていた。少し腫れ上がってしまっているせいで恐らく端正なのだろう顔は膨れて綺麗とは言い難い状態になっている。
耳が短い方の少女は音もなく眠りこけている。その顔色は青を通り越し土気色で、症状としてはミーナが魔力欠乏を起こした時のそれに似ている。バルパに元気かどうかを判別する手段はないが、この二人が健康な状態ではないことは彼にもわかる。
バルパに治し方などというものがわかるはずもないため、とりあえず袋から取り出した液体ポーションを口に入れたのだが、エルフの少女は飲み込まずに口から吐き出してしまった。それならばと今度は丸薬型のポーションを口に入れたのだが、一向に飲み込む気配がない。ポーションを飲めば大抵のものは治ることをバルパは知っている。疲労だってある程度は取れるし、一番良いポーションを使えば無くなった腕だって生えてくる。
だがバルパは今までポーションが飲めないほどひどい人間というものと遭遇した経験はない。肝心な時に人間社会での経験不足が響いてくる、もう少しポーションの使い方を学ぶべきだったか。
試しにエルフの少女の服を脱がせ、ポーションを裸体にかけると少しだけ息にこもる熱が消えた。同様にもう一人の少女にもポーションをかけると、顔色がほんの少しだけ良くなる。だがこの調子だと完治させるまでに一体どれだけポーションを使えば良いかもわからない。そもそも少し調子が良くなるだけでポーションでは完治しない可能性もある。
これで死なれては先ほどの少女の思いが無駄になってしまう、バルパとしてはそれは避けたかった。
とりあえずバルパに出来ることはやってみたが、どうにも旗色は悪い。なので彼は困った時の無限収納とばかりに腰の袋に触れ現状を打破出来るものと念じた。すると二つの奇妙な物が彼の手にずしりと乗っかる。それらをそっと地面に置き、見てみることにした。ポーションを使ったおかげで二人の調子は馬車に入ってきた時よりかは幾分マシになっている、これらをどう使うか考えるだけの時間的な猶予はあるはずだった。しゃがみこんでから胡座をかき、目の前の二つの物品に目をやった。魔力感知を発動させるとどちらも魔法の品ではある、だがバルパにはそれらが彼女達を治すような何かには到底見えなかった。
まず右側に置いてある一つ目の物体は陶器の中に入っている小さな樹だ。手乗りサイズではあるが一応樹ではあるようだった、土を軽く掘ってみると中にしっかり根を張っている。
そして左側に置かれているのは眩しいくらいに煌々と光っているランプだった。これまたサイズはかなり小さく、親指と人差し指でつまめる程度の大きさしかない。
樹とランプ、これをどう使えば彼女達が元気になるのだろうか。少し考えてはみたが自分では絶対に答えが出ないと思ったので素直に後ろで待機している二人に尋ねることにした。
「これでどうやれば二人を治せるかわかるか?」
「あー……うん、多分だけど」
ミーナから聞くことにはエルフという生き物は自然が無いとダメな生物であるらしい、だからエルフの少女の横にその樹を置けば治るんじゃないかなという適当にも取れる答えが返ってきた。そして消去法で考えて小さなランプの方はもう一人の少女の側に置けば良いという答えは論理的なようで頭の悪い回答だった。
「なぁ、この小さい方の人間がどんな種族かわかるか?」
「……ヴォーネちゃんはドワーフです、だからそのランプは彼女に使うべきものなんだと思います」
どうして自分で道具を出しておいて使い方を理解していないんだと彼女の視線は大分疑り深いものだったが、まさか大して知りもしない人間に無限収納のことを話すわけにもいかなかったのでバルパは黙って話を聞き、それらしく頷くに留めておいた。
治し方がわかったのならあとは実行するだけだ。バルパはエルフの少女の横に植木鉢を置き、ドワーフの少女ヴォーネの横に小さなランプを置いた。
そのままじっと二人の様子を見てみるが、変わった様子は見受けられない。これで良いのかどうかわからないので経過を観察したいと言うと、羽根の少女はそれを了承してくれた。
だがずっと馬車を横転させたまま放置していて良いはずはない。今はまだ魔物がいないから良いがいつドラゴンがまた目の色を変えて襲ってくるとも限らないのだから、出来るだけ目立たない場所で隠れて様子を見るべきだ。本当なら二人の少女を抱え、馬車を無限収納にしまってから帰路を行きつつ時間を稼ぎたいところではあったが、流石に意識のない少女二人を抱えて移動するのはリスクが大きすぎる。
バルパはここで待っていろ、何か変化があれば出てきて教えてくれとミーナと羽根の少女に言いつけ馬車を出た。すると出口のすぐ近くでうろちょろとしている少女がこちらに気付いて近寄ってくる。
「……」
黙って自分を見上げてくる少女になんと伝えるべきかバルパは悩んだ。助けてやると啖呵をきったわりに二人は未だ完治しているとは言えない状態にあるし、かといってそれを伝えて徒に少女を不安がらせるのも良くないだろう。
「今治している最中だ」
「……ありがとう、ございますっ‼」
また土下座をしようとする彼女の腰を掴み持ち上げる。距離が近付き、二人の視線が重なった。ある程度整理がつき観察する余裕が出来ると、少女の体の軽さ以外の部分にも目がつくようになる。痩せた頬、少し黒ずんだ肌、肋の浮き出た体、どれもこれも見ていてあまり気分の良いものではない。
バルパは少女を下ろし、無限収納からドラゴンの焼いた肉串を取り出した。肉をじっと見つめる少女の目の前にそれを持っていってやると、面白いように視線が肉へと動く。右に動かすと、黒目が右に。左に動かすと、眼球が一つの生き物であるかのように素早く動いて肉を捉えて離さない。
「食え」
「…………良いん、ですか?」
「良いから、食え」
無理矢理肉を手渡してやると、彼女は無理に断るのも悪いと思ったのか肉を食べ始めた。もしゃもしゃと必死になって食べているが、一口が小さいために中々なくなりそうにない。
ドラゴンの肉は旨い、旨いものを食えば元気になれる。
彼女のこれから先の未来が明るいものだとは思えないが、少なくとも今くらいは元気でいて欲しい。そんな風に思いながら彼女に二本目の串を渡そうとしたその瞬間、馬車の出入り口が開かれてミーナが出てきた。
どうやら二人が意識を取り戻したらしい。
思ったより早い回復に驚きながら、バルパは再び馬車へと向かっていく。その少し後ろには、そこにいるのがさも当然だといった様子で肉を頬張っている少女の姿があった。
ミーナがそれを見て小さくため息を吐いたが、少女の顔が笑顔になっているのを見てまぁたまにはこういうのも良いかと気を取り直した。
彼女のため息は、馬車の中にさっさと入っていってしまったバルパには届かなかった。




