二体
「話をして決めちゃう前にさ、早くその子達の所に行かないと。もしかしたら危険な目にあってる最中かもしれないし」
ミーナの発言に従い、二人で走りながら馬車のあった場所へと向かっていく。先ほどの戦闘が響いているのか、魔物達の気配は気味が悪いほどに消えていた。
ミーナがぜぇぜぇと息を吐き、それでも走り続けるのを止めずに頑張ったおかげで十分もかからずに現場に到着することが出来た。魔力感知で敵影がないことは確認していたが、それでも二人が無事でいるのを視認すると少し安心できる。だが二人の様子は、命が繋がって嬉しがっているようには見えなかった。
多重起動の少女はオロオロと動き回っていて、それを羽根の生えた少女がとりなしている。一体何があったんだろうと聞いてくるミーナに、直接聞けば良いと答え二人のもとへ歩いていった。
「あ、助けてくれた人っ‼」
二人の接近を察知したのは多重起動の少女の方で、それに少し遅れて羽根の少女がこちらを向きぺこりと小さく会釈をした。
身体中に線を引いている少女はバルパを確認すると、何やら急いでいる様子で彼の方へ走ってきた。未だ謎が解明されているわけではないため、バルパは渋るミーナの腰を強引に押し自分の半歩後ろに下がらせた。
「お前達のこれからについて話をしようと思って……」
「あ、あのっ‼」
少女はバルパの方に近付き、数歩ほど離れた所で止まるとじっと彼の顔を見た。兜をしているためにバルパの顔が見えることはないだろうが、もしかしたら何かしらの魔法で自分の存在を察知したのだろうか。下手に隙を見せたら危ないかもしれんと腰に提げた無限収納に触れるバルパ、少女は彼をじっと見つめたかと思うと、そのまま地面に膝をついた。両膝を地面につけ、上体を寝かせて手を地面につける。土下座をしているようにしか見えなかったが、自分は特に何か謝られるようなことをした覚えはない。もしかすると助けたお礼が出来ないことを謝ってるのだろうか。バルパの見下ろす小さな少女の背中は、彼が思っていたよりもずっとずっと小さかった。
少女は額に土を擦りつける、バルパは体の緊張をほぐし警戒体制を解いた。
「お願い、しますっ‼ ヴォーネちゃんとウィリスちゃんを助けてあげて、くださいっ‼」
「……もしかして馬車の中の二人、マズいことになってるのか?」
「よ、よくわかんない、けどっ、毎日毎日、どんどん元気がなくなっちゃってて……あの、えと、それでっ……」
謝っている少女の話はイマイチ要領を得なかったが、どうやら馬車の中の二人は馬車から出てここからどこかへ向かうことも出来ない状態らしい。彼女達を連れている奴隷商人はどうしてそんなことになるまで放っておいたのだろうか。奴隷だろうとなんだろうと元気な方が良いと相場は決まっているというのに。
「あ、あの、私、あんまり女の子っぽくないけど……なんでも、しますからっ‼」
話している最中もずっとこの調子だったため、バルパはどうにも落ち着かなかった。自分よりも小さい女の子に頭を下げられるという経験は、出来ればもう二度とはしたくないと感じられるほどには気分の良いものではない。彼女達の主の話やこれからの話をしたかったのだが、なんだか変な方向に話が向かってしまっている。だがこの少女と、そして馬車の中の二体にとって大切なのは未来の話ではなく今の生だろう。回復薬を使ってしまうことにはなるだろうが、まぁ幸いにも数はまだ多い。ヴァンスかスースあたりと交渉して売ってもらえば補充は可能だろう。
バルパは腰を下げ、頭を下げている少女の頭をポンポンと叩いた。ミーナはこれをすると落ち着く、それが少女にも適用されるのかはわからなかったが、まぁ通じれば儲けものだ。
少女がビクッと体を震わせてから顔を上げる、その瞳はうるうるとしていて今にも泣きそうな様子だ。どうして頼む程度のことで泣くのか不思議だったが、とりあえず元の姿勢に戻りこちらをジッと見つめている羽根の少女の方に向き直った。
「殺すつもりはない、安心しろ」
「……はい」
「お前もそんな頭を地面につけんでいい、汚れるだろうが」
足を折り畳んでバルパの方を見上げている女の子の脇を持ち、そのまま体を起こしてやる。異常なほどに軽い、ミーナよりも軽いのはもちろんだが、いくらなんでもこの重さはおかしい。下手をすれば大剣よりも軽いレベルだ。一体何を食べていれば人間というものはこれほど軽くなるのだろう、脇を持ち上げ自分と少女の視線を水平にしてやってからなるべく泣かれないように口調を優しくして話す。
「助けてやるから、泣くな」
「あ、うん…………わかりましたっ」
キョトンとした様子の少女を下ろし、まだ視線を外す様子のない羽根の少女を無視してミーナの方に向き直る。
「とりあえず二体を治す、まずはそれからだ」
「あ、うん。その辺はバルパに任せるよ」
二体、と言った瞬間明らかに羽根の少女の眉がひきつった。だが自分に良い感情を抱かれていないことはわかっているので放置して馬車へ近づいていく。
一見すると普通の幌馬車のようにしか見えないが、魔力感知を使うとかなり強力な魔法の品であることがわかる。幌が黄ばんでいるのは魔法の品であることを隠すためなのか、それとも元からそういう色合いなのだろうか。
横転してからかなり時間が経っているというのに、車輪はまだ空転し続けている。これが馬なしでも進む馬車の秘密なのかもしれない。馬車の様子も気にはなったが、今気にするべきはそこではない。
(……さて、何が出てくるか)
車輪に若干気をとられはしたが、本来の目的は忘れていない。バルパは馬車の幌に手をかけ、その中へと分け入った。




