突撃
バルパ達は更に先へ進み、現在第八層を攻略中である。
木々の密生地帯はどうやら抜けたようで、ぎゅうぎゅうで足場もないような状態ではなくなっている。湿度も少し上がったようで、以前より靴にひっつく土の量が明らかに減っている。
木々は細い一本一本が大量に繁るというよりは太い木がある程度の間隔を開けて育っているため、空からの視界の確保が難しそうな点は変わらなかった。
出てくるようになった魔物は、魔撃を使うことがデフォルトになってきている。
オーガは身体強化を使い本来出せるであろうスピードより明らかに速く接近してきたが、まだ魔撃と魔法で対応は可能な範囲であった。
人型の魔物に加えて、この階層からはスライムと呼ばれる魔物が出現するようになった。透明なだけで色は黒からカラフルな原色まで実にバラエティに富んでいて、どいつもこいつも魔撃を放ってくる。
どうやら体色はある程度弄れるようで、地面や樹木、岩に擬態している個体が数多く見受けられた。魔力感知がなくても視力を強化すれば見分けることは可能そうではあったが、一般的な魔力に余裕があるわけではない一般冒険者には少々きつい場所だろう。
六層、七層、八層と進んできたが、人間の反応はあれから一つとてない。どうやら冒険者達の主の狩り場は第二層と第四層であるらしく、この分だと既に自分達が進んでいるのは人間の未踏破エリアかもしれない。
ドラゴンに気取られるように目立つことはしていなかったが、木々の感覚は進んでいくごとに徐々に大きくなっている様子だった。
このペースが維持されれば、第十四層を越えるときには空から丸見えになりそうな感がある。ただそんなに規則的に木が生えている訳もないだろうからそれは実際に危険だと感じられるようになってから考えれば良いとバルパは洞穴の中で眠っているミーナの寝顔をじっと見つめた。
魔物の領域に入ってから既に二十日が経過している。彼女の疲労は最早隠すことすら出来ずにいる。糞尿にまみれ汚れている洞穴を水の魔撃で洗い流し、土の魔撃で側壁や地面を掘って新しい土を表面に出させ、その上に藁を敷いて眠るようになったのは探索を始めてから五日ほど経過した時のことだった。日中も明らかに集中を欠くようになったミーナを見かねてバルパがしっかりと休息を取るよう進言し、彼女がそれを受け入れた形だった。
最初は渋っていた彼女も一度眠ればまるで死んでしまったかのように眠り続け、そして半日ほどで完全に元気を取り戻してからは夜になるとしっかり睡眠を取るようになった。それまでは岩に体を預けて目を瞑っていただけだったため眠りが浅かったせいか魔力の回復もそこまで速くは無かったが、横になって眠れば回復速度も上がり疲労もある程度は取れるようになってくれた。
流石に夜に光の魔撃を使いながら先へ進もうとするほど命知らずではないため、二人が進んでいるのは朝から日が没するまでだ。これもまた、どんなときも一日中戦い続けられるダンジョンとは勝手の違う部分の一つだった。
ミーナの睡眠を邪魔しないように少しだけ距離を開け目を瞑るバルパ。
彼は今日の探索の最中、彼女の魔法の制御がいい加減になっていたことを思い出していた。やはりそろそろ限界かもしれない、戻ることを視野に入れるべきだろう。彼の思考は帰還の方へと寄っている。やはり人間という生物は、一月も二月も休まずに戦い続けられるような種族ではない。適度に休息を取らねば本来の実力は発揮できないのが普通なのだ。
バルパは海よりも深い溝が自分が想像していたよりもはるかに広いものであることを知り、既にこのまま探索を続け魔物の領域へ入ることを諦めている。
彼女にそれを伝えることはしていないが、バルパは既に現在の探索の方針を先へ進むことからミーナの育成へと変えていた。行けるところで彼女がギリギリになるまで粘り、その実力と胆力の底上げをする。それが二人でこの広大な地域を踏破する一番の近道だろう。
現にミーナの魔力は探索を始まる前と比べてかなり上昇している。半月という期間のほとんどを戦闘に当てたのだからそうでなくては困るというものだ。
今まで戦ってきた魔物の強化具合から推測すると、あと数層進めばミーナの実力を超える魔物達が出てくると彼は見ていた。自分より強い魔物との経験は、彼女の力の底上げになることは間違いない。
おそらく十一か十二層あたりで彼女の特訓をすることになるだろう。
自分の直接の強化をするわけではないが、これからも旅を共にするのならミーナの実力の向上は間接的に自分のためにもなる。
そう言い聞かせながらバルパは外に魔力感知を広げた。
相変わらず空を気ままに飛んでいる複数のドラゴン、そしてそれに付き従うように後を追従しているワイバーン。今すぐあいつらを打ち落としてやりたい、バルパはこの半月ほどで彼らに対する憎悪を溜め込んでいた。ドラゴンをミーナと駆ることが出来れば、おそらく彼女にも自分が勇者を殺した時のような発光を伴う急激な能力の向上が見込めるだろう。そうすれば今のようにチマチマと魔物と戦わずとも彼女の能力を実践レベルにまで引き上げられるのだが……。
バルパはドラゴンを簡単に狩れない自分への怒りを、また少しだけ溜め込んだ。
それは二人が第十二階層、連携を意識して攻撃してくるリザードマンの小隊と戦い終えた時のことだった。
バルパの魔力感知に妙な反応が一つ現れたのである。それは、魔物と人間が一つの場所に幾つも重なり合うという今までにない反応であった。
バルパの魔力感知は平面的に発動するため、上空のドラゴンと地表の冒険者の点が重なるという経験は以前にもあった。だが今回はそのパターンともまた気色が違う。
その点には、一つの人間の反応と二十を超える魔物の反応が混ざりあっていた。反応は非常に微弱なものもあればかなり強力なものもある。その奇妙な反応をする人間か魔物かわからない生物と、それと行動を共にする四人の人間と二人の魔物が、彼がこの半月で見分けることが可能になったとある存在と戦闘を繰り広げていた。彼らが戦っている相手は、間違いなくドラゴンだ。
バルパは彼らの正体を確認するべきだと思った。魔力感知に今までこのような奇怪な反応が出たことはない。一体その生物がなんなのかを調べれば能力の詳細な理解に一役も二役も買うはずだ。自分にそう言い聞かせる。
だが本当に彼が行きたいと願った理由は別にある。それはその集団が人間と魔物、両方の反応を持つ初の集団だったからだ。
おそらく、そこにいるのは人間と、首に黒い輪を付けた……。
「良いか、さっき休んでいた洞穴まで走れ。俺は少し用事が出来た」
バルパは魔力感知で周囲に敵がいないことを確認してから、ミーナをおいてドラゴンと小集団の戦闘区域目指して駆け出した。




