ドラゴン狩りにはまだ早い
「近接攻撃をするのは無謀っぽいよね?」
「……ああ、あの攻撃反射の鱗飛ばしがあると接近戦をするのは上策ではないだろうな」
ミーナはバルパの予想とは異なり、あのドラゴンをどうやって討伐するかという一点に意識を向けたようだった。本来の目的とは少し離れたが、別段その思考は悪いものではないだろう。いずれはあれを倒せるようにならなければいけないというのは事実なのだから。
少なくとも今自分達の近くに魔物はいない、歩きながら細かく会話を重ねることくらいなら出来るだろう。
「魔法と魔撃でいける?」
「俺にはスレイブニルの靴があるから問題ないが……いや、待てよ」
流石にこちら目掛けて急降下攻撃をしてくるその瞬間に合わせて遠距離攻撃をするというのは確実性に欠けるような気がする。もし攻撃をするとすれば他の獲物を取り油断している瞬間や戦闘の最中にある程度の距離から全力で魔法と魔撃を叩きつけるべきだろう。だがそれを行うにはドラゴンにある程度近い位置取りをしなくてはならない。そのためには空を飛ぶ、もしくは駆ける手段が不可欠だろう。木に登ってというのでも構わないが、それだと一撃で落とせなかったときに反撃を無防備な状態で食らってしまう可能性もある。
右の腰にある無限収納に触れ、空を飛べるものと念じる。すると透明な四角形の物体が出てきた。色は赤く、一口で食べられそうな見た目をしているがそこから感じ取れる魔力はなかり大きい。強力な魔法の品であることは疑いようがない。
「これを使ってみてくれ、空を飛べるはずだ」
「うん? ……うん」
赤く四角い透明な物体を受け取ったミーナは、それを上下左右から観察してからぐぐっと力を込めた。だが反応しないので今度は魔力を物体に流し込む、今度は正解だったようで四角形立った物体がバッと飛び散り、ミーナを覆う膜のようなものを形成する。
全身を透明な卵の殻の中に閉じ込められたような状態になったミーナとバルパの視線が水平に混じり合う。二人の身長差から考えるとこれはあり得ないことだった。そして次の瞬間にはミーナがバルパを見下ろすような形になり、そのままグングンと上昇していく。
「わ、わわっ⁉」
彼女の意思に反して魔法の品はミーナの高度をドンドン上げようとしているようだった。
このまま放置していれば空高く飛んでいってしまうかもしれない、というか高いところに居ればドラゴンやワイバーン達の良いエサだ。バルパはスレイブニルの靴を使い散歩ほど空を駆けてからミーナの足を掴み、地面に引き摺り倒した。少々無理矢理だったが、着地の際に腰と地面の間に自分の手を挟んだために痛みはなさそうだった。
「飛べた、けど……」
「……少なくとも実戦に使えるかどうかは怪しいな、これはしばらく封印しておこう」
着地するとミーナの横に再び四角形に戻った魔法の品が現れる。バルパはそれを無限収納の中にしまう。少なくとも現状この魔法の品の使い方を練習するだけの余裕はない。やるなら一度戻って街の近くでやるべきだ。
バルパはこれを見た瞬間、空を飛び上空での戦闘が可能になったかと少しテンションを上げたが、上手いことというものは滅多にないらしい。ミーナの言ではあれは上にしか飛べず、魔力を使っても左右には動けない代物らしかった。
まぁ空を浮かべるのなら有用なのには違いないが、その思い通りに動かないというデメリット以外にももう一つ、すこぶる燃費が悪いという欠点もある。魔力感知で調べたところ今のミーナの魔力は全快の状態の三割を割っている、一回一回空を飛ぶ度にガス欠になるのではまともな方法で戦闘に利用することは難しいだろう。これをドラゴン討伐に用いることは難しそうだ。
二人とも空を飛べるということの興奮から立ち直り、空を飛ぶ魔物達に気取られていたらまずいので場所を移動しながら話を続けた。一番近くにいるオーガ達は殺した冒険者達を食うことに忙しいらしくこちらに気付いた様子は見られなかった。事前準備が明らかに足りていなかったことをバルパはかなり悔やんでいる。無限収納の中身の魔法の品の性能が完全にはわからないとはいえ、ある程度バルパの意思に従い選別をしてくれはするのだからせめて能力の一覧表でもつくって使える魔法の品を片っ端から確認しておくべきだった。魔物の領域へ行くのは早いに越したことはないが、別に一度や二度リンプフェルトに戻っても問題はないはずだ。その間に亜人達は苦境を強いられることになるかもしれないが、それら全ての面倒を見る余裕はバルパにはない。
思考を切り替え、再びドラゴンをどうやって殺すかということに主眼をおくことにした。
「だとすれば必然俺が近づき、魔撃か投擲で翼を潰すことになるだろう」
しっかりと距離を詰め確実に攻撃を当てられるのがバルパだけなら彼がその役目をしっかり果たせば良いだけのことだ。
ドラゴンの翼膜がどれほどの硬さを持っているか彼は知らなかったが、それでも表皮の鱗より硬いということはないだろう。それならばボロ剣なら通るはずだし、あのドラゴンよりも格上だったレッドカーディナルドラゴンに通った回復阻害の短剣とパティルの短剣も……
「パティルの短剣を渡したのは失敗だったかもしれないな」
足元に残っていた虫型の魔物の死体を踏み越えて草を分け入っていく。ボロ剣で草刈りをしながら前に進むと、バルパが作った隙間をミーナがしっかりと抜けてくる。
バルパの呟きをミーナは聞き逃さなかった。
「ああ、あのエロ親父にあげちゃったんだっけ?」
「約束だったからな」
危うく殺されかけたとはいえ、バルパは彼に約束の通り自分にとって価値がありかつ普段使いではない冥王パティルの短剣を渡していた。持久戦に持ち込めばなんとかなるあの武器の能力は手放した今になって惜しいと感じている。
「だが対物、対魔の障壁はそれほど強くなかった。現に大して強くない冒険者の大剣の一撃がモロに通っていたからな、まぁあの男はそのまま手痛い反撃を食らって死んでしまったわけだが」
バルパは強化した視力で角に貫かれる直前魔法使いの女がドラゴンに魔法を放っていたのを確認している。魔法はほとんど通ってはいなかったがその一撃は確かに鱗の数枚を剥ぎ取っていた、つまりあのドラゴンの鱗はかなり剥がれやすいということだ。
情報はそれだけではない。あのドラゴンの鱗は魔法を食らった場合その攻撃を受けた該当部分だけが剥がれ、近接攻撃を受けた時は攻撃を受けた部分とその周囲の鱗が魔力反応を伴って男へ飛んでいた。
つまりあの鱗を飛ばす反撃方法はそれ自体があのドラゴンの竜言語魔法ということであり、それ即ち近接攻撃による反撃が緑砲女王により跳ね返すことが可能であるということである。
防御力はそれほど高くなく、近接戦でのカウンターには対処法があり、遠距離攻撃はしっかりと通る。
こうやって情報を整理してみると、攻撃の最中にミーナを狙われたり他の魔物の奇襲を受けるといった不慮の事故が起きない限りは問題なく倒せる気がしていた。
だがミーナの防御力にはやはり不安が残る。バルパは連携を取り最善の戦法を取るには人数が足りないことを痛感していた。ここにミルミルのように遠近両方で戦える中衛や防御力に秀でた盾役がいればバルパは後ろを気にすることなく、そしてミーナは自分の集中が阻害されることなく魔法を放てるのだが……そう考えたときにバルパの脳内に一人の女性の姿が浮かんだ。
「……バカらしい」
この場にルルがいればなどと考えるのはただの感傷に過ぎない。そんなありもしない可能性を夢想するのなら、ミーナの防御用魔法が堅固になるように魔物を狩らせ、魔力の上昇と魔法の習熟を優先させるべきだ。
バルパは別れた神官服の女は一体今ごろどこで何をしているだろうかと考えながら、ようやく自分達の存在に気付いたらしいオーガに炎槍を叩き込んだ。




