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後編

 

「カズ!ごはん!」


 ノック無しにガチャっと隙間だけ開けて告げ、階下に去っていく母の気配に、黙って部屋を出る。

 日が暮れた後の廊下は俺がじーちゃんだったならば心臓止まるんじゃねーかってぐらい冷え切っている。

 猫背になりながらリビングに行くと彩綾はとっくに帰っていて、自分のコーヒーカップだけがぽつんと取り残されていた。


 リビングのソファーに座ってテレビを付けると、すぐにご飯だから消してーとキッチンから声がかかる。

 ガキじゃあるまいし、テレビ付けながら飯を食ってもいいと思うのだが、母は我慢がならないらしい。

 てか俺としては気まずいのでテレビ付けて食いたい。

 テレビはそのままにテーブルに座って見るとも無しに見ていると、バババと鮭塩焼き、煮物、味噌汁、ご飯が目の前に出てきた。


「年寄りくせぇ」

「文句を言うなら」

「さーせん」


 後から俺の前にだけ昼の残りのパスタが温められて出てきた。

 母が付けっぱなしのテレビを消して席に着いたのを見計らっていただきますと食べ始める。彩綾が居た昼とは打って変わってカタ、カタ、と食器の置く音だけがする。


 何だかんだいって俺はガキなのだ。

 まだ扶養されているガキ。

 彩綾に親代わりに来てもらう事になっても文句一つ言えねーガキだ。


 黙々と食べながら自戒する。


「ごっつぉさん」

「はい、あのさ」

「謝るからいい」

「ならば良し」


 母はそれ以上は何も言わずにテーブルを片付け始めた。

 俺は自分の分の食器を持って流しに入れた。


 部屋に戻ってスマホを開けラインを見ると、学校の友達からのバカラインだけが入っていて、彩綾からは何も入っていなかった。

 彩綾とのトークを立ち上げるのだが、言葉なんか出てこない。俺はイライラしながらスマホを机に投げた。


 ぼんやりと自分の部屋の窓から隣を見ると、いつの間にか隣の家の部屋にカーテン越しの明かりが灯っている。


 ああ、彩綾が帰ってるんだった。


 彩綾が東京に行ってからは明かりがつく事はなく、いつも真っ暗だったから気にも止めてなかった。


 彩綾が地元の大学じゃなくて東京の大学に進学すると聞いた時、俺はあ、終わったと漠然と思った。中学はともかく高校はそれぞれ別れてしかも南北に離れたおかげでほとんど会う機会はなかったが、それでも彩綾の両親が出張の時など、うちに夕飯を食べに来る事もあって、あんまり家には来なくなったけど、付かず離れずなんとなく側にいるんだろ、と思っていた。


 漠然と、彩綾は俺の近くにいて、これからも近くにいるんだと思ってたんだ。

 なのに……


 彩綾が選んだ進路は東京だった。

 幼なじみが離れていく事に、俺は無理矢理自分の気持ちにフタをした。


 別に、付き合ってる訳じゃねーし。


 そう、付き合ってる訳じゃない。

 俺と彩綾はただの幼なじみ。

 それ以上でもそれ以下でもない。



 彩綾の不在に慣れたつもりだった。

 彩綾も、俺の事など気にも止めていない態度を取っていた筈だ、少なくとも大学1年までは。それが何で今になって急に主張してくるのか。


 謎、謎、謎が多すぎる。


 そう思った矢先にベランダに吊るされた洗濯物が目に入る。


「んあ!!」


 ダダダと廊下を走ってベランダに出て夜気にしっけた洗濯物を取り込み、室内干しのポールにかけた。


 洗濯はかけないが、干してある物を取り込むのは俺に与えられた数少ないやらねばならない仕事だ。

 取り込むのを忘れるとねちねち文句が来るので、最近はほぼ忘れずに取り込んでいたというのに。

 舌打ちしながらガタガタと乾いている洗濯物をランドリーカゴに放り込んでいると、カラカラと窓が開いた音がした。


「カズくん?」

「あー、ああ」

「そっち行っていい?」

「今から? って、お前、夜外出るの怖いんじゃ?」


 幼い頃から彩綾は夜を怖がっていた。夏の花火大会も近所の神社でやる夜のお祭りも、いつも出てこなかった。

 小学校の時に、一度だけ母に聞いたことがある。学年でいくキャンプに彩綾が欠席したからだ。母は前々から知っていたらしく、小さい頃夜に怖い思いをしたみたい、それ以来あまり出たくないみたいよ、無理に誘っちゃダメよ、と言ったのを、俺は覚えていた。


「手すりつたうから大丈夫、それに夜も……今日は、大丈夫」


 手すり伝う? や、さすがに、小さい頃はお互い行き来してたけどまさか……


 洗濯物片手にベランダに顔を出すと、窓からへっぴり腰で手すりを使ってベランダに伝ってこようとしている彩綾が見えた。


「ばっ! 何やってんだよっ」

「大丈夫、小さい頃何度もいけたし」

「おま、体重どれだけ増えたと思ってんだよ!」

「カズくん、失礼だよ!」

「そんな事言ってる場合じゃ、わーーーまて!!俺が行くまで待て!!」


 彩綾の部屋の窓の手すりから俺の家のベランダまでは確かにほぼほぼ繋がっているようなものだが、幅5センチの桟なのだ。小さい頃の身体ならまだしも、大人の身体で幅5センチに体重のせたらぐらぐらするに決まってんのに、あいつ!!

 てか、待てっていってんだろーが!!この馬鹿!!

 俺は手に持っている全てのものを投げ出してベランダに飛び出した。


 言うことを聞かなかった彩綾はよたよたと手と足を窓の桟に乗せて、そろりそろりとベランダに向かってへっぴり腰で渡るのだが、最後の最後に右手を伸ばした所で身体がぐらりとバランスを崩した。


「わあ!!」


 わあ、じゃねーーーーー!!!

 がばりと彩綾の両脇を掴んでこちらに引き寄せた。勢い余って尻餅を着いたのはどうしようもない不可抗力だ。どこかの勇者よろしくさっと抱き上げるなんて出来る訳ねーだろ!!


 ゴチンと、彩綾の頭をグーで加減はしたがゴチンとは鳴るようにした。

 彩綾は俺の脚に乗ったままイタタタと頭を抱える。

 そして何故か嬉しそうに笑った。


「あは、やっぱカズくん、いいね」

「あ?」


 今まで薄雲に隠れていた月の明かりが煌々(こうこう)と差してくる。

 俺と彩綾の身体に、ベランダの柵の影がくっきりと落ち、それを見た彩綾が、頭に手を当てながら、背筋を伸ばして言った。



「カズくん。

 私の、旦那さまに、ならない?」

「……はい?」



 爆弾を落とした彩綾の目の瞳が、何だかキラリと変わった気がした。

 カズくん、と彩綾の瞳が揺れる。

 日本人としては珍しい薄茶色い瞳を吸い込まれるように見ていると、いつもの茶色い目が深緑に輝いた。

 や、綺麗だけど、宝石みたいにキラキラしてっけど……それにしたって……みどり……いや、この色、どこかで……見た気が。



「カズくん、わたしもうすぐ二十歳はたちになるんだ。知ってた?」


 彩綾の言葉にハッと意識を戻す。


「……元旦にだろ」


 忘れる筈がない。新年を迎えると共に彩綾は一つ年を取る。こんな分かりやすく年が数えれる奴なんて他に知らない。

 彩綾は嬉しそうな不安そうな顔でひそっと笑った。


「うちの一族、ちょっと古い家系で、二十歳には旦那さまを決めなきゃいけないの」

「なんだそれ……どんな家系よって、初耳……」


 呆然と呟く俺のあぐらの上で彩綾はまだ頭に両手を当てたまま、潤んだ目で俺を見ている。


「もし、カズくんがうんって言ってくれたら、私の事、全部話すのだけど、怖かったり、嫌だなって思ったら、私、このまま東京に帰る」


 なんだそれ……


 暗にうんっていえって言ってんじゃねーか、どんな脅迫って、え、俺、今ここで人生の選択なのか? ここの答えで全て変わるんじゃね? こ、ここで?


 ゴクリ、と生つばを飲んだ俺の顔をじっと見ていた彩綾が、ふっと身体を引いた。頭に手を当てたまま立ち上がると、そろりと後ずさりする。


 あ、やべ……


 俺は頭をフル回転させているのに言葉が出ない。


 彩綾はあは、と笑った。


 笑いながら哀しそうにそろりそろりと後ずさりする。


「ごめん、カズくん。そんな事、すぐには決められないよね、分かってるよ、カズくん就職もまだ決まってないし、いろいろ考えるよね」

「さ、彩綾」

「大丈夫、大丈夫、ちょっと言ってみただけだから。カズくんにこんな事言ったらどんな顔するかなーって、思っただけ。ホントだよ?」


 彩綾がじりじりと離れていく。


 結婚?就職?脅迫?選択?


 ぐるぐると単語だけが頭を回っていく。

 でも現実は、彩綾が離れていく事だけだった。俺が黙っている間に、彩綾はどんどんと離れていく。



 彩綾が離れる?

 俺から離れる?



 いつの間にか俺と彩綾の間には、月明かりに照らされた柵の影が何本も何本も広がっていた。


 彩綾が下がる度に、

 どんどんと増える、柵の影。



 なんだ、これ。


 ざわり、と鳥肌がたった。



 もしかして、

 一生離れるんじゃね?





 俺はだっと立ち上がってベランダの端まで行ってしまった彩綾の腕を掴み、無我夢中で抱きしめた。

 凍るような冷たい空気の中で、彩綾の温もりがだけが熱い。パーカー越しの身体は柔らかくて、それよりも何よりも離したくなくて、俺は力一杯抱きしめて叫んだ。


「俺は気にしねぇ!」

「カズく……」

「何だかよく分からん事言ってるけれど、関係ねぇ!」

「カ……」

「秘密だか何だか、目が緑だかしっぽ付き地球外生命体だか何でも関係ねぇ!」

「あっしっぽ忘れ……」


 抱きしめている手の先にふりふりと触れる柔らかい物を信じられない思いでガン見しながら、俺は何度も唾を飲み込んで言った。


「見られて……困るってんなら見てない事にする。でも、変わらないんだろ? 彩綾が彩綾である事には、変わりないだろ?」


 俺の問いに震えながら、うん、と小さく言った彩綾を、俺はぎゅうとさらに抱きしめた。

 彩綾が両手をおそるおそる頭から外して、俺の脇から手を伸ばし、きゅっと背中を掴む。

 背がそう変わらない俺たちが抱き合うと、お互いの顔は見えない。

 首筋にもたれて触る、彩綾の頭と頭に付属する柔らかいモノに、俺は震えた。


 これは、アレだ、十中八九、アレだ、俺が内心愛して止まないわしゃわしゃと撫でくりまわしたい、しっぽときたら例の……マジか……見てぇ……


 そして、彩綾はさらに小刻みに震えている。


 たぶん、彩綾にとっても、この事を言うのは、あのノーテンキで何も考えてなさそうな彩綾にとっても、怖かったんだ。


 そりゃ、そうだ。

 俺だって怖い。

 彩綾を離したくなくてとっさに言ったが、これから、どうなっていくのか。


 てか普通に考えて、大丈夫なのか?

 結婚するとして、普通に、例のアレも、出来んのか?

 俺、ごく一般的なのも経験ないんですけど……


「カズくん、なんか変なこと考えたでしょ」

「な、なに」

「なんか、もう腰が引けてるもん」

「ば、馬鹿言うな!俺は」


 がばっと身体を引いて彩綾を見た瞬間、やべっと思った。



 ぴこん、と出た茶色い三角の二つの耳が、めちゃ可愛い。



 俺は前に見た妄想がぶわぁぁと広がって

 別の意味で腰が引けた。



「や、やっぱりカズくん後悔してるんだ……」

「ち、ちが、これはだな!不可抗力だ!!」

「不可抗力って何」

「俺もお前と同じで言うに言えない事もある!!」

「ええ?! カズくんも?? やだ!教えてよ!!」

「言わん!!」

「ずるいよ!!」

「謎がある方がいいんだ!!ミステリアスナーーーイト!!」

「意味分かんないよ!教えて!!」



 バタバタとベランダを所せましと逃げまどう俺の後を追って彩綾が捕まえようとする。


 どうやら身体能力が格段に上がる訳ではないらしい。ただ耳としっぽが付いただけみたいだ。

 地球外生命体なのかそれともけものの一族なのか?

 とにかく、詳しくは彩綾が話すまで聞かないでおこう。

 大事なのは……俺の気持ちだ。


 彩綾が泣き笑いしながら追っかけてくるのをみて、俺は腹をくくった。


 何だかよくわからんが結婚する事になった。何だかよくわからんが結婚するなら食わせにゃならんので就職をしなければならなくなった。

 親の七光りだの何だの関係ねぇ。とにかく内定とらないと。コネでも何でも使える物は使わないとダメだ。



 彩綾と一緒に、生きていくために。




 ****




 ただの人間の男とただの犬神一族の女の婚約を、遠い空からお月さまが優しく見ていた。



 お月さま

 お月さまを見ると

 ピコっと出るの



 幼い声でそう語りかけられた事を、

 懐かしく思い出しながら。




 了









お読み頂きありがとうございました!


秋月 忍さまの企画、テーマは「謎と夜」だったのですが、ミステリにはならず(笑)ただ参加したいだけで書いてしまいました。


キーワード「ミステリアスナイト」をチェックして頂けるとまだまだ沢山の素敵な物語があります!

これにこりずに「謎と夜」を探してみて下さい。


秋月 忍さま、貴重な機会を頂きましてありがとうございました。



****



すみません、いろいろともう少し手を加えたくて、番外編を考え中です。

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