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中編

 

「いらっしゃい!! 寒かったでしょう? 上がって上がって」

英里えりママ!お久しぶりです!」


 母の弾んだ声に助かった、と思って、荷物は玄関に置いて俺はそうそうにリビングを通って二階に上がる。ちらりと見た室内がなんとか床やテーブルに物が置いてなかったのでギリギリ掃除は間に合ったみたいだ。


 階下から母と彩綾さあやの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。俺はため息をついてベッドに転がった。



 彩綾と俺は家も隣同士のガチな幼馴染みだ。

 彩綾の両親が二人ともエリートだかなんだか知らないがほとんど家に居ないので、赤ん坊の頃から保育所が休みの時など、うちで預かっていたらしい。

 毎日いるわけじゃないけれど、たまに家にいる女の子。しかも後から生まれた俺を彩綾は溺愛していたみたいだ。


 俺はというと、小さい頃からなんつーか斜に構えた面白みのないガキだったので、溺愛猛攻の彩綾のスキスキ攻撃にのけ反って抵抗していた淡い記憶がある。


 だって考えても見ろよ、小学生の彩綾にカズくんスキーって来られても幼稚園児の俺はどーせっちゅうねん。

 俺も好きだぜ? 僕もスキー! さーちゃんのおむこさんになるー あほかあぁぁぁぁ!!

 幼稚園児にそんな思考あるかぁぁぁ!!


 変な柔らかい生き物がぎゅむぎゅむしてきてじゃま。ぼくはたろーくんと遊びたい。


 に、決まっとろーーーがーーーー!!!


 いつの間にかベッドの上で起き上がってゼイゼイと息が上がっている。


 それなのに、だ、俺の事をあんなにスキスキ言っていた彩綾は俺が小学生に上がるとあんまりぎゅむぎゅむしなくなって、中学に上がる頃にはなかなか家にも来なくなって、まぁそんなもんだよなー幼馴染みなんてなーと俺が結構地味に落ち込みつつ心の整理をつけた所で、高3になって突然また攻撃が始まったのだ。二個上の大学2年の彩綾が何を思ったのか、がつがつぐいぐい。ライン攻撃、帰省のたびに訪問攻撃(実際には彩綾の親が帰ってくるまでうちで預かっている)、会うたびにハグしようとしてくる。

 あのそっけない中高時代はなんだったんだ!!と言わんばかりの猛攻。しかし、


 肝心な事を言わない。

 そんな雰囲気になった時が無かったわけじゃない。

 でも、言わない。


 なんだってんだ。意味がわからん。

 謎だ、女の思考なんて謎だらけだ。

 ぜんっぜん、理解出来ない。


 そんなどうしようもない事をつらつらと考えていたらドアが鳴った。


 トントントン


「な、なに?」


 俺の家にノックをする奴なんか居ねー、彩綾だ。


「カズくん、開けていい?」

「あー別に」

「ん? いいって事?」


 ちっと舌打ちして開ける。

 何だってイチイチはっきり言わなきゃ意思の疎通が出来ないんだ。別にっつったら別にいいっての!あーーめんどくせーー!!!


 イライラしながらガチャっと開けたら目の前に夢に見た新妻が居た。

 ミニスカじゃないけれど、襟ぐりは開いてないけれど、ピンクのタートルネックにストライプの白いエプロンなんか付けるなよ、胸が強調されてるじゃねぇか!!


「あの、カズくん、英里えりママと一緒にパスタ作ったんだ、そろそろ出来るから一緒に食べよう?」


 料理に髪が邪魔だったのか、後ろで緩く結んでいる。食べよう?と首をかしげる仕草にふわりと結んだ髪の毛が揺れた。


「お、おう」


 彩綾は俺が頷くと満足したようににっこり笑うとくるんと後ろを向いた。


 青いスキニージーンズの小振りなぷりんとしたお尻の所で歩くたびに白いエプロンの紐が揺れる。


 俺は思わず両手を自分のジーンズのポケットにつっこんだ。


「カズくん、トマトパスタが好きなんだってね、知らなかったよー」

「んあ? ああ、まあね」

「昔はトマト嫌いで食べれなくてよく泣いてたのになー」

「いつの話だ」

「よーちえんの頃」

「アホか」

「もうすぐパスタが茹で上がるんだって、湯切りして欲しいって英里ママが言ってたよ。いつも手伝ってるの?」

「いつもじゃねーよ、リビングにいる時に使われるだけ」

「でも、いいよね、ちょっと手伝ってくれる旦那さま、理想だなー」


 まて、やめろ、その言葉、俺の脳内を刺激するじゃねーか……




 カズくんカズくん、なんだかパスタのお湯がぶくぶく溢れてきそう!!


 焦って俺の腕をひっぱってる彩綾は襟ぐりが開いた服にエプロン姿。ちらりと覗く胸の谷間にうおぉと目が釘付けになるのを何とかこらえる。


 馬鹿だな、火を弱めるかかき混ざりゃいいんだって。


 無理やり視線をコンロに戻して訳知り顔で言う俺を見て、カズくんすごい!!ほんとだ!!とひまわりの様に笑ってぎゅむ、と横から抱きついてくる。

 背が同じぐらいの彩綾が俺に抱きつくと、顔に息がかかりそうになる。

 肩に手が回り、耳元に唇が軽く触れて、


 さすが、わたしの、

 だ・ん・な・さ・ま……




 んな事言うんじゃねーーー!!!

 押し倒したくなるだろーーーがーーーー!!!


 ぐるんぐるんと彩綾との新婚生活が妄想として出てきて階段の壁に頭を打ち付けたい衝動を何とか抑えてリビングに行くと、現実には母がキッチンで吠えていた。


「アルデンテがデルデンテになっちゃう!!!カズーーー早くーーー!!!」

「デルデンテなんて無」

「四の五のいうなーーー!!!やれーーー!!!」


 母の鬼の形相にため息をつくと、ざっと腕まくりをしてパスタ鍋から付属の大振りザルにパスタを流して湯切りし、開けたパスタ鍋にまた麺を戻した。

 そしてフライパンにあるトマトソースをパスタ鍋の中にダバダバと入れてトングでかき混ぜる。


「皿」

「はい!」


 片手を出したら新妻もどきが皿を乗せてくれた。トングを捻りながら山になるように皿に盛るって渡すと、また次の皿が来て。

 三人分のパスタを盛った所で顔を上げると、ぱたぱたとキッチンとリビングを行き来している新妻もどきとキッチンに立つ俺をにまにまと見ている母が居てイラァとした。


「チーズ」

「はい!」

「彩綾じゃねー」

「はいはい、了解しました〜」


 にまにましながら冷蔵庫から緑の容器に入ったチーズをテーブルに持ってきた母を待って三人で食卓に着いた。

 いただきます、を食べる人が着席してから挨拶するのは、こんな年になってもつい守ってしまう。

 

「あ、美味しいよ、さーちゃん。ちゃんと火、入ってる」

「大丈夫でしたか! よかったー」

「ね? 美味しいよね?」

「いつもと一緒」

「さーちゃん、これ、大絶賛だから! 文句がある時のカズはねー」

「はいはいすみませんでしたーいつもと同じぐらい美味しいですー」

「あはははっ」


 おどけた俺の言葉に彩綾が嬉しそうに笑う。

 その笑顔はドカン級の火炎放射で俺をあぶるので、とりあえず冷静を装ってパスタをやっつける事にする。


「さーちゃん、コーヒー入れるけど、飲む?」

「あ、ミルクたっぷりなら」

「了解です。カズはブラックね。しずくさん、何時に帰ってこれそうだって?」

「あー、7時ぐらいみたいです」

「じゃ、夕食もうちで食べようか!」

「いえいえ、それは流石に。母も考えてくれているみたいなので」

「そう?」

「さっき、先に帰って掃除して、ってライン入ってました」

「あー分かる分かる。掃除して欲しい」


 ちらっとこちらに向いた視線はガン無視する。自分でやれ。


「ちっ、これだから男は」

「英里ママ、声に出てます」

「やーねー出してんのよー」

「あ、ははは」


 彩綾の乾いた笑いもガン無視してスマホでググる。コーヒーを飲んだらおさらばだ。それまでの辛抱だ。

 ひじをつきながら見るともなしに画面を見ていると、彩綾と母の何気ない会話が耳に入ってくる。


 彩綾の言葉が、いつの頃からか敬語に変わっていた。少し前までは母にも甘えて話していたのに。

 大学に入って少しだけメイクもし出して、俺の前では子供みたいなのに、パスタ食べる時に髪の毛を耳にかけたり、伏せた目元が色っぽかったり、……彩綾のくせに、生意気だ。


「相変わらずお二人とも忙しそうね、娘の帰省にも間に合わないとは」

「今回は私が急に決めて帰ってきたので、両親にも一昨日言ったぐらいなので」

「えー!そうなんだ。だから雫さん慌ててたのね。うちは全然構わないんだけど、急でごめんなさいって何度も言ってたから」

「すみません……」

「いーのいーの、さーちゃんが来てくれたお陰で部屋も片付けれたし」

「ホントにな」

「黙れ。文句言うならカズが片付けて」

「さーせん」


 最後のやり取りで彩綾が吹き出す。ひとしきり笑った後、やー、ホント仲良しですね、英里ママとカズくん。と笑い涙をぬぐいながらにこにこする。


「今二人しかいないからねー、カズで憂さ晴らしでもしないとやってられないのよねー」

としパパ今年は帰国出来るんです?」

「うーん、どうかな。年末は無理そうだけどね。3月の卒業式に間に合うかどうか、って所かな」

「別に来なくていいし」

「って息子も言ってるしね。まぁ状況次第かな」

「じゃあ、俊パパが間に合わなかったら私が代わりに!」


「来なくていい」


 俺は今度ははっきりと拒絶して席を立った。

 カズコーヒー!!の言葉を背に二階へ上がる。


 机に座るとヘッドホンをしてアイポッドに繋いだ。ランダムに流れ出すイギリス系ロックに脳内を染めさせる。


 親の代わりになんて冗談じゃねぇ


 彩綾にとっての自分の立ち位置を見せつけられ、どこにも吐き出せない怒りをロックにのせて、俺はひたすら音楽に合わせるかのごとく頭を振り続けた。


 やってらんねーやってらんねーやってらんねぇぇぇ!!


 どかっ!!!と振り向きざまにベッドの枕に拳をめり込ませる。

 壁にやらない小心者加減にさらに嫌気がさした。

 振りかぶった時に落ちたイヤホンからオアシスが流れ続けている。

 俺はやり切れない思いと共にぼすんと枕に頭を投げ出した。










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