従兄と双子と部屋
夕食まで時間があるので、先に双子を部屋へ案内することになった。
レリガスと双子は家族用の部屋が並ぶ奥の階段から二階に上がる。
「えっと、ミキリアちゃんはリデリア叔母さんの部屋が空いてるからそこを。ユイリくんは僕と同室なんだけど、いいかな?」
ちゃん付けされることに違和感を抱きながら、双子は黙って彼の後について行った。
「ここが叔母さんが使ってた部屋だよ」
三人兄妹の末っ子だった叔母は二階の隅の部屋だった。窓からは庭の緑がよく見える。
掃除は行き届いており、女の子らしい壁紙や窓にもやさしげなレースが掛けられている。
部屋を見回していたユイリが口を開く。
「十分な広さがありますね。ここを二人で使ってはいけませんか?」
「え?」
レリガスは戸惑う。いくら双子とはいえ、異性だし、同室は嫌がると思っていた。
よく見ると双子は手を繋いでいた。
これからふたりは親元を離れ、この王都でしばらくの間生活しなくてはならない。
いくら孫をかわいがる祖父母がいても、やはり不安なのかも知れない。
「うん、そうだね。じゃ、ユイリくんの寝台を寝る時間までにこっちに運んでおくよ」
「あ、場所を教えてもらえれば自分でやります」
「あはは、それは無理だよ。結構重いから」
レリガスは、自分の部屋へ寝台を上げるのに、家具職人や店の人たちが苦労していたのを見ていた。
「それは大丈夫です。では行きましょう」
ユイリに促されてレリガスは二人を隣の自分の部屋へ連れて行った。
「ここは昔は君たちのお母さんの部屋だったそうだよ」
そう言いながら部屋へ入る。
先ほどの部屋と大きさは変わらないが、男の子らしいおもちゃや学校の本が散乱していた。
それを慌てて隠しながら、二つの寝台の片方を指差した。
「新しい方がユイリくんのだ」
「はい、わかりました」
つかつかと寝台に近付いたユイリが何かぶつぶつと呟いた。
腕を伸ばしそっと触れると、一瞬で寝台が消えた。
「は?」
レリガスが驚きのあまり固まっていると、
「この机もユイ用じゃない?」
ミキリアが部屋の片隅を指差す。真新しい机と椅子が置かれていた。
「あ、そうなんですか?。レリガスお兄さん」
固まって、まるで何も聞こえていないような従兄に双子は顔を見合わせる。
仕方がないと諦めたのか、今度はミキリアが手を伸ばし机に触れると、それも消えた。
「じゃ、部屋へ置いてきますね」
双子は従兄の部屋を出た。
自分たちにあてがわれた部屋へ戻ると、ユイリとミキリアは相談しながら寝台と机を取り出す。
設置が終わって一息ついたふたりは、ふと窓を見る。王都の夕焼けが空を覆っていた。
大通りはまだ騒がしいが、裏にある家族用の場所は静かだ。庭もかなり広く、多くの木々が揺れている。
「ここで暮らすのかー」
ミキリアの声にユイリが頷く。
「ま、いつまで持つか分からないけどね」
冗談を言っているわけではなく、ユイリの顔はごく普通に心配している顔だ。
「うわああああああぁぁぁ」
やっと動き出した従兄が、だーっと部屋へ入って来た。
「今の何?。魔法、だよね?。あんなの見たことないよ!」
レリガスに詰め寄られて、困ったユイリは顔を逸らす。もうやらかしてしまったようだ。
人族でも普通に魔力は持っている。しかしそれを自由に使える者は少ない。多くは生活魔法と呼ばれる小さな火や少量の水を生み出す程度で、だからこそ魔術学校があり、魔道具が存在する。
「それは、その、あとで説明するので、下に行きましょう。お兄さん」
六歳児に詰め寄ってしまった十二歳ははっとした。
「ご、ごめん。ユイリくん」
「それと、『ちゃん』とか『くん』とかいらないですから。呼び捨てでいいですよ」
「そ、そう?。じゃあ、遠慮なく。僕のことはレリーでいいよ。ユイリ、ミキリア、行こうか」
さっきまで興奮していたレリガスは、また違った興奮で顔を赤らめ、うれしそうに部屋を出て行った。
双子はやれやれと顔を見合わせ、その後ろをついて行った。
一階の家族用の食堂に行くと、レリガスの母親が使用人と一緒に皿を並べているところだった。
「お手伝いします」
ユイリとミキリアが使用人に手を貸す。
「あら、ありがとう。レリー、お父様たちを呼んできてね」
「う、うん」
居間へ入ると男性三人と祖母が談笑していた。
「みなさん、食事の用意が整いました」
「おお、ありがとう、レリガス。さあ、ギードさん、こちらへ」
ギードは是非にと言われて夕食をいただいてから帰ることになっていた。
夕食はエルフにも配慮されたものだった。
「以前のこともある。今いる料理人も始まりの町にいる君の弟子に指導を受けたんだよ」
義父の言葉にギードは驚く。そこまで考えてくれていたとは知らなかった。ギードは以前この家での食事で、人族の料理が合わず、ほとんど食べなかったことがあったのだ。
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
かわいい孫のためだ、と老夫婦は微笑んだ。
ユイリもお礼を述べていたが、ミキリアのほうは量の少なさに不満そうだった。
彼女の場合は小さくても大人と同じ量を食べる。タミリアといつも競って食べているのだ。
しかし今はまだギードは黙っている。
「あら?、どうしたの」
伯母が、ユイリの皿をチラチラ見ているミキリアの様子に気づいた。
ミキリアは慌てて首を横に振る。行儀の悪い仕草だとわかっていたからだ。
手を止め、うつむいてしまった妹の皿に、ユイリが自分の分を乗せる。
「ぼくは少食なので、いつも妹に食べてもらっているんです」
自宅でもそうしていると言うが、親が我が子の食べる量を知らないはずはない。
しかし今それを指摘すると、妹をかばったユイリの気持ちが無駄になる。
「まあ、そうなの?。でもまだたくさんあるから、遠慮せずおかわりしてね」
何も知らない風を装い、伯母がミキリアに微笑みかける。
ギードはミキリアの視線に頷く。
食いしん坊の娘はうれしそうに皿を出しておかわりをお願いした。