必要な準備
毎度お馴染み短編でございます。また四話で終わります。
その日、店は朝から休業の札が出ていた。
ここは王都にある洋服や小物など、身につけるものを扱う服飾関係の老舗である。
王都の中心にある移動魔法陣の広場に通じる大通りは、東にある正門から西にある王宮へと続いている。
その大通りの途中、中心から王宮寄りに広場はあり、多くの移動魔法陣の他に教会や劇場、飲食店、役所の出張所などがある。
その広場から西へ向かう大通りに面し、高名な店が並ぶ一画にこのヘイデス商会はある。ヘイデスとは創業時の商会長の名前らしい。
今日は大切な来客があるため、商会の者たちは浮足だっていた。
商会長の娘のひとりは、国の実力者として知られている魔法剣士である。今日の客はその子供らしい。
「一体、どんな子なんですか?」
まだこの店に入って間もない若い従業員が古参の従業員に聞いてみると、その先輩は顔をふにゃらと歪めた。
「そりゃあもう、とってもかわいい子たちだよ!」
その子供が店を訪れたのは一、ニ歳の頃だったそうだが、それはそれはとてつもなく可愛らしかったのだと力説している。
「はぁ」
いつもは厳しい先輩の、ある意味崩れた姿に、新人の目は呆れていた。
午後の陽が傾き始めた頃、その親子はやって来た。
「まあまあ、いらっしゃい。待っていましたよ」
商会長の妻は大きく腕を広げて、二人の子供を迎え入れた。
父親は珍しい黒い髪のエルフだった。しかし子供は、普通のエルフの男の子と人族の女の子である。
「お世話になります」
父親エルフの言葉に、朝からばたばたしていた従業員たちは、ようやく訪れた客に安堵した。
「遅くなりまして申し訳ありません」
父親であり、ここの商会長の娘婿であるギードは、頻りに謝っていた。
実をいうとギードは、こちらに来る前に『始まりの町』の領主館に寄っていたのである。
案の定、領主で双子の母親の友人でもあるシャルネも「是非うちの子の相手をー」と言い出した。
「シャルネさま、うちの双子は身体は一つしかいないので」と苦笑いを返す。
そして先日、ダークエルフ傭兵隊の長を辞任したイケメンダークエルフのイヴォンに視線を向ける。
彼は今、シャルネとの間に生まれた娘の専属護衛となっている。
ギードは「それ、仕事なの?」と問い詰めたい。
とりあえず王都での双子の生活に支障がない程度に、傭兵の監視を付けてもらう。
主に警戒するのは王宮からの干渉だ。
「まだ王宮で働くことは決定していませんし、出来れば双子の自由を確保したいので」
父親として、職は双子自身に選ばせてやりたい。
「わかった。何かあれば力を貸そう」
イヴォンは国王に直接意見出来る数少ない者のひとりなのである。
「ありがとうございます」
ギードは、お礼を言いながら、イヴォンが抱いているダークエルフの女の子の手を握って挨拶をする。そろそろ二歳になる幼子は、父親と同じ白髪に褐色の肌。だが、瞳の色は母親似の茶色をしていた。
(まあ、どちらに似ても気は強そうだしな)
頼み事に来たために断り切れなかった昼食をご馳走になり、永遠に続くかと思われた子供自慢を何とか途中で区切ることに成功する。
ギードは、昼をかなり過ぎてから領主館を出たため遅くなってしまったのである。
(思ったより普通じゃないか?)
従業員たちは、二人の子供を普通に出迎えてくれた。
ギードは彼らの反応に胸を撫で下ろす。
普通であっても珍しいエルフの子を、珍しくないと認識したのだ。認識阻害の魔道具が働いている証拠である。
「さあさあ、どうぞこちらに来てちょうだい」
そして、店の従業員たちの前で簡単に紹介された。
「皆さん、これからしばらく同居することになったタミリアの子供たちよ。仲良くしてやってね」
義母は普段ならもう少し固い口調なのだが、今回は子供たちがいるので少し砕けた言い方をしている。
双子はそれぞれ名前を言い、「よろしくお願いします」と挨拶をする。
「ようやく来てくれたな。うれしいぞ」
満面の笑みで双子の頭を撫で回す義父。
「どうかよろしくお願いします」
ギードは何度目かの挨拶をする。
はぁはぁと息を切らせて一人の少年が走っていた。
(やべぇ、もう来てるよね)
ヘイデス商会の会長の孫のレリガスである。
ひとりっ子で十二歳のレリガスは、近所にある庶民の学校に通っている。春から最高学年になったため、学校にいる時間も長くなっていた。
表は閉まっているはずなので、裏へ回る。
「ただいまあぁ」
駆けこむと母親が彼を見てにこりと微笑み、静かにと指を口元に立てた。
商会は大通りに面した店舗部分と、奥の自宅部分とに分かれている。
最近隣の建物も購入し、そちらは作業場と従業員用の宿舎だ。
レリガスは一旦息を整え、母親について裏庭に面した部屋へ行く。すでに祖父母と父、そして客が揃っていた。
「こんにちは、レリガスさん。お久しぶりですね」
丁寧な物腰のエルフに先に挨拶されてしまった。
「こ、こんにちは、ギードさん。あの、いらっしゃいませ」
少年にとって叔父にあたるエルフはにこりと微笑み、自分の子である双子を呼ぶ。
「従兄のレリガスさんだよ。ご挨拶して」
ごくりと息を飲む。美しいという表現が似合う双子がいた。本来の姿を知っている者には認識阻害は効かない。
肩までの銀色に近い薄い金髪のエルフの少年と、背中に流した長いまっすぐな藍色の髪の少女だった。
レリガスが初めて双子を見たのは、この子たちの一歳の誕生日だった。
何もわからないはずの、まだ立って歩き始めたばかりの赤子に、叔父夫婦はしっかり善し悪しを教えていた。
あれからなかなか会う機会はなかったが、かわいかった赤子はしっかりとした六歳になっていた。
「こんにちは、レリガスお兄さん」「こんにちはー」
二人揃って「よろしくお願いします」と手を差し出した。レリガスはその手を取り握手をする。
「よ、よろしくー」
レリガスはきっと自分の顔は真っ赤になっているだろうと思うと、恥ずかしくて顔を上げられなかった。