6 冬和と幸子とめぐみ
「ねえ、あなた――聞いていらっしゃるの?」
幸子の声に冬和はハッとして顔を上げた。
マンションのリビングのことである。冬和はソファに深く座り、幸子はカーペットに座っていた。テレビが十時の報道ニュースを流している。
「すまない、ちょっと考えごとをしていて」
幸子はリモコンでテレビを消すと、夫をじっと見つめた。
「最近どうかしたの。あなた、いつもひとりで考え込んでいらっしゃるみたいだけど」
「いや、そういうのじゃないんだ」
なにがそういうのではないというのか。ここ一週間ばかりの夫の様子は、気がかりで仕方のないものであった。疲労が色濃く顔に現われ、目は不安そうにメガネの奥で遠くを見つめている。元来が嘘のつけないタイプである冬和を、幸子はよくわかっていた。しかも、今回の心配がいままでと比べ、かなり深刻なものであるのもわかっていた。
「ねえ、話してちょうだい。いったいなにがあったの」
幸子は覚悟が出来ている表情を冬和に見せた。
それでも冬和はためらっていた。話していいものかどうか悩んでいるのが、ありありと顔に浮かんでいる。苦渋に満ち、いまにも破裂しそうだ。
幸子はわざと微笑んだ。
「どうしたの。そんなに心配しないで。なにを聞いてもあたしは大丈夫よ。それにあたしとあなたは夫婦なのよ。ひとりで厄介ごとを背負わなくても、あたしがいるじゃないですか」
冬和は大きく息をつくと、メガネを一度はずし、目頭を指で押さえてからかけなおした。やおら、呟くように言った。
「丘田が自殺したんだ」
予想を越えた難事に、幸子は息を呑んだ。
めぐみはリビングの扉のところから、自分の部屋へと戻った。そのままベッドにどかっと座り込む。
立ち聞きするつもりはなかった。ただ、扉を通して聞こえてきた両親の声の調子の異様な感じに、つい足を止めてしまったのだ。そして知らずうちに聞いてしまっていた。両親の声はひそひそしていて、詳しいことまでは聞き取ることはできなかった。それでも父の友人の丘田のオジサンが自殺したことはわかった。そして巨額な借財――。
これからこの家はどうなるのだろう。女子大生のめぐみには想像すらつかない。崩壊への兆しに、思わずめぐみは、そばにあった長枕を胸にかき抱いた。