5 亜紀代
亜紀代は目についた喫茶店に入った。とりあえず、ひとりになって落ち着きたい。それが願いだった。
目立たない隅のテーブルに席を取る。紅茶を注文し、ぼうっとしていた。目の前のものを見ていながら、なにも見えていない。
若いウェイトレスが紅茶を運んできた。
「ありがとう」
反射的にそう口にし、ウェイトレスはちょっと驚いたような顔をして去った。
さきほどもらったA4サイズの封筒から、報告書を引き出す。読書用のメガネをかけ、気乗りしないまま目を通した。思っていた通り、聞かされた話以上のものはなにもない。自分がしたことは、わかりきったことをわざわざ確認したにすぎないのだ。
「それで、まだ調査のほうは続けられますか」
興信所の男の言葉に亜紀代は首を横に振った。
「そちらのほうがよろしいと思います。あとは、警察に任されるのが一番です――こういう言い方はなんの慰めにもならないのでしょうが、あまりお気を落とされませんように」
まだ警察に届けてもいないことを知ったら、この男はどういう顔をするだろうかと亜紀代はその時思った。きっと、空いた口がふさがらないという顔だ。しかし、そういうふうに見られても仕方がない。世間知らずのバカな中年女、それが事実なのだから。
亜紀代はカップを手にした。紅茶の香りが、なぜか非現実に感じられる。
さて、これからどうしたらいいのだろう。
四十九のいままで、一度として仕事らしきものをしたことのない亜紀代にとって、お金が無くなった事実は手に余る問題だった。