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4 ひとりの男が死んだのさ

 一斉にみんなは砂木を見た。

 あまりに意外なことに、声を出す者もいなかった。ひとりを除いて、それぞれ信じられないといった顔つきで砂木を見つめるだけだった。

「刑事さんは、美也さんが犯人だというのですか」

 二郎が目を見張ったまま、ようやく言った。いつもの軽い調子は、きれいさっぱりなくなっていた。

「そうです。この事件の犯人になりうる条件を、一番満たしているのは美也さんです」

「馬鹿馬鹿しくてお話になりません。冗談にもほどがあります」

 奈津枝が、毅然と言い捨てた。

「理屈ではそうなるのかもしれませんが、いくらなんでもそれはないでしょう」

 メガネをずり上げて冬和が言う。

 亜紀代と優子は、どうしたらいいのかわからないような目線を投げかけ、幸子とめぐみはただ呆然としていた。フミと妙子と早智も、驚いている点では同じようなものであった。

「はたしてそうでしょうか」

 砂木は、やんわりと口を切った。

「みなさんのお気持ちはわかります。しかし、この推理に間違いはないのです。美也さん本人を、計画の中心におくとすべては明らかになります。二郎さんと優子さんを観劇にいかせたのは美也さんです。それを口実に、邸に客を招いたのも美也さんです。榊さんとはこの中の誰よりも一番つながりがあり、亜紀代さんのグラビアの件を榊さんから聞いた可能性が十分あるなら、同じ邸に住んでいるのですから、そのグラビアを盗むことも、真似して作ることもできたはずです。自分のグラビアにされたことの腹いせに、亜紀代さんを犯人にみせようとしたとすれば、その動機も納得がいくものです。いいですか、まだありますよ。ほかの人が毒入りチョコを食べないように阻止できる立場に美也さんはいました。また、実際にそれをしました。人知れずチョコレートを部屋におくことができ、自分が戻ってくるまでにおかれたのだと思わせるようにできたのも美也さんなら、みなの前でチョコを食べるように、時間から手順まで設定できたのも美也さんです。ドアのノブにしても、二階に上がった時に、べつな犯人が侵入したようにみせるためにノブをハンカチで拭き取って、それから自分の指紋をつけたのだとしたら、それまでに部屋に侵入していた一郎さんとめぐみさんの指紋が残っていなかった説明もつきます。美也さんを計画の主にすれば、不確実性や曖昧な点がなくなり、偶然に頼ることなく、完全に計画が実行されることに、これ以上どんな説明が必要だと言うのです」

「確かにそうだ――でも、信じられない」

 冬和が、困惑を貼りつけて言った。

「そうですとも。冬和の言う通りです。なんであの女が、自分で計画し自分で死んだりするんです。まったくわかりません」

 奈津枝が怒ったようにした。

「いいでしょう。もっともなことです。僕も美也さんが、自分で死んだなんてことは毛頭考えていません。ただ、そのことは少しおいといて、いまは、美也さんを犯人だとして話を進めさせてもらいます。そこで考えなくてはいけないのが、“ひとりの男が死んだのさ”、すなわち榊さんが殺されたことです。もし美也さんが今回の事件の犯人だとして、榊さんを殺害したのも彼女でしょうか。同じ日に同じ毒物で殺害されたのですから、榊さん殺しも一連の事件とし、美也さんが犯人だとするのが妥当でしょう。しかし、これには最大の無理があります。榊さんが死亡した午後二時から四時には、浦島さんと一緒にいたというアリバイがあるからです。それで浦島さんに聞いてみたいのですが、ほんとうに美也さんはあなたと一緒だったのですか」

 みなの視線が、ひとりで椅子に座っている浦島のほうに向けられた。

 浦島は黙ったまま、右手でステッキを握りしめていた。どう答えるべきか迷っている様子で、目がひたと砂木をとらえている。

「もちろん一緒でしたよ。刑事さんの推理は面白いが、事実とは言い難い。いや、見当はずれと言ってもいいでしょうね」

 そう浦島は答えた。

「しかしそれは、あなたが一緒にいたと言っているだけにすぎないのも事実ですよね。三時にピザの配達があり、その配達人があなたの姿は見ているが、美也さんの姿を見ていないのも、また事実です。それに、どうしてそれがあなたなのですか?」

 浦島が怪訝そうに額に皺を寄せ、砂木は言った。

「いえね。ピザを受け取りに玄関に出るのに、どうしてあなただったのかと思っているのですよ。おかしいとは思われませんか。一緒にいたのなら、足を捻挫して歩行が困難なあなたに代わって、美也さんが出るのが普通です。実際、二郎さんたちが迎えに行った時には美也さんが出てきている。それなのに、どうしてピザの時は、捻挫をしたあなただったのですか。出ようと思っても、当の美也さんは、その時いなかったのではないですか」

 愕然とした表情が浦島の顔をよぎり、それはあきらめへと変わった。浦島はハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。

「わかりました刑事さん。私も疲れました。ほんとうのことを言いますよ。あの日、美也さんは外出しました。そして私に、理由は聞かないでずっと一緒にいたことにしてくれと言われました。突然のことで私も驚きましたが、なにか事情がありそうでしたので、わけがわからないままも、とにかく言われた通りにすることにしたのです。あとで美也さんが殺害されたことを聞いて、なにかそれに関連したことに違いないとは思いましたが、どう関わっているのか詳しいことがわかっていませんでしたので、彼女に頼まれたように一緒だったと供述したのです。翌日榊さんが殺害されたことを知った時には、ちょうどそれが美也さんの外出していた時間と同じだったので、もしやとは思いました。しかしそれでも、彼女が榊さんを殺したとは、本心から思えず、それで、亡くなったとはいえ、美也さんの名誉もおもんばかってこれまで黙っていたのです」

「ありがとうございます。これで事件の真相がだいぶわかってきました。ついでにお聞きしたいのですが、四時の爆弾の電話の件はどういうことだったのですか」

「あれも美也さんに頼まれてのことです。四時に電話があったのは事実です。美也さんからで、いまから戻るとのことでした。そして戻ってこられると、さきほどの電話を、爆弾の脅しの電話があったことにして、邸のほうにかけて欲しいと頼まれたのです。わけのわからぬことばかりで、さすがに私も理由を尋ねましたが、いまは言えないが必ずあとで話すからとの返事で押し切られました。それで、ああやって四時半ごろに邸に電話をしたのです」

「なるほど。邸のほうに直接電話がいかなかったのは、声を誤魔化しても、万一気づかれてはいけないとの用心のためだったのですね。それに、邸への電話に美也さん本人が出ることで、あなたの家に間違いなく自分がいることを印象づけようとした。つまり、美也さんにとっては一種のアリバイ工作という意味合いもあったわけですね」

 それから砂木は、また一堂に向かって言った。

「これで、美也さんがこの事件の中心人物だということはおわかりになったと思います。榊さんを殺害することに、彼女が関わっていたのは間違いありません。榊さんは、誰かをゆすっていた形跡があり、それがもとで殺害されたと思われています。一夜にして遺産を相続した美也さんのことを考えれば、榊さんが誰をゆすっていたのかは、ほとんど明白なことです。単純な図式といってもいいでしょう。ただそれが、美也さんが死んだという事実があったものですから見えなかったのです。では、いったいどういうことで榊さんは、美也さんをゆすろうとしていたのか。

 美也さんと榊さんが佐賀から出てきたのが、一緒だというのがわかっていました。それに出てくる際に、前のご主人のことで、榊さんに世話になったと美也さんは話していました。それで佐賀にいって、僕は前のご主人である村田竜吾さんに話を聞いてきました。竜吾さんは、二人のことを話すのをいやがっていましたが、なんとか聞き出すことができました。そしてわかったのは、美也さんは、榊さんと一緒に福岡へ逃げたのだということでした。その時、婚姻を清算して戸籍をきれいにしておきたかったのでしょう、美也さんは、榊さんを夫だと偽って、役場に離婚届を事前に提出していたのです。もちろん竜吾さんに黙って、榊さんに代筆させ、偽りの証人を作ってです。つまり、それは偽の離婚届だったわけです。僕が役所で確認した戸籍の件を伝えたところ、竜吾さんはそのことについてなにも知りませんでした。どうやら、女房に逃げられたことをもみ消すことに懸命で、戸籍のことなんて、僕から言われるまで頭に浮かぶこともなかったみたいです。それ以後、竜吾さんがずっと独身だったこともあって、戸籍はそのままほうっておかれていた次第です。しかし偽物は偽物。その届けは法律上無効です。つまり、美也さんの離婚は成立していないのです。ということは、春仁氏との婚姻は重婚になって認められないことになります。すなわち、美也さんに、春仁氏の遺産を相続する資格はなかったのです」

「なんてこと! じゃあ、あの女に相続の権利はなかったのね」

 奈津枝が叫んだ。

「そうです。それでそのことを誰よりも知っている榊さんからゆすられることになったのですよ。美也さんとしては、それに応ずるか、榊さんを黙らせるしかなかったわけです。もっとも榊さんのほうには、ゆすっているという意識はあまりなく、同郷の共犯仲間みたいなもので、それぐらいのことはしてもらうのが当然と考えていたようです。まさかそのことで殺害されるとは思ってもいなかったでしょう。しかし莫大な遺産を得た美也さんは、そうでなかった。榊さんの存在は脅威以外のなにものでもなかった」

 砂木は一度息をついでから続けた。

「美也さんの計画は、これまでわかった事実をつなぎ合わせると、つぎのように言うことができます。榊さんを殺害し、疑惑をまぬがれるために、自分も被害者のふりをすることだったのと。そのために、いやがらせの手紙を自分宛てに会社に送りつけ、浦島さんにアリバイを頼み、そのあとで毒入りのチョコレートを食べる手筈だったのです。亜紀代さんを犯人と思わせる計画も、そこには含まれていました。早智さんを利用して華輪家の内情を探っていた榊さんからグラビアの件を聞き、そうしたのでしょう。いまも話したように榊さんは美也さんのことを仲間みたいに思っていましたから、それに自分が損することはまったくありませんので、グラビアのことを話し、それを知った美也さんは、一も二もなく亜紀代さんを犯人に仕立てることにしたのだと思われます」

「しかし刑事さん、どうしてその美也さんが死んでしまうのですか」

 冬和が、当然のような疑問を口にした。

「美也さんに、死ぬつもりはなかったんです。自分が食べるチョコに害はないと信じていたんです。あくまで、被害者を装うつもりだったんです。うまい具合に、美也さんを好ましく思われない方が、こちらにはたくさんおられましたからね」

「それじゃ、あれは事故だったの。美也さんは、間違って毒のチョコを口にしたわけ」

 涙を流したあとの目ではあったが、すっかり立ち直ったようにしてめぐみが言った。

「事故はないでしょう。自分の命が関わってくるんですから、美也さんも慎重に慎重を重ねているはずです」

「じゃあ、どういうことになるんだ。さっぱりわかんないじゃないか」

 一郎である。

「簡単なことですよ。美也さんは殺害されたのです。もうひとりの犯人によってね」

 砂木は片頬で笑んだ。

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