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フーダニット・~華輪邸の殺人~  作者: 愛理 修
長めのプロローグ
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4 奈津枝と一郎

 営業部長と開発課課長の話に、奈津枝は耳を傾けていた。シマナ株式会社の社長室である。隣では長男の一郎が、奈津枝と同じように熱心そうに話を聞いていた。暖房がききすぎて、部屋は少しばかり暑いぐらいだった。社長室といっても、フロアーの一画を仕切った実用優先の簡素なものである。

「で、調査しましたところ、かなり有望ではないかと思われます。優秀なスタッフも揃っていますし、あとは研究設備を整えれば、それなりの成果はだすものと見込まれます。ただそうは言っても、かなりの年月はかかると思いますので、それまでの経費を考えると、うううん、かなりのものになるでしょう」

 けっきょく問題はそこに行き着く。金、金、金。なにをするにしてもそれだ。化学的な説明は、奈津枝にはさっぱりわからなかった。またそんなことはどうでもいいと思っていた。彼女が知りたいのは、それが利潤を生むのかということだけであった。それと、それに有するお金。

 奈津枝が、他界した夫である島名均しまな ひとしの事業を受け継いで五年になっていた。奈津枝が社長で、長男の一郎と二郎は役職につけてある。シマナ株式会社は健康食品を販売する会社で、通販はもとより、シマナヘルシーという店舗で売り上げを伸ばしていた。健康ブームを考えると、これから先の成長は十分あり得る。しかしいまのところ、各メーカーの商品を扱うだけの小売業であり、先を展望した場合、商品開発にも手を伸ばすべきだと奈津枝は考えていた。営業部に開発課を設けたのもそのためだ。もっと事業を大きくすること、九州全域にまで広げること、それが奈津枝の夢だった。

 そしていま話し合っているのは、その商品開発に関する件であった。将来有力と思われる商品を研究している機関を、傘下におくかどうかそれが問題だった。ほんとうに結果は出るのか。それには何年かかって、どれほどの費用がいるのか。しかしそれでも奈津枝は、それをやってみたいと思っていた。会社がいま以上に飛躍するには、自社商品の開発が最適だった。

 けっきょく金。それしかないのだ。どこからそれを捻出するか。それだけが、奈津枝の悩みだった。

 部長と課長が部屋を辞してから、奈津枝は隣の一郎を振り返った。

「一郎は、どう思う?」

 黒々とした髪と眉の、育ちのよさがうかがえる坊っちゃん然とした、それでいて男っぽい顔に、島名一郎は、唇を引き結んでむずかしそうな表情を作った。立ち上がり、奈津枝の正面に座りなおして言う。

「母さんは、どう思うんです?」

「わたしはいい話じゃないかと思うわ。自社商品を開発して売るというのは、お父さんの夢だったし、その時期もきていると思うの。まだ詳しく調査をする必要はあるけど、椛島かばしまと佐々ささきの話だけでも、ある程度見込みはありそうじゃない」

「ええ、僕も母さんに賛成です。我が社はもっと大きくなっていいと、僕もかねがね思っていたんですよ。それには、またとないチャンスじゃないかという気がしますね」

 一郎は早口でそう言うと、大きな目で奈津枝を見やった。

「そう。それじゃ、一郎も賛成というわけね。会議は問題ないとして、あとは資金をどうするか、それだけだわね。ほんと頭が痛いこと」

 奈津枝は首を傾げてこめかみを押えた。

「どうしてそんなことを心配するのかなあ。売り上げも伸びているし、経営はうまくいっているから、いざとなったら銀行も融資してくれるでしょう」

 奈津枝は息を吐いた。

「こちらの思うようにことが運んでくれたら、一郎の言う通りよ。ただ、そうはいかないのが世の中の常だということを肝に銘じとかないとね。経営に波風があるのは当然のこと。そして悪い時に力になるのはお金しかない。誰も助けてなんかくれやしないわ。お金をどれほど持っているか、それで勝敗が決まるの。一郎もわかっていると思うけど、この勝負にはぜったいに負けるわけにはいかないのよ。スーパーでものを買うのとは違うんですからね。そのためには、資金の面で、もっと余裕がないと話を進められないのよ」

「春仁伯父さんがいてくれたらよかったんですけどね」

「そのことは言わないで! 聞きたくもないわ」

 奈津枝がぴしゃりと言った。

「ただ、僕は……」

「いいから、もう黙りなさい」奈津枝は一郎を睨んだ。「それより、優子さんとはどんな具合なの。少しは進展しているの」

 唐突な質問に、一郎は顎を引いただけでなにも言わなかった。

「いいでしょう。で、二郎はどうしているの。わたしたちと一緒に話を聞くことになっていたでしょう」

「さあ、あいつがなにを考えているのか僕にはさっぱりです。たぶん店をまわって、従業員たちの労でもねぎらっているんでしょう。二郎はそういうのが好きですから。下の者に尊敬されるということと、舐められているということの違いが、あいつにはわからないんだから困ったものです」

 母親の前で弟を批評する一郎は、いつも楽しそうだった。

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