31 佐賀にて 竜吾
県警のソファで一夜をすごした砂木は、翌日、列車を使って佐賀へと向かった。佐賀県警に寄り茎山と旧交を温めながら情報を得、そのあと所轄に出向いて挨拶をする。案内を出しましょうかという所轄の申し出を辞退し、砂木は一人で行動した。
村田竜吾の家はすぐにわかった。漆喰塗りの蔵のある、大きな部類の農家だった。表で白菜を干している年配の婦人に、とりあえず砂木は声をかけた。
「竜吾なら、いま畑にいってます。三時ごろにゃ、いっぺん戻ると思いますけど、あれがなんかしたのでしょうか?」
砂木の名刺を目にして、心配そうに女が言った。年齢から見て母親だろうと思われた。竜吾は村田家の長男で、美也とは八つ離れた三十七歳だった。
「いま調べている事件のことで、竜吾さんにお尋ねしたいことがあるだけです」
「そうですかあ。なんもありまっせんが、あがって待たれますか」
腕時計を見ると、三時までまだ二時間近くある。その時刻にもう一度くることを言い、砂木は一度引きあげることにした。
とりあえず役場にいって身分を告げ、調べられることを調べた。それから、村田の家の近所で聞き取りをした。
竜吾の評判はよくも悪くもないものだった。全員に一貫したのは、気が短くてすぐに手が出るタイプだということであった。酒が入るとそれがひどくなる。それさえなければ、悪い男ではないというのが近所での評判だった。
「すごか綺麗な女ん人ば嫁さんして、自慢しよったころもあったけど、すぐに別れてしまいんしゃった。本人は、綺麗かだけでどうしようもない女やったけん追い出したと言うちょんなさるけど、ほんとうは、ほかん男と逃げられたとの噂ですや。それに懲りたのか、竜吾さんはいまだに独身だわな」
近所の老女は、縁側に座って、お茶と茶請けの漬物を出して砂木にそう話した。
三時になって、砂木は再度竜吾を訪ねた。農家には不似合いな洋風の応接室に通され、五分ほどして竜吾が姿を見せた。
体格のよい、がっしりした外見の男だった。服は野良着で、泥汚れがある。顔立ちはいたって穏やかで、先に会った母親に似ていた。一見、女に暴力を振るうようには見えない。
「福岡からわざわざきて、俺になんの用があるとね。この間も、ほかの刑事さんが来とったけど、美也んことやったら話すことはなんもなか。あげな女のことは口にするだけでも腹が立つけん、帰ってくれんね」
目の前のソファにドカッと座り、体つき通りの、野太い声で竜吾が言った。
「じつは、いま名前を出された、美也さんと榊欣治さんのことでお聞きしたいことがありまして」
竜吾の顔に、憎々しげな悪相が現れた。
「俺の言うことが聞こえんかったとね、刑事さんは」
砂木はのほほんとした埴輪顔で、竜吾の言葉を受け流した。
「ほんとうのことを聞きにきました。どうしてもお話しできないと言われるのでしたらそれなりの手続きを取りますが、少々面倒なことになります。なにしろ殺人事件です。あなたと関わったことのある、二人もの人物が殺されているのです。ことと次第によっては署までご足労願う……」
「お、俺を脅かすとね!」
竜吾は狼狽した。
佐賀から戻って、砂木は捜査本部に顔を出した。捜査は膠着状態だった。薬物の入手経路はいまだに判明せず、新たな情報はあったが、事件の解決には直接結びつかないものばかりである。
「砂木、おまえのほうはどうだ。それに今日はどこを嗅ぎまわっていたんだ」
沢口が、うんざりといった様子で報告書をめくって言った。
「佐賀でちょっと調べものを」
「えっ、なんだって。佐賀がどうしたって?」
砂木はそれ以上なにも言わなかった。




