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27 葬儀にて 奈津枝 冬和

 月曜の午後に榊と美也の遺体は遺族に返され、それぞれ火曜日に葬儀がおこなわれた。

 美也は春仁と同じ会館で葬儀が営まれた。佐賀から弟と母親がきていて、おでん屋は弟が継いでいた。福岡に出てきた時の事情が事情なだけに、美也はその後一度も佐賀に帰ってはいなかった。ほとんど音信不通で、母親と弟も美也が春仁と再婚したことも知らされていなかった。今年の正月明けに美也から電話があり、おでん屋はうまくいっているのかと聞かれ、それから数日後に百万円の振り込みが銀行口座にあったことを、美也の弟は話した。それが佐賀の家族と美也の、最後のこととなった。


 その会場で砂木は、奈津枝と冬和に春仁のことを尋ねた。

 喪服姿の奈津枝は、砂木の問いに奇妙そうな笑みを浮かべた。

「またなんで兄のことをお知りになりたいんですの。今度の事件になにか関係があるのかしら。ま、お聞きになりたいんでしたらかまいませんけど。そうですね、わたしなんぞから見ると、兄は無茶苦茶な人間でした。考えがないというのか、思いついたらそれだけというのか。しかしそういう意味で、兄は天才だったんですの。キャッスルタウンにしても、たんに城下町を作ってみたいというだけでしたことなんですよ。まるで子供の考えです。とうてい、わたしのかなう相手ではありませんでした。いつも兄は、わたしの二歩も三歩も先を歩いている感じでした。追いつこうとすると、なんなく兄は、また一歩先に進みます。それの繰り返しでしたわね。女性に関しては多情で、妹としては恥ずかしい思いでした。服装もだらしなく、同じ服を毎日のように着てもなんとも思っていなかったですね。そういうことを好んでいたような気もします。公園のホームレスたちと意気投合して、どんちゃん騒ぎをするなんていうこともございました。慈善とかそういう気持ちはまったくありません。ただそういうことが好きだったみたいです。もしかしたら、そういう点でわたしは兄にかなわなかったのかもしれません。兄のすることなすこと、わたしには目障りでした。でもいま考えますと、ほんとうはわたくし、そんな兄をうらやんでいたのですよ。わたしもあんなふうに振る舞えたらどんなにいいだろうって。もちろん、わたしがそうなれないのは、わたし自身承知しております。そこがわたしと兄の違うところでした。え? 美也さんとの結婚のことですか。なぜ兄がそんなことをしたのか、わたしにもわかりかねます。いつも通りの気まぐれでしたことかもしれません。それでも、一生独身でいるつもりだと言っていましたし、優子さんのことは仕方ないとしても、あの兄が、人並みに家庭を持つ気になったとは、信じられない話ですわね」


 冬和は、少しばかり卑屈な表情で答えた。

「華輪の次男として、私は兄に引け目を感じていました。兄はなんでもこなし、弟の私はいつもへまばかりでしたから。姉や亜紀代は女だからまだいいんでしょうけど、私は兄と同じ男でしたからなおのことです。兄のほうが、そんな私の気持ちをどこまでわかっていたのかはわかりません。そんなことすら気にしていなかったというのがほんとうでしょう。中学の時に、それが歯痒くて兄に食ってかかったことがありましたよ。兄は驚いた顔をしてましたよ。いまにして考えれば、兄は生まれつき、私や姉にないものを持っていたんだと思います。それがなにかはわかりません。でも、兄は確かにそういうものを秘めた人物でした。神学? 図書室で見られた本のことですね。そうです、兄はそういうことにも興味を持っていました。信じていたわけではないと思いますよ。考え方に興味があったみたいです。とくに背反的なところが。大天使ミカエルとルシファーの戦いとかは兄の好む話でしたね。地獄の業火で焼かれるのはどんな気分だと思うかなんて、私に尋ねたこともありました。どうしてそんなことを聞くのかと言うと、これまでの自分のおこないを考えたら、とうてい天国は望めないからなと笑っていました。たぶん、女遊びのことを言ったつもりだったんだと思います。そして兄は言いました。無慈悲な神になにがわかる。もしかすると、地獄の業火は心地よいものかもしれない。欲望に身を委ねるのがそんなに悪いものか。そうしないと見えないこともある。それに覚悟があるなら、それもかまわないだろう。女を愛するということの、いきつく先は地獄かもしれないともね。自由奔放が主義だった兄には、そういう考え方のほうがあっていたんだろうと思います。どうしてそんな兄が突然結婚したりしたのか。わかりませんね。後継ぎとしては、優子さんができましたから、子作りのためとも思えません。相手が美也さんでなく誰であろうとも、兄がなぜいまになって結婚をしたのか、私には不思議でなりません」

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