表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/54

24 捜査本部 協議

 砂木が、筑紫野署の捜査本部に戻ったのは九時をすぎた時刻で、帰りを待っていたように、沢口のもとに呼ばれた。綿貫もいる。

 夕食を聞かれ、チリコンカーンを食べてきましたと砂木は伝えた。内容には触れずに、華輪邸、浦島のアパート、博多署の順でまわったことを簡単に報告した。

「それについてはあとで聞かせてもらうとして、例の遺言状のコピーのことがわかった」

 さっそく用件に入り、綿貫がその詳細を話した。綿貫は、コピーの原本となる偽の遺言状を一郎から押収してきてもいた。

「やはり一郎のしたことだったんですね」

 話を聞き終わった砂木がパイプ椅子の上で言い、綿貫が尋ねた。

「警部補にはわかっていたんですか」

「想像だけです。今日図書室を見せてもらって窓がないことに気づいたんです。昨夜一郎は、図書室にいて、クラクションの音がしたので窓から見たと言ってました。でも、肝心の窓がないのですから、そんなことできるはずがありませんよね。それで思ったんです。一郎はつい口をすべらしたのではないかとですね。ほんとうはその時窓がある部屋にいた。二郎の車が見えたのだから、邸の表に面した窓がある部屋。そして知られると具合が悪い部屋。そう考えると、被害者の美也の部屋が一番可能性が高いことになります。で、つぎに、一郎はそこでなにをしていたのかとなるわけです」

 なるほどと綿貫はうなずいた。

「それより一郎は、悪戯だったと言っているのですか」

「往生際の悪い男で、本人の言うところによると、悪戯でなかったら、指紋をつけたままにするはずがないだろうってことです。しかし悪戯で、偽の遺言状を作ったりしますか。なにかしでかすつもりだったのは間違いないですよ。たぶん、被害者の反応を見て、いけると思ったら脅迫するつもりだったんじゃないかと思います。公開しないから、お金のことで相談に乗って欲しいとですね。警察沙汰にまではならないだろうと思っていたのでしょう。だから、指紋なんかは気にしなかったんだと思いますね」

「綿貫さんの推察通り、おそらくそんなとこでしょう」沢口が苦々しく言った。

「そういえば、今日面白い推理を聞きました」

 砂木は、めぐみの一郎犯人説を話して聞かせた。

「昨夜はあんなに取り乱していたのに、なにか妙だな」

 綿貫も沢口も、めぐみの推理より、急な態度の変化のほうが気になっているようだった。

「たぶん彼女は、一郎が犯人だと僕たちに思わせたいのでしょう。考えるべきは、なぜそんなことをするのかです」

「自分が犯人だから。それとも、捜査を混乱させるため」

「綿貫さんは、めぐみが犯人だと思っているんですか?」

「まさか。めぐみを犯人とするぐらいなら、一郎犯人説のほうが、まだ気が利いています」

 綿貫が反射的に言い、砂木はなにも言わず笑んでみせた。

 一郎の新たな供述によって、チョコレートのおかれた時間が短縮されていた。昨夜までは、美也が戻ってきて二階の部屋に上がるまでとされていたが、一郎が遺言状のコピーを仕掛けるために美也の部屋に忍び込んだ際に、チョコレートの箱を見たと証言している。それによって、一郎が入室した、時刻にして午後五時四十分ごろには、すでに何者かによってチョコレートはおかれていたとみなされるようになっていた。フミたちが美也の部屋を点検したのが四時半。それらにもとづくと、チョコレートがおかれたのは、四時半から五時四十分までの間となり、犯人はその時間に、それができた者と考えられた。

 時間にしてほんのわずかな短縮だが、それでもこれで、被害者と一緒に六時ごろに邸に戻ってきた優子と二郎には、犯行は不可能のようにみえた。容疑者が二人減るのは、捜査上大きな進展であった。

 が、砂木がそれに反論を試みた。

「浦島の家に被害者を迎えにいく前に、こっそりこちらの邸に戻ってきて、チョコをおいて迎えにいったとすれば、もしかしたら可能じゃないですか」

「いくらなんでも時間的に無理だ。ミュージカルが終わったのが四時四十分で、浦島の家に着いたのが五時十分。つまり三十分かかっている。会場から華輪邸までは、信号にひとつも引っかからなかったとしても、最速で二十五分は要するだろうから、それを引いて、残り時間は五分しかない。邸から浦島の家まで十五分だし、途中で、洋菓子屋にも寄っている。それを無視した単純計算でも、十五分引く五分で、十分の不足が出る。それにその場合、どうやって邸に入り込んだのかという説明もいるうえに、それに要した時間も加えなくてはいけない」

 推理は一蹴されたものの、いまのところ、優子と二郎も容疑者として捜査を進めるのは現行通りであった。二人をはずすのはまだ早いとする、沢口の手堅さが捜査に反映されていた。

「一郎が、裏の階段を使おうと思ったが、誰かがいたので引き返したというのが興味深いですね。誰が、階段をのぼってきていたんでしょう」砂木が言った。

「私も、それが気になるところです。チョコレートはすでにおかれていたし、事件とは直接関係がないのかもしれませんけど、それでも、現段階で、裏の階段を使ったと言っている者はひとりもいない。フミは表の階段下にいたから違うとして、あと考えられるのは、川口親子かめぐみということになります」

 綿貫が言うと、砂木が言った。

「亜紀代はどうなります」

「彼女はリビングにいたのではないですか」

「一郎がリビングに戻った時はいましたが、四十五分ごろに食堂を出てからは、リビングにいたというのは亜紀代本人が言っているだけです」

 綿貫は目を丸くして砂木を見つめた。

「警部補は、そこまで疑われるんですか。そうなると、亜紀代は食堂を出て裏の階段から二階に上がり、一郎が戻る前に、裏の階段を使ってリビングに先に戻ったということになります。なんのためにそんなことをするのか、私にはさっぱりわからないのですが」

「ええ、僕にもその理由となると、とんと見当がつきません。ただ、可能性だけで考えると、いまの時点ではまだ亜紀代もはずすわけにはいかないと思うんです。で、その亜紀代ですが、チョコと一緒におかれていたグラビアの件で収穫がありました」

 砂木はまず亜紀代から聞いたことを話し、預かった封筒を沢口に渡した。

 沢口は手袋をして中身を見、綿貫が椅子から立ち上ってそれを覗き込んだ。

「邸に一日いたというのは嘘で、この手紙で呼び出されて博多駅にいったというわけか」

 沢口が言い、綿貫は椅子に戻った。

「僕としては、これである程度、グラビアと四時の爆弾の電話の説明がつくのかもしれないと思っています」

「亜紀代に罪をきせるためだと言われるんですね」綿貫が言った。

「ええ。罪を着せようとしているとするのは大げさですが、亜紀代を疑わせようとしているのは間違いないでしょう。グラビアをチョコと一緒においたのは、亜紀代に捜査の目を向けさせるため、爆弾の電話を四時に入れたのは、亜紀代の犯行であるように印象づけようとしたかったのでしょう。博多駅に二時に呼び出したのは、榊殺しの亜紀代のアリバイをなくすためのもので、指定場所が博多駅なのは、榊の殺された住まいが、博多駅から歩いて十分ほどの距離だからです。彼女が邸に戻るのを、少し余裕をもって四時ごろだと判断したんでしょう。つまり、四時には戻っているだろうとです。それで四時に爆弾の電話をして、チョコレートがなかったことを確認させ、四時以後に邸に戻った亜紀代が犯人だという印象を与えようとした。一郎とめぐみが邸にくるのが、被害者が戻る前だとは予測できなかったと思われますから、もし彼らがきていなかったら、亜紀代が一番疑わしい容疑者になったはずです」

「まさに用意周到な犯罪ですね」綿貫が言った。「しかし警部補、裏の階段では亜紀代が該当人物かもしれない可能性を示唆され、こちらのほうは、亜紀代に疑惑を向けようとしている説です。うまく言えませんが、推理が相反しているような気がします」

 砂木は頭を掻いた。

「いやあ、そこのところは僕もはっきりしないんですよ。極端な話ですが、もしかしたらいま僕が推理したのも、すべて亜紀代の筋書き通りなのかもしれませんよ。そうやって誰かが、自分を犯人に仕立てようとしているみたいに見せかけ、かえって犯人ではないように思わせているのかもしれないのです」

「本気でそう考えているのか。つまり、亜紀代が考えた、そう思わせるためのシナリオだと」沢口が言った。

「いえ、なにもそこまでは。あくまで可能性のひとつとして考えているだけですよ」

 沢口はため息をついた。

「おまえと話していると、話がややこしくなってくるばかりだ。可能性を追求していては切りがないだけで、捜査は一向に前に進まない。実際のところ、亜紀代を犯人と考えたほうがいいのか、それとも犯人に仕立てられようとしているのか、どっちなんだ」

「犯人かもしれないという可能性も視野に入れて、誰かが亜紀代を犯人にしているという線で捜査を進めるのが妥当じゃないかと思います。亜紀代が美也のグラビアを傷つけていたのを知っていたのは誰か。そして、そのグラビアを盗み出すことのできた者は誰かです」

「うん、確かにその二点も捜査のポイントになるな」

 沢口もそれには渋々同意した。

「しかしそのことでおかしな点があるんです。指紋の調査報告に、持ち帰ったグラビアから、亜紀代の指紋が検出されたというのはありませんでしたよね。なぜなんでしょう。もう一度、鑑識に確認しなければいけませんね」

砂木はひとりで疑問を呈し、ひとりで納得し、そのまま続けた。

「あとひとつ重要な収穫があります。三年前の暴漢の事件と、今回の事件につながりがでてきました。榊殺しと、華輪美也の殺害は一連の事件とみていいと思います」

 砂木は浦島から聞いたことを話した。首筋の青い蝶の刺青のこと、浦島がそれを思い出したこと……。

 沢口と綿貫の反応はすさまじいものだった。

「なんてこった。それじゃ、三年前に優子を襲った男は榊だったというわけですか」

 綿貫が興奮した声を上げた。

「共通点は蝶の刺青だけですが、同じ場所に同じ刺青をした別人がいたというより、暴漢と榊が同一人物とするほうが可能性としては高いでしょう。そう考えれば、榊の事件と華輪の事件のつながりも見えてきそうな気がします」

「どういうふうにだ」沢口が言った。

「榊と美也はむかしからの知り合いで、最近再会して、榊はパーティに呼ばれた。そこで榊はあることを知ることになった。それがなんなのかはわかりません。が、三年前の事件に関係したことで、犯人にとってまずいことだったのは事実でしょう。そして榊はそれを美也に話し、犯人は二人を殺さざるをえなくなった」

「ほとんど想像の域だ」

「ええ、その通りです。しかし、榊は一月で仕事を辞め、誰かをゆすっていたような形跡があるのを博多署のほうで聞いてきました。パーティがあったのは昨年の十二月で、美也を除く華輪の関係者たちを榊が目にしたのは、その時が初めてだったと思われます。また最近榊は、マンションの購入も考えていたそうです。どうも、なんらかの転機が榊に訪れたみたいですよね。で、日づけからみて、十二月のパーティが、そのきっかけだったと考えてもおかしくはないはずです。つぎに、美也と榊の殺害がひとつながりの事件だとした場合、もしパーティで榊がなにかに気づいたのだとしたら、それは華輪家に関してのことでしょう。そして、それまでに、榊が華輪家に関係したことといえば、三年前の暴行事件しかありません。つまり、パーティ会場で榊はなにかを知ることになった。それは三年前の事件に関したことで、優子さんを襲った時には、榊はそのことを知らなかった。ところが、パーティに出ることによって、自分が三年前にしたことの意味がわかった。そう推理すれば、榊が、なぜ三年間なにもせずにいたのかの説明がつきます」

 眉間に皺を作った綿貫が、考えて、慎重に言った。

「こういうことですか。あくまで例えですが。――榊は三年前誰かに頼まれて優子さんを襲った。しかしその時は詳しい事情はわからなかったが、パーティに出席することでほんとうの意味を知った」

「ええ、そういうことがおこったんだと思います。それで犯人は、榊と美也を殺すことになった」

「少し飛躍していないか。榊が誰かに頼まれたとするのは」

 沢口が言い、砂木が答えた。

「そんなことはないでしょう。早朝の神社で犬を連れた若い女を襲うというのは、偶然からするという性質のものではなく、事前に調査をしてからの犯行ですよ。そして、三年前に榊と華輪家の間に、いまのところつながりは見つかっていません。そうなると、榊のほうに襲う理由があったのでなく、もちろん報酬をもらっての話ですが、誰かに頼まれて優子を襲ったと考えるほうが、妥当性があるんじゃないですか」

「うううん。しかし、どうして榊はパーティで知ったそのことを美也に話すんだ。そのことをもとにゆすりをかけるつもりなら、普通そういうネタをほかの者に話したりはしないだろう」

「こう考えたらどうでしょう。榊はそのネタの価値なり真偽を確かめるために、美也に相談する必要があった。それで美也も知ることになった」

「二人を同じ日に殺害する仮説としては成立しますね。片一方だけを殺害したのでは、もうひとりのほうに気づかれてまずいでしょうからね」綿貫が言った。

「あくまで仮説としてだが、可能性はあるな」

「もしその仮説が当たっていたとしたらですよ」綿貫が言った。「その誰かは、榊に優子さんを襲わせてどうするつもりだったんでしょう」

「どう考えても、ろくなことじゃないですね。あれだけの家ですから」

 沢口が、華輪の巨額な財産のことを言っているのは明らかだった。

 綿貫が腕組みをして、深々とうなずいた。

「いやいや、困ったな。そこまで話を先に進められたのでは……。まだそうと決まったわけじゃないことは肝に銘じていてくださいよ。仮説のひとつでしかないんですから」

 珍しく砂木のほうが、沢口と綿貫に釘を刺した。

「そういえば」砂木がふたたび口を開いた。「例の殺害方法に関する疑問点について、少しわかったと思います」

「どうやって、犯人は被害者を確実に殺すようにしたのかという件か」

「そうです。わかったといっても、すべてにおいてではなく、実際の事実にもとづいてのみですけどね。つまり、チョコを食べなかったとか、あとで食べたとかいうのでない、今回おこったケースの範疇にかぎってです。ただそれでも、ほかの者を巻きこまずに、被害者を確実に殺害するつもりだった場合、今回のようなケースも犯人は想定していたでしょうから、今回のケースを検証することからだけでも、犯人を割り出す手がかりを得ることはできます」

「ややこしい言い方ですな。つまり、余計な犠牲者を出さずに華輪美也を殺害するつもりだったら、被害者が実際にしたように、みんなの前で、一緒にチョコを食べる場合も考えていただろうから、その対処法が犯人にはあった、ということですね」綿貫が確認した。

「ええ、そうです。昨夜の段階では、美也のラッキーカラーが赤ということを利用したということだけでしたよね」

「それで警部補が、それだけでは確実性に欠けると言われたんです。被害者でない人物が口にする可能性が残ると」

「ええ、ええ。それがわかったんです。というより、解答は目の前にあったんです。単純な方法です。めぐみが赤色のチョコに手を伸ばした時に、美也がそれを、赤は自分のものだからと言ってやめさせましたよね。その時は、たまたま被害者自身が言ったのでよかったわけで、そうでなかったら犯人がそうするつもりだったんですよ。つまり、美也以外の誰かが赤色のぶんを取ろうとすると、赤は美也さんのラッキーカラーだからよしたほうがいいとね」

「赤色のチョコに毒を仕込んで、それを誰かが食べようとしたら止めさえすれば、間違ってほかの者を殺す心配はないわけだ」

 あまりの単純さに、沢口がいまいましそうに言った。

「それにいままで気づかなかったなんて、僕自身いやになっちゃいますよ。でも、それでひとつ明らかになったことがあります」

 沢口と綿貫を見つめてから、砂木は言った。

「その方法を実行するには、犯人は、チョコレートを食べる現場に居合わせなければいけないですよね。つまり犯人は、あの場にいた人物ということになります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ