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23 博多署 比良山

 浦島から話を聞いたあと、砂木はその足で博多署に向かった。私鉄の大橋駅まで歩き、博多方面へのバスに乗り、博多署に着いたのは五時をすぎていた。

 バスに揺られている間、車窓の流れいく景色を見ながら、砂木は今日聞いた話を頭の中で整理していた。事件において、榊の存在が大きくなっていた。

 博多署でこれまでの資料に目を通し、捜査員の案内で榊の殺害現場へ出向いた。署から歩いて十分ほどで、博多駅からも同じぐらいの距離だった。単身赴任者や独身者ばかりのコーポだった。近所づきあいなどまるでなく、蛍光灯で照らされた通路や階段もがらんとしている。三十分ほど検分したものの、これといって現場から得られるものはなかった。

 博多署に戻ると、デスクでドーナツを食べている比良山ひらやまの姿があった。椅子を持ってきて、砂木はその前に座った。

 比良山は、ドーナツの入っている箱を砂木のほうに押した。

「よかったらどうぞ。飲み物はご自分で調達してください」

 いずれ合同になる可能性が高いので、榊の事件は博多署の比良山が捜査主任となっていた。比良山は五十年配の、色の白い、ぽっちゃりとした男だ。幅の狭いフレームのメガネをかけ、階級は警部だった。丁寧な捜査で定評がある。

「それで、なにを知りたいんです」

 ドーナツを手にした砂木に、大きな陶製のマグカップから、コーヒーをひと口飲んで比良山が言った。

「すべてです」

 砂木がドーナツに齧りつき、比良山はカップをデスクにおくと、引き出しからファイルとノートを取り出して開いた。

 そのあと、砂木の聞くことに比良山は、評判通り丁寧に答えていった。解剖結果から、薬物が青酸ナトリウムであることが判明し、死亡推定時刻が午後二時から四時に確定していた。インスタントコーヒーに薬物を入れてそれを飲ませたという殺害方法から、それができる関係、つまり、まったくの見ず知らずでなく、程度のほどはわからないものの、被害者と犯人は顔見知りであると考えられていた。

「そちらの毒物も、青酸ナトリウムという結果が出たらしいですよ」比良山は言った。

 榊は、自分のことをフリーのライターだと称し、実際にはキャバレーのボーイや呼び込みとして働いていたが、今年の一月にそれを辞め、その後はさして困った様子もなく、パチンコや競艇に通う毎日だった。

「前科はなく暴力団との関係もありませんが、若い娘や年寄り騙したり、置き引きや恐喝は平気でやるタイプです。水月由美というのがいまつき合っている女性で、その娘の話だと、奴は近々マンションを購入するつもりだったらしい。実際、物件を探していたという情報も入っています。いったいどうやって手に入れるつもりだったんでしょうね。通帳にそんなお金はないのですから、いずれどこかから大金が転がり込むつもりだったとしか考えられません。では、どうやってでしょう」

「ゆすりですか」

 砂木が言うと、比良山はメガネの向こうで目を光らせた。

「最近金回りのよくなった榊に、競艇仲間がそのことを聞いたら、金の卵を産むガチョウを見つけたのだと、うそぶいていたそうです。お腹を切り裂いてガチョウを死なせては元も子もなくなるから、卵を一個ずつ産ませるのがいい方法なんだとも話していたらしいです。そしてそれ以上は、なにを聞いても話そうとしなかった」

「榊は誰をゆすっていたのか。それが問題なわけですね」

 比良山はうなずいた。

「榊の部屋からは、ゆすりに関したものはなにも出ていないのですか」

 比良山は、今度は首を横に振った。

「なにひとつ見つかっていませんし、誰もなにも聞いていません。榊がゆすりを働いていたとしたら、それに関する手がかりは現状ではゼロです。金の卵に喩えていたように、榊としては、いまのところ、それほど無理な金額を要求しているつもりはなかったのでしょう。小遣い程度をもらっているだけで、ゆすりと思っていなかったかもしれません。だから、そのせいで殺されることはないとタカを括っていたのでしょう。――ただ、憶測だけで言わせていただくと、そちらの事件の華輪家といえば、かなりの資産家です。金の卵を産むガチョウに喩えるにはぴったりです。榊のような寄生虫には願ってもない相手です」

 榊の交友関係や、これまでの経歴の調査は博多署の担当で、榊の出身地の佐賀には、博多署のほうから二人捜査員が送られる段取りになっていた。その件は、日帰りの予定ですから、明日にはわかるでしょうと、比良山は言った。榊と華輪美也の最初の接点は佐賀にあった。

 榊が一時期ボクシングジムに通っていたこともあるという情報に、砂木は、二郎の件を思い浮かべて苦笑し、比良山に、自分が知り得た範囲で、話してもかまわないと判断できる情報を聞かれるままに流した。三年前の事件については一切話さなかった。沢口に伝えてからだと思っていた。

 博多署での用件をすませ、椅子から立ち上った砂木に比良山が言った。

「ドーナツを、もうひとつつまんでいってください」比良山は、ポッコリと膨らんだ腹を軽く叩いてみせた。「じつは、ダイエット中なんですよ」

 砂木は、特にカロリーが高そうなドーナツをひとつ手にすると、それを食べながら博多署をあとにした。婦警がそんな砂木を見て、顔をうつむけて笑っていた。

 表に出ると、すでにあたりは闇に沈み、街灯のともる夜となっていた。

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