17 華輪邸 めぐみの推理
砂木はしげしげとめぐみを見つめて、楽しそうに口を開いた。
「素人探偵ですか――まいったな。ミステリでは、警察は常に素人探偵に出し抜かれることになっていますからね。そうならないためにも、ここでめぐみさんの事件に対する考えを聞かせてもらえませんか」
「いいわよ。まずこの事件がミステリ小説だとしたら、やっぱり意外な犯人が必要よね」
砂木は呆気にとられた。
「そういう思考法なのですか」
「馬鹿にしているでしょう。でも素人はそれでいいの。そういう柔軟な発想が素人探偵の持ち味なんだから。直感でも当てずっぽうでもなんでもありよ」
「面白いですね。確かに警察は、当てずっぽうはしません。それで意外な犯人なら、誰がそうなります」
「わたしが作者なら」めぐみはにんまりした。「刑事さん、あなたが犯人よ」
砂木は度を失った。知らずうちに、自分で自分を指差していた。
「ぼ、僕がですか……。しかしまたどうして?」
「それだったら読者もびっくりすると思うからよ」
「でも、納得させるのは難しいでしょう」
「あら、そうかしら。たとえば、じつは刑事さんに、忌まわしい秘密の過去があって、それがもとで華輪家に復讐を誓ったことにすればいいじゃない。担当刑事ということで、捜査を攪乱させることもできるし、偽の手がかりも作り放題なら、ほんとうの手がかりは握りつぶすのよ。美也さんが殺されたのは、それを機に、華輪家に入り込むのが目的だったわけ。つまり事件はまだ始まったばかりなのよ」
「それでは、このあとも華輪家の人たちが、つぎつぎと殺されていくことになるのですか。そして最後に、素人探偵のあなたが僕の正体を暴くわけだ」
「ま、そういうところね。どう、事件の参考になったかしら」
「ハハハハ……」
自分を犯人にされては、砂木としても力なく笑うしかなかった。
「そうよね。あまり気にしないでちょうだい。あくまでフイクションならということよ。でもこの事件はフイクションじゃない。それで推理すると――一郎さんが犯人よ」
砂木の眉が、ぴくりと一センチほど上がった。どうやらいままでのは前置きで、これからの話がめぐみの目的だと思われた。砂木は言った。
「どうしてそう思われるのですか。ぜひ聞いてみたいですね」
「まずは感じよね。一郎さんなら、犯人だとしてもおかしくないみたいだもの。二郎さんは人がよいだけの間抜けって感じだけど、一郎さんは実行力もあるし頭も悪くないみたいだから、犯罪者として適任だと思わない。つぎに推理だけど、昨日の四時半ごろに爆弾の電話があったってフミさんに聞いたの。それって怪しいわよね。なぜ犯人はそんなことをしたのか。電話した人物と事件の犯人が同一としたら、爆弾の電話は、その時チョコレートがなかったことを確認させるためのものだったとしか思えないわ。つまり犯人は、四時半から美也さんが帰ってきた六時までの間に、チョコレートの箱がおかれたことを強調したかったのよ。どうしてかっていうと、邸にいた者たち、亜紀代叔母様やフミさんたちに容疑を向けたかったからじゃないかしら。そうしておいて、できるだけ自分に疑いが向くのを避ける。でも、それが逆に、いまのように推理することによって、叔母様やフミさんたちの無実を証明することになるとは思いもよらなかった。
さて、そうなるとチョコレートをおくことができたのは誰か。優子さんと二郎さんは、美也さんと一緒に帰ってきてから、一度も二階に上がっていないのだから違うとして、あと残るのは二人よね。つまり、わたしと一郎さん。わたしにも一郎さんにも、ひとりになっている時間があったから、チャンスは二人ともあった。では、どちらか。答えは簡単よ。だってわたしは、刑事さんが、自分が犯人でないことを知っているのと同じぐらいに、わたしが犯人じゃないのを知っているもの。となると犯人は、必然的に一郎さんということになるわ――なんちゃってね」
「遺言状のコピーが美也さんの部屋にあったのはどう説明します」
「それも一郎さんがしたことだと思うわ。チョコレートをおくのと一緒に、どこかにコピーをしまうか、おくかしたのよ。その時クラクションが聞こえ、部屋の窓から、美也さんたちが帰ってきたのを見て、慌てて下におりた」
「でも、どうして遺言状のコピーを一郎さんはおいたりしたんでしょう」
「うううん、それに答えるのは難しいわね。第一、本物の遺言状があったのかどうかもはっきりしないから、考えようがないわ。見つかったのは、コピーだけなんでしょう。それを出すことで、なにか得することがあったからだとは思うわ。たとえば、その内容が一郎さんにとっては、すごくいいことが書いてあるとか」
「なるほど興味深い推理ですね」
「でしょう。案外、いい線いっているんじゃないかと思っているの。もちろん素人探偵だし、はずれているとこもあるはずよ。しかし、少なくとも優子さんや二郎さんたちが犯人じゃないのは確かだわ。わたしか一郎さん、どちらかが犯人。そしてわたしは自分が犯人じゃないのを知っている。刑事さんが、わたしを疑うのは自由だけどね」
砂木は顔を上げ、左手の人差し指と親指を顎にあてがって尋ねた。
「昨夜、一郎さんになにか言われたのですか」
「なにも言われていないわよ。刑事さんも知っているように、昨夜のわたしはまいっていたじゃない。だから、ほとんど誰とも口をきいていないわ。一郎さんとは、美也さんがあんなことになった時から、一度も言葉を交わした覚えはないわね。どうしてそんなこと聞くの?」
「めぐみさんが一郎さんを犯人にしたからですよ」
「失礼ね。なにか気に入らないことを言われたせいで、そうしたんだと思ったんでしょう。お生憎さま、わたしの推理は、純粋なロジックによるものよ」
めぐみが頬をふくらませて砂木を見、砂木は短く笑った。
「そうでしたか。いやあ、大変に参考になりました。めぐみさんに、そんな推理をされたんでは警察もかたなしですよ」
砂木の頭の中で大脳皮質が活性し、いま聞いたことを分析している。砂木は思った。
――いったい、この娘はなにに気づいているんだ。
「そろそろ優子さんたちが戻ってこられる時分でしょう」
気取られることなく砂木が言い、二人は居間から一階へとおりていった。




