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12 初回捜査会議 五十一引く二十

 翌朝の第一回の捜査会議が終わったのは、十一時をすぎた時刻であった。

 筑紫野署署長から沢口が捜査主任として任命されたあと、事件の概要が述べられ、初動捜査による情報が報告された。その後調査の割り当てが指示され、刑事たちはそれにもとづいて行動を開始した。

 リビング、被害者の私室、現場の残留品などにおける指紋調査では、私室からは、被害者と、四時半に部屋を捜索したフミと妙子以外に、島名一郎の指紋が検出され、チョコレートの箱や包装紙やグラビアなどからは、それらに触れた美也などの指紋はあったものの、犯人を特定できそうなものは発見されなかった。また、私室のドアノブにおいては、被害者である美也の指紋のみが鮮明に検出され、被害者が触れる前に、布の類でドアノブが一度きれいに拭き取られていることが判明していた。

 会議の中で言及された重要事項のひとつが、博多署におもむいた刑事たちの報告であった。事件の概要と状況が伝えられ、華輪邸での事件との関連が議場にのぼった。

 被害署の名前は榊欣治、三十歳、無職。住所は博多駅前×丁目××コーポ××号室で、遺体が発見されたのもその場所だった。状況から判断して、犯人は榊を自宅に訪ね、インスタントコーヒーの中に薬物を混入して殺害したものとみられた。そこから顔見知りの犯行であることが推察される。死亡推定時刻は午後二時から四時の間。目撃者はおらず、第一発見者は榊の恋人である水月由美。ほかに榊の身体的特徴として、右の首筋に四センチほどの青色の蝶の刺青があることが指摘された。

 犯行に使用された薬物が、華輪邸の事件と同じ青酸系であること、華輪美也と榊の間につながりがあること、美也と榊も同じ日に死んでいることから、同一犯人による犯行の可能性が高いのは明白であったが、当面はべつな事件として捜査を進めることが両署の間で話し合われた。博多署では榊の身辺調査や交友関係からの捜査を主にし、筑紫野署では毒入りチョコレート殺人事件としての捜査を主にし、その関連として互いの事件を視野に入れた捜査がおこなわれることになった。もちろん、情報を交換し合うのは当然のことである。

 会議が終わったあとで砂木は、強矢刑事官にさっそく呼ばれた。

「まったく、死体がもうひとつ増えちまった」

 巨体を椅子にふんぞり返らせて、さもそれが気に入らないふうに強矢が言った。

「なんだか、まるで僕のせいみたいですね」

「そんなことは言っとらん。気をまわしすぎるぞ。で、どうだ」

「なにがですか」

「どうやら寝不足みたいだな。それとも寝すぎか。事件のことを聞いているに決まっているだろう」

「話せるようなことはまだなにもないですよ。状況や流れを把握するだけでいっぱいです」

「そのわりには、いろいろ考えを言ったそうじゃないか」

 丸椅子に座ったままで、砂木は首をひねった。

「沢口さんに聞かれたんですか。しかしまだ、考えとか推理というほどのものではないです」

「ま、いいから。その、ほどでもないおまえの考えとやらを聞かせてみろ」

「ひとりの女性が毒入りのチョコを食べて殺された。ただ、それだけの事件です。彼女がそのチョコをいつ食べて、どういうふうに死んだのかもわかっています。ですから、チョコレートの箱が、いつ誰によって被害者の部屋におかれたのか、それを明らかにすればいいだけです」

「おまえの話だと、えらく簡単そうに聞こえるな」

「ええ、そうなんです。これはわりとシンプルな事件です。それに付属する多々のことがややこしいんです。榊欣治の死、爆弾の電話、遺言状のコピー、傷だらけのグラビア、誰が何時になにをしていたのか、そういうことが事件を複雑にしているんです。それらのこと一つ一つに解答を見つけていかないと、事件の解決はありえないでしょうね。それらがすべて統合され、あるべきところに納まったときが、真相がわかる時です」

「そういう御託ごたくはいいから、なにかわかったことはないのか」

「ほんの少しならありますけど」

「なんだ?」

 巨体を前にせりだしたせいで、椅子がギシッと悲鳴を上げた。

「算数の問題です。五十一引く二十はいくつですかね」砂木がしらっと言った。

「なんのことだかさっぱりわからんが、そりゃ三十一に決まっているだろう」

「ええ、三十一では計算が合わないんです」

 目をぱちくりさせている強矢にかまわず、砂木は立ち上がった。

「そういったことをはっきりさせるために、今日も華輪邸にいこうと思っています」

「は?」

「それでは僕は急ぎますので」

 砂木はにやっと笑うと、一礼してそのまま立ち去った。

 強矢は頬を掻いた。口が半開きになって、しまりのない顔つきになっている。

 五十一引く二十だと、いったいなんのことだ――。

 また、砂木にすっとぼけられちまったか。

 女子職員がいれたお茶を強矢は苦い顔ですすった。濃いめが好みだが、今日は少し濃すぎる。羊羹があったら、ちょうどいい塩梅だったろう。とにかく待つしかない。昨夜の今日では、そうそう進展がないのは当然だった。沢口が有能な警察官であることを強矢は知っていた。砂木が警察官としては、外来生物なみであるのも知っていた。有能な警察官は、情報収集能力が高く、そこから摘出した事実を積みあげて真相に迫る。推理なんてものに、うつつを抜かすようなことはない。そのへんが砂木のバカにはわかってないのだ。そして多くの犯罪は、経験豊かな有能な警察官によって解決され、外来生物の出る幕はない。しかしたまに、そうでない事件がおこることがある。経験と事実だけでは見抜けない事件だ。計画性の強い犯罪において砂木は能力を発揮する。今回の事件に砂木を差し向けたのもそのせいだった。しかしその砂木の能力が、かえって事態を悪化させることもしばしばだ。そこをうまくコントロールしなければいけない。それにしても、有能さと想像力を持ち合わせた警察官なんいないものだろうか。

 自分はどうだろうと強矢は思った。しかしすぐにその考えを引っ込めた。

 五十一引く二十、そのほうが強矢には気になっていた。

 椅子の背にもたれかかり、大きな耳たぶを、強矢は右手で引っ張った。

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