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11 事情聴取 奈津枝 冬和

 あと話を聞いていないのは、島名奈津枝と華輪冬和夫妻の三人だった。冬和たちはさきほどきたばかりだということで、奈津枝が呼ばれた。

 額面通りに名前と年齢などを述べてから、奈津枝は臆することなく刑事の聞くことに答えていった。冷静で、美也の死を悼むような気配は微塵も感じられなかった。

「ええ、こちらにはいませんでしたから、事件のことについてはなにも存じません。フミから電話をもらって駆けつけただけです。今日二郎が優子さんと芝居にいくことや、一郎がこちらに招待されていたことは、話を聞いていましたので知っていました」

 亜紀代と対照的なクールなもの言いだった。

「今日一日なにをされていたのか教えてもらえますか」

「アリバイですか。わたしも容疑者のひとりなのですね。かまいませんよ。あの女が死んだのでは、わたしが疑われても仕方ありませんものね。しかしお答えしようにも、たいしたことはなにもありません。土日は、一応わたしは仕事は休みとなっていますので、ゴルフなんかの接待のためにそうなっているのですけど、今日はそういう予定もなかったので朝から家にいました。会社では社長ですが、家ではわたしも普通の主婦と同じです。うちには女中とかおける余裕はありません。それで午前中は掃除とか洗濯などの家事をしていました。それから昼食をすませて、一時半ごろに家を出て、予約を入れておいた春日原駅近くのマッサージ店にいきました。タクシーを使いました。九十分コースをお願いしていましたので、そこを出たのは三時半ごろだと思います。そのあとは駅の商店街で買い物をして、家に戻ったのが五時すぎです。あとは、フミから電話をもらうまでずっと家にいて外出はしていません。こんなことでよろしいでしょうか」

「今回の事件についてどう思われます」

「とんだこととしか思えません。華輪の邸で人が殺されるなんて恥ずかしいかぎりです。最後まで美也さんは、華輪に泥を塗ってくれました。もっともあの女が殺されたことについては、不思議でもなんでもありませんけどね」

 奈津枝は、やれやれというふうに息を吐いた。

「なにか心当たりがあるのですか」

「そんなものありませんよ。まさか殺されるとはわたしも思っていませんでしたけど、いずれなにかがおこるとは思っていました。彼女は食わせ者でしたからね。いつのまにやら邸に入り込んで、ぬけぬけと妻の座におさまっていたんですよ。そんなことができる人に、ろくな方はいませんわ。たぶん過去によからぬことがあって、そのせいで殺されたんですよ。あの人が、これまでなにをしてきたかわかったもんじゃありませんもの。きっと、むかしの知り合いにでも殺されたんですわ」

「榊さんのことを言われているのですか」

「榊?」奈津枝は唇を怪訝そうにすぼめた。「誰のことです。生憎と名前すら聞いたことがありません」

「ほかの方は、パーティで一度会ったことがあると言われているのですが」

「パーティ? ああ、たぶんエレビのあの大げさなオープンパーティのことですね。それならわたしが、その榊さんとやらを知ってなくて当然ですわ。一郎や二郎は出席しましたけど、わたしはいっていませんから」

「それじゃ、榊さんのことはまったく知らないと言われるのですね」

「ええ」

 そのあと細かいことをいくつか尋ねたあと、奈津枝のほうから言った。

「警察の方が、わたしたちのことを疑われているのは仕方ありませんけど、そんなことをされても無駄だと思いますよ。華輪の家の者にかぎって、人を殺すような者はひとりもいません。それに、そんな度胸のある者もひとりもおりません。もしできるとしたら、そうですね、亡くなった兄の春仁かわたしぐらいでしょう。しかし刑事さんにとって残念なことですけど、わたしは自分がやっていないことを承知しています」

 それだけ言い残して、奈津枝は部屋を出ていった。


 華輪冬和は、縁なしメガネをかけた繊細そうな顔に、事態をどうとらえていいのか困惑したような表情を浮かべていた。沢口たちが食堂にいった時には、そこにいなかった人物であった。髪をいくぶん長めにして七三に分けた髪型で、五十一という年齢を若く見せようとしていた。

「留守電を聞いて、さっき妻ときたばかりです。あちらにおられる刑事さんから簡単に事情を聞きましたが、私には、いまだになにがなんだかさっぱりです」

「とりあえず、今日のあなたの行動をお話し願えますか」

「それと、美也さんが亡くなったことに関連があるのですか」

「そういうわけではありません。形式的なもので、みなさんにお聞きしているのです」

「わかりました。今日は、午前中は店のほうにいて、赤坂でギャラリーを経営しているんです、それでそこに午前中はいて、昼から県立美術館の『現代イギリス美術展』を見にいきました。時間にして二時半ごろだと思います。店から美術館までは歩いて三十分ほどですから、散歩がてらに歩いていきました。六時が閉館で、五時すぎまでそこにいて、大濠公園をぶらぶらして店に戻ったのが六時ごろです。そのあと七時少し前に家内の幸子が店にきましたので、店のほうを従業員に任せて食事にでかけました。めぐみが今夜はこちらの邸に呼ばれていましたので、夫婦水入らずで外食の約束をしていたんです。食事をしたのは、西通りのロシアレストランで、そこを出て、ホテルのラウンジで軽くアルコールを飲んで、マンションに戻ったのは十時ごろでした。それから留守電を聞いてこちらにきたわけです」

「美術館にいかれた二時半から店に戻られた六時ごろまでは、ずっとおひとりだったのですか」

「ええ、そうです。それがなにか」

「どなたかとお会いになっていませんか」

「いえ、誰とも」冬和の頬が引きつった。「もしかして、私を疑われているのですか。しかし美也さんはこちらで亡くなったんですよね。ここにいもしなかった私が、どうして疑われたりするんですか」

「あまりお気にしないでください。あくまで念のためですから。それよりも榊さんをご存知ですか」

「榊……?」

「美也さんのお知り合いの方なんですが」

「知りませんね」

「パーティでお会いになっていませんか」

「ああ、思い出しました。白のとっくりに革のジャケットを着ていた人ですね。あの人がどうかしたんですか。パーティで少し話しただけですが」

「それ以上はなにもご存じないのですね」

「もちろんです」

 二、三の受け答えのあと、冬和は退出した。

 そのあと幸子が呼ばれたが、特別な情報を得ることはできなかった。昼すぎに美容院に出かけた以外は外出もしておらず、ギャラリーにいくまではずっとマンションにいたという供述であった。あとは冬和の言ったことの繰り返しにすぎず、榊のことも冬和と同じ程度にしか知らないという返事だった。

 最後にフミがもう一度呼ばれた。

 亜紀代がいく前に、カップを片づけにリビングにいった時のことを聞くと、そうでしたかねと素知らぬ顔をし、その際一郎とめぐみがいたかどうかを尋ねると黙り込んだ。

「めぐみさんは庭に出たと言っているし、一郎さんは、めぐみさんが出たあとで図書室にいったと言っているんですが」

 そう言うとフミも、五時四十分ごろにリビングにいくと二人ともいなくて、カップを片づけて厨房に戻ったことを認めた。

「階段の下で待っている時、一郎さんが二階からおりてくるのを見たんじゃないですか」

「さあ、よく覚えておりません」

「一郎さんは、あなたが階段の下にいたことを覚えているんですがね。一郎さんの話では、その時あなたも一郎さんのほうを見たと言われています」

「それでしたら、一郎さんが言われるのが正しいのだと思います」

 年を取ってとんと覚えが悪くなって困ったもんですと、フミはとぼけながら部屋を出ていった。そのくせ、美也の部屋を捜索した際に、化粧台の引き出しの中も調べたことを認め、封筒などはその時なかったと断言してみせた。

「したたかな婆さんだ。邸の者に不利になるようなことは言わないつもりでしょう」綿貫が言った。

「仕方ないですよ。五十年も奉公しているんですから、あの人にとって華輪家はぜったい的なものでしょうからね」

 沢口がしみじみ言うと、綿貫もうなずいた。

「さて、これで一通り話を聞き終えたことになる。あとは鑑識の報告を待って、いま得た供述をもとに調べるしかない。地道な捜査、それあるのみだ」

 沢口が、砂木に聞かせるようにして言った。

「僕も警部の言われる通りだと思います。――でも、それで駄目だったらどうします。鑑識の報告も科研の捜査も通り一遍のもので、聞き取りによる調査からも思うように結果がでなかったら」

 沢口と砂木のやり取りに、綿貫と野田が顔を上げた。

「いまからそんなことを考えていたんでは、捜査は進まないじゃないか」

「大丈夫ですよ。その時のために僕がいます」

 沢口は呆れた顔で砂木を見、それから笑った。

「その時はせいぜいよろしく頼むよ、砂木警部補」

 食堂にいき、事情聴取の礼を述べてから、沢口が遺言状のコピーの件を話した。そこにいた者たちは、一様に驚いたり不審そうな表情を浮かべた。

「警部さん、それを見せていただけませんか」

 奈津枝が息せき切って言った。冷静さは押しやられ、ひどく興奮しているのがわかった。

「残念ですがいまここにはありません。こちらの調べが終わったあとで、お見せできるかもしれません」

「わかりました。でも遺言状はあったのですね――そうですよ、それが当然ですわ。あの女が隠していたんですよ。わたしも十分に調べたつもりだったのですが、やはり遺言状はあったのですね」

「それで、どういう内容が書かれていたのですか」

 冬和が聞いてきた。メガネ越しの目に期待が込められていた。その横で妻の幸子が、その冬和の手を強く握りしめていた。

「それについてはいまはお答えできません。と言いますのも、その遺言状の真偽がまだはっきりしませんので」

「偽物だというのですか」

 奈津枝がはっとして顔を上げた。

「調査の結果を待つしかありません。いまお話しした通り、あったといってもコピーにしかすぎませんから、疑わしいところがあるのは事実です。それより、私がみなさんにお尋ねしたいのは、この見つかった遺言状のコピーのことでなにか知っていることはないかということです」

 しかし、沢口の質問に答える者は誰もいなければ、目立った反応を示す者もいなかった。

 よろしかったらと、おにぎりが出され、刑事たちは遠慮なくご馳走になった。三人とも夕食を取り損ねていた。

 その後二階の美也の私室を検分して、沢口たちが華輪邸をあとにしたのは午前零時をすぎていた。捜査本部の設置された筑紫野署に着き、署長の自宅に電話を入れてから、明日の会議の手配をつける。

 やらなければならないことが多すぎて、事件について考えるゆとりはまだなかった。

ひと休みします。

続きは、週末あたりからの予定です。

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