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9 事情聴取 浦島

 浦島隆三は、松葉杖を傍らにおいて、ソファに手をつきながらようようと腰をおろした。大きな男がぎこちなく動くさまは、どこか滑稽味を帯びていた。捻挫した足をのせる椅子を用意しましょうというのを丁寧に断って、浦島は左足を伸ばしたままの姿勢で聴取にのぞんだ。

「美也さんが亡くなられた時に、あなたはこちらにおられなかったんですよね」

「はい、自宅でテレビのニュース番組を見てました。七時すぎにフミさんから電話をもらって、慌ててタクシーで駆けつけた次第です」

 部屋着と思われるスウエットにロングジャケットを羽織っただけという服装が、浦島の慌ただしかった行動を雄弁に語っているように見えた。ひしゃげた鼻と金壺眼の顔は、ジャガイモのような丸みがあり、不細工だが愛敬のあるものとなっていた。緊張しているのか、声が硬くなっている。それでも容姿と美声のギャップに、捜査陣は少なからず驚いていた。綿貫が言った。

「今回のことについてどう思われます」

「驚いているとしか言えません。美也さんに、以前から嫌がらせがされているのは知っていましたけど、まさかこんなことになるなんて思ってもいませんでした」

「以前からの嫌がらせというのは手紙のことですね」

「そうです。二郎さんか優子さんに聞かれたのでしょうが、会社のほうに送られてきていました。死ねとか邸を出ていけとかいう類のものです。内容は他愛ないんですけど、度重なるとですね。警察に相談することを勧めたのですが、美也さんはそうするのを嫌がっていました」

「なにかわけでも」

「いいえ特には。気の強い人でしたから、それぐらいで怖がっていると思われるのが嫌だったみたいです」

 それから浦島は、今日一日のことを話していった。

「つまり、五時十分ごろに二郎さんが迎えにくるまで、美也さんとずっと一緒だったわけですね」

「そうです。今後の仕事のことについて打ち合わせをしていました。半分は彼女の愚痴や話を聞くみたいなものですけど、それも仕事のうちですから」

「その間に誰か訪ねてきたりはしませんでしたか」

「ええっと、三時ごろに、註文したピザを配達員が持ってきましたっけ。四時ごろの変な電話を除けば、ほかに電話もありませんでした」

「その四時の電話ですが、事件に関係していると思われるので、詳しい話を聞かせてください」

「わかりました。電話があったのは四時少し前です。私が出ると、男とも女ともつかないかすれ声で、『華輪美也に代われ』とだけ告げてきました。名前を聞いても黙ったままでしたので、とにかく美也さんに代わってもらいました。彼女が出ると相手は、『邸のおまえの部屋に爆弾を仕掛けた』とだけ言ってそのまま切ったそうです。それで私がすぐにこちらに電話をするように言ったのですが、美也さんは取り合おうとしませんでした。一旦は私も黙りましたが、どうも気になって仕方がなく、再度美也さんに言いました。が、やはり美也さんは聞き入れません。それで私のほうから電話を入れました。四時半ごろだったと思います。フミさんが出たので事情を話し、美也さんに電話を代わりました。それから、二、三十分あとにフミさんから心配することはなにもないとの電話がありましたが、美也さんは、ほらねと、笑ってみせただけでしたね」

「その電話のことでなにか気づいたことはないですか」

 浦島は大きく頭を振った。

「いま考えても男か女かもわかりません。かすれ声というだけです」

「僕からもいいですか」砂木が言った。「あなたが電話を取った時、相手は『華輪美也に代わってくれ』と最初に言ったのですね。それに間違いありませんか」

「ええ、そうですけど、それがなにか」

「その相手はつまり、最初から美也さんがあなたの家にいたことを知っていたわけですね」

 砂木を見ていた浦島は、口をやや開き気味にしていたが、合点がいったようにうなずいた。

「そうか。そうなりますね。こりゃまいったな、言われるまで気づきませんでした。そうか、そうしたら私は、まずいことを言ったのかもしれないな。私の家に美也さんがきているのを知っていた人物の中に、電話の主がいることになりますよね。これはまずいな」

「誰と誰が知っていたのか、教えてもらえませんか」

「今夜呼ばれていた方たちはご存じだったと思いますよ。一郎さんに、二郎さんに、めぐみさんですね。当然、フミさんに川口親子、亜紀代さんと優子さんもです。あとは、この方たちが誰かにそれを話したかでしょうね。奈津枝さんに冬和さんも知っていたんじゃないかと思います。さきほど連絡先を聞きにこられた榊さんについては、どうなんですかね。私にはわかりません。それと、私は話していませんが、美也さんが話していたら、会社の連中の中にも知っていた者がいるかもしれません」

「その方たちを思い浮かべてみても、電話の声の主はわかりませんか」

 浦島は目を閉じて、十秒ほどして開いた。

「だめですね。かすれ声だったことしかわからないです」

 砂木は礼を言うと、ふたたび綿貫に進行を任せた。

 しかし浦島から、事件についてそれ以上の手がかりを得ることはできなかった。美也たちが五時四十分ごろに浦島の家を出たということぐらいであった。

「今回の事件とは無関係なことですが、ここでのあなたの立場はどういったものなのですか。ただの社員とするには、かなり親しい間柄みたいですし、なんでも、暴漢に襲われた優子さんを助けたのがきっかけだと聞いたのですが」

「ほんとうにただの社員なんですよ。華輪コーポレーションの秘書兼雑用のなんでも屋。そう思ってもらうのが一番わかりやすいですかね。春仁氏の時からお世話になっていまして、いまは美也さんの下で働いていました。私がこちらとお近づきになった事情が事情だったもんで、いくぶん身内扱いしてもらってはいるんですけど、血縁関係などはまるでないです」

 浦島の声からは、緊張がだいぶ取れていた。

「すでにどなたかからお聞きになっているみたいですが、三年前に、優子さんを暴漢から偶然助けたことが機縁です。いや、ほんとうは私が助けられたのかもしれません。それで春仁氏に拾われたのですから」

「詳しい話を聞かせてください。三年前の事件とはどういうものだったのですか」

「この邸から十五分ほど歩いたところに、わりと大きめの神社があるんです。そのころこちらの邸では犬を飼っておられて、小型のビーグル犬で名前がピーターというんですが、優子さんがその面倒をみていたのです。その日の早朝も日課通り六時ごろに散歩に連れていき、その途中の神社で何者かに襲われたというわけです。たまたま近くにいた私が優子さんの悲鳴を聞いて駆けつけたんですよ。私が見た時は、男が優子さんの口を塞いでどこかへ連れていこうとし、そばでは二郎さんが倒れていました」

「えっ! そこに二郎さんもいたのですか」

 綿貫だけでなく、沢口と砂木も一驚した。

「あれ、またまずいこと言ったな。二郎さんには、くれぐれも私から聞いたなんて言わないでください。お願いしますよ。彼はいまだにその時のことを気にしていますので。でも、二郎さんが倒れていたのはほんとうのことです。あとで聞いたところによると、私より先に二郎さんが駆けつけ、暴漢に一撃でノックアウトされたらしいです。しかしその時の私にわかったことは、優子さんが襲われているということだけでした。男は私を見ると、舌打ちをして逃げ出しました。たぶん、二度も邪魔が入ったのであきらめたのだと思います。私は男を追いかけ、神社の社の裏手で揉み合いになりました。男は私の手を逃れると、ナイフを取り出し、私の左の大腿に突き立てました。ちょうどこのへんです」

 浦島は左の大腿の真ん中付近を叩いてみせた。

「かなり興奮していたんでしょう。その時は痛みは感じませんでした。しかし走れなくなっていた。足が動かなくて、けっきょく男を取り逃がしてしまいました。病院に運ばれ、警察に事情を聞かれ、入院している私を優子さんがたびたび見舞ってくれました。退院したあとも、帰る場所のなかった私を春仁氏が華輪家の客として邸に逗留させてくれて、それでみなさんとも顔見知りになったというわけです」

「大変な怪我を負われたようですね。傷のほうはいいんですか」

「心配はないですね。古傷のせいで、天気によってたまに痛むことがあるぐらいです。ドジな人間なんです。今度もこのざまでしょう」

 浦島は、包帯を巻いた足の先をちらっと見やった。

「それで、その時の犯人は捕まったのですか」

「いまだに捕まっていないと思いますよ。警察からはなにも言ってこないし、ほかに目撃者もいなかったうえに、黒い帽子と手袋に、サングラスとマスクもしていましたし、黒っぽい服装の男だったことぐらいしか、私も優子さんも二郎さんも覚えていませんでしたから」

「手がかりはなしというわけですね」

「男の持っていたナイフも量販店で買えるもので、そこから男を特定することもできなかったみたいです。足跡もあったみたいですけど、やはり量販店のスニーカーだったみたいで。あのう、あの事件と今回の事件になにか関連があるんですか」

「や、そういうことは。ただどういうことがつながってくるかわかりませんので、いろんなことをお聞きしているわけです。あなたとこちらのつながりは、いまのお話でよくわかりました。署のほうにも記録が残っていると思いますので、詳しいことは私どもで調べてみます。あなたはいわば、優子さんの恩人というわけですね」

 浦島は顔を赤らめた。

「そんなえらそうな――ま、好きなようにとってください。しかし刑事さんたちも大変だ。たくさん話も聞かなくちゃならないなら、関係のないことまで調べなくちゃいけないんですから」

「それでは、話を今回の事件に戻しますが、榊さんのことについて知っていることはありませんか」

 榊の名が出た直後に、浦島の顔が一瞬こわばったように見えた。右手を顔にもっていこうとし、途中まで上げたものの、そのまま膝におろした。

「そのう、榊さんのなにをお知りになりたいんです」

 声までが慎重味を帯びている。

「どんなことでもいいのです。ほかのみなさんにもお聞きしたのですが、どなたもよくはご存じないみたいなんですよ。美也さんとあなたは、仕事のこともあって話す機会が多かったでしょうから、なにか聞いてはいませんか」

「残念ですが、私も榊さんについては知らないです。連絡先などは聞いてましたが、詳しいことはなにも。美也さんの以前の知り合いという程度ですかね。私のほうで実際に会ったのはパーティ会場だけですし、会社のほうに訪ねられてこられた際に何度か姿を見たことはありました。美也さんとはけっこう会われていたみたいですが、どういうつき合いなのかまでは私も知りませんね」

「そうですか。ところで聞くのを忘れていましたが、その足の捻挫はいつされたのですか」

「二日前です。自宅の入り口の段のとこで足を踏み外しちゃいましてね。まったく面目ない話です」

「そのせいで、美也さんは今日あなたの家にいくことになったのでしたね」

「ええ、それまでは、私が邸にいって打ち合わせをする予定だったのです。そのついでに今夜の招待もされていたんです。ただ足がこんなですし、医者に治るまではアルコールも止められてますから、今夜の招待は辞退しました。いくら親しくさせてもらっていても、私はただの雇われですから、そのへんはわきまえないとですね」

「美也さんは、どうして会社でなく、邸やあなたの家で仕事をしようとしたのですか」

「特別な理由はありません。しいてあげるなら、気分転換。会社でないほうが、気持ちの上でラフな感じに考えることができると言われていました。ですから、よく仕事を持ち帰ったりもされていましたなら、私の家で一緒に仕事をするのも初めてではありません。美也さんはそのほうが、考えごとをする際にはやりやすかったのだと思います。ですから今回みたいなことはこれまでも何度もありましたし、今日の仕事にしても打ち合わせとなっていますが、美也さんの仕事をサポートするのが私の役目みたいなものです」

 浦島はそう説明した。

 そのあと、ピザ店の名や二、三のことを聞いて浦島の聴取は終わった。

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