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7 事情聴取 めぐみ、それとコピーの遺書

 めぐみは会釈して部屋に入ってくると、無言で腰をおろした。答える際に、無意識に何度も手を髪に持っていき、大きな目は沈んでいた。事件のショックが大きいのは誰の目にも明らかだった。

「招待されたのは一週間ほど前です。午前中は家にいて、昼ごはんのあとに車で家を出ました。一時ごろです。一時半に歯医者の予約が入っていたんです。歯医者を出たのが二時半ごろで、家には戻らず天神に遊びにいきました。駐車場に車を預け、四時半ごろまでぶらぶらしていました。洋服見たり、本屋に入って雑誌をめくったり、雑貨屋を見てまわったり――その間はひとりでした。知った人に出会ったりはしていません。時計を見ると四時半を少しすぎていたので、駐車場から車を出してこちらのほうにきました。着いたのは五時十分ごろで、フミさんがお茶を用意してくれる間に、一郎さんがきました。わたしが着いて、七、八分ほどしてだと思います。一郎さんとお茶を飲みながら会話して――他愛ない話です。最近はどうしているかとか、学校のほうは面白いかとかです――それからわたしはテラスから庭に散歩に出ました。ええ、一郎さんは一緒じゃありません。わたしひとりです。時間は、リビングの時計の針が五時半をすぎていたのを覚えています。三十五分にはなっていませんでした。しばらく庭を散策していると、クラクションの音が聞こえたので、美也さんたちが帰ってきたと思い、戻りました。リビングには亜紀代叔母様と一郎さんがいて、美也さんと優子さん、それに二郎さんが入ってきて、それからあの事件がおこったんです――」

 そのあとの話は、他の者たちと異口同音だった。どうしてこんなことが生じたのか心当たりもないなら、これといったことを見ても聞いてもいないとめぐみは言った。榊についても、パーティで一度会ったことがあるだけだと答えた。

 歯医者や駐車場の名や場所を聞き、出入りした店の名を、覚えているだけ言わせたあとに、沢口が尋ねた。

「めぐみさんは、どうして最初に赤色のチョコレートを取ったのですか」

「理由なんてありません。ただそれを取ろうとしただけです。美也さんから言われて、ラッキーカラーが赤だったことを思い出して金色のに変えました――それもそうしただけです。なぜと言われても、わたしにも、さあとしか答えられないです。『毒入り』っていうカードがあったけど、ただの悪戯で、毒が入っているなんて思いもよらないじゃないですか。そんなテレビドラマみたいなことがほんとうにおこるなんて。だから食べることは、そんなに怖くなかったんです。でもいま考えると、わたしがあのまま赤色のを食べていたら、美也さんでなくわたしが死んでいたんですよね。もし、美也さんが止めなかったら……」

 めぐみは目蓋をぎゅっと閉じると、華奢な両肩を震わせた。

「あなたがテラスに出たあと、一郎さんはひとりでなにをしていたんでしょうね」

「さあ、庭にいたわたしにはわからないことです。リビングにいたんじゃないんですか」

「亜紀代さんがリビングに入った時、あなたも一郎さんもいなかったそうなんです。それに、フミさんがその前にカップを片づけにいっています」

 めぐみの目が左右にゆれたように動き、舌先が上唇にあてがわれた。

「そ、それじゃあたぶん、わたしがでたあとに、どこかにいったんじゃないですか。どこかはわかりませんけど。庭じゃありません。それに、そ、それに――」

 感情を押えきれないように、めぐみがいきなり立ち上がった。

「それはわたしじゃなくって一郎さんに聞けばいいじゃないですか! どうしてわたしに聞くんですか! なにが言いたいんですか!」

 最後まで言い終わらぬうちに、目には涙らしきものが盛り上がり、唇は苛立ちに歪み、両手は身体の横で握りしめられていた。

 めぐみの様子に刑事たちは戸惑った。

「申し訳ないことを聞いたようですね。落ち着いて座ってください」

 沢口が謝り、めぐみも顔を伏せて腰をおろした。声を震わせ、

「すみません。わたし興奮しちゃって。あんなことになって、まだわたし、気が動転しているんです。人が死ぬとこなんて初めて見たし、もしかしたらわたしが死んでいたんだって思うと。もうそれだけで……」

 めぐみは服の袖で目のあたりを押えた。

 それ以上は無理だったので、野田をつき添わせて、めぐみを食堂に戻した。

「かなり動揺していましたが、なにかあるのでしょうか」

 綿貫が顔をしかめた。

「ううん、わかりませんね。まだ子供みたいなものですから、精神的にまいっているだけなのかもしれません」

「落ち着いたところで、もう一度呼んでみますか」

「いや、あの状態では今夜はなにを聞いても無駄でしょう。それに一応聞くべきところは聞いていますから、今後の捜査でなにか出てきてからということにしましょう」

 沢口と綿貫がそう話している間に、刑事がノックして部屋に入ってきた。手に、ビニール袋を二つ持っていた。

「二階の被害者の部屋から面白いものが見つかりました」

 ビニールの中には、ひとつは茶色の封筒、もうひとつにはコピー用紙が入っていた。コピー用紙のほうには転写された文字がある。

 沢口が手に取って驚いた声を上げた。

「これは遺言状じゃないか」

 遺言を記すという言葉から始まり、華輪春仁の署名と押印で終わっている文章をコピーしたものだった。体裁としては、自筆による簡易遺言状となっている。内容は、自己財産の半分を妹弟に残し、あとの半分を美也と優子に残すものとなっていた。

「どこにあった」

 沢口がビニール袋を振った。

「その封筒に入って、被害者の部屋の、化粧台の引き出しの中にありました」

「どういうことでしょうね。遺言状を隠していたにしては、コピーというのは変ですよね」

 綿貫が目を光らせた。

「本物かどうかがまず問題でしょう。これはコピーにすぎませんが、元になっている遺言状が本物で、ほんとうに実在しているのかがですね。ま、どちらにせよ、コピーしか見つかっていないのですから、元のほうは誰かが持っていることになります。となると……」

「それを元にした脅迫」綿貫が言った。

「その線が一番強いでしょう。本物の遺言状はこちらが握っているぞという脅迫でしょう。そして脅迫が以前からおこなわれていたとしたら、被害者がコピーを化粧台の引き出しの中にしまっておくなどとは考えられません。人の目に触れさせたくないはずですから、破棄するか、金庫にでもしまうでしょう。そうすると、被害者は脅迫があったことに気づいてなかったと考えるほうが自然です。つまり、それが引き出しの中におかれたのは、被害者が最後に化粧をしたあとでのことになります」

 沢口の推理を引き継ぐように砂木が言った。

「そのうえ、フミたちが爆弾の件で引き出しの中も見ている可能性が高いでしょうから、その時点では封筒はなかった」

 沢口はにやっと笑んだ。

「甘いな。見たとしても、封筒を爆弾と思うことはないから、言わなかっただけかもしれない」

「一本取られました。確かにそうですね」砂木も笑顔した。

「とにかく、今日出かける前に化粧ぐらいはしただろうから、そのあとでおかれたのは間違いないだろう。問題は、誰がそんなことをしたのか。それと現物の遺言状は本物なのか偽物なのかということだ。弁護士に預けてないこと自体がおかしな話だ。下書きみたいなもので、あらためて作るつもりだったのかもしれないが、偽装の可能性が高いな」

 沢口がそう締めくくり、綿貫が言った。

「チョコレートをおいた犯人がしたのでしょうか」

「断定はできませんが。犯人は華輪美也を殺害するという目的を持っていました。殺害してから脅迫するというのは理屈に合いません。そう考えると、このコピーをおいた人物はべつな誰かということになります」

「殺害したうえで、公にしたかったというのはどうです。脅迫でなく、遺言状が存在したことをみんなに知らしめたかった」

 砂木が、一本取り返すように言い、沢口が切り返した。

「公開が目的なら、コピーじゃなくて現物を出すはずさ。元のほうを持ったままコピーしかおいていないのだから、脅迫と思ったほうが正解だろう」

 砂木は首をのけぞらせると、自分の額を叩いた。

 二人の舌戦を目の前にしながら綿貫がおもむろに言った。

「確か自筆の遺言状の場合は、勝手に開封したら無効になりませんでしたか」

「封印されていたら、家裁での開封が決まっていますが、開けてしまっても無効とまではならないはずです。それに、もしこれが本物だとしたら、遺産相続に問題が生じるのは避けられないでしょう。脅迫の材料としては申し分ない」

 脅迫の可能性が高いこと、とりあえず遺言状の真偽を確認するのが先決であることが、刑事たちの間で取り交わされた。

「で、どうします。遺言状のコピーが出てきたことを話しますか」

 綿貫の問いかけに、沢口は鼻を指で掻いた。

「思い切ってぶつけて、反応を見てみましょうか。なにか出るかもしれません。ただし、最後にみんなを集めて、全員の目の前でやってみましょう」

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