6 事情聴取 二郎
優子に続いて、島名二郎が呼ばれた。
二郎はソファに座ると、大きく息をついた。やわらかな輪郭の顔に疲れが出ていた。墨を染み込ませた筆で描いたような眉をし、形のいい、長めの細い鼻をしている。
「僕からはなにも得られないと思いますよ。優子さんから聞かれたでしょうけど、芝居見にいって、帰ってきたらこうなったというほどのことしか知りません。もちろん、不審な人物も見ていないなら、怪しい物音も耳にしていません。それでも聞きたいことがあったらどうぞ。捜査にはできるだけ協力するつもりです」
そう断って二郎は、綿貫の質問に答えていった。本人が前置きした通り、これといった収穫のあるものでなく、優子の話した内容とほとんど同じだった。
「今日の約束は十日ほど前にしました。優子さんから電話をもらったんです。美也さんからミュージカルの券をもらったので、一緒にいかないかって。なにもそういう仲というわけじゃないですよ。たまたまですよ。美也さんが二郎さんを誘ってみたらと言われたので、優子さんもそうしただけのことです。僕はそういう役回りが多いんです。
――浦島の家を出たのが十二時前で、それからロイヤルホストで食事をして、会場に着いたのが一時四十分ごろでした。開演が二時からで、席は指定席でこれが半券です。お渡ししときます。もちろん僕と優子さんの席は隣同士でしたよ。ええ、芝居の間はずっと一緒でした。途中で寝てしまっていたのですが、時間にして三十分ほどだろうと思います。幕間でまわりがざわつきだして目をさましました。トイレにいって、顔を洗ってきましたね。そのあとは最後まで観劇し、会場を出て浦島の家に美也さんを迎えにいきました。
――浦島の家に着いたのが五時過ぎ、十分ごろだと思います。美也さんが出てきて、浦島は美也さんのカバンに荷物をつめて、美也さんの帰り支度をしていました。爆弾の電話と手紙の件をそこで聞きました。心配する浦島を美也さんが小馬鹿にしてました。
――そうです。態度の悪い猫がいたんです。だからクラクションを鳴らしたんです。
――僕が食べたチョコは緑色の銀紙のやつでした。美也さんが最初に食べたのは、青色のぶんだったと思いますよ。最後に食べたのが赤だったのは確かです。赤はラッキーカラーだと以前から言っていて、美也さんには幸運の色だったからですね」
最後に沢口が榊のことを尋ねると、二郎は怪訝そうな顔をした。
「榊さんが、事件になにか関係があるのですか」
「そういうわけではありませんが、今夜招待されていて、まだこられていないなら連絡もされてこないというのはですね」
「そういえばおかしいな。刑事さんに言われるまで、榊さんのことは忘れていましたよ。パーティで会っただけで、彼のことはまったく知りません。美也さんの知り合いらしいですけど、感じのいい人ではなかったですね」
二郎の言い方に、沢口は気になるものを感じ取った。
「なにかあったのですか」
「言うほどのことはなにも。パーティ会場で僕のほうをじっと見ていたんです。以前見かけたことがあるような気がしたとか言い訳をされていましたけど、あれは嘘ですね。たぶん、僕を観察していたんだと思います。どういう理由かはわかりませんけどね」
二郎の顔つきが、なにかふっと思い出したようなものになった。喉に刺さったままの魚の小骨を、いまになって意識したという感じだった。眉根が寄って目が細くなった。
「どうかしましたか」
沢口が声をかけると、二郎は我に返ったようにし、大きく首を横に振った。
「いえ、べつに。なんでもないんです。榊さんとは無関係のことですから。とにかく、彼について僕はなにも知りませんね」
二郎はそれだけ話すと退出した。
「気にかかる点はありますが、優子と二郎の二人に関しては、容疑者からはずしてもいいのではないですか。二人はずっと一緒にいたわけですし、被害者と一緒に戻ってきていますから犯行は無理でしょう」
綿貫が沢口と砂木をかえりみた。
「二人の共犯じゃないとしたらですね。最も疑わしくない人物が犯人というのは、ミステリではよくあることです」
真面目そうに砂木が言い、隅にいる野田刑事がぷっと笑いをこぼした。
沢口と綿貫が振り返ると、野田は慌てて背筋を伸ばした。
「綿貫さん、砂木の言うことは気にしないでください。ご自分が疲れるだけです。さて、つぎは華輪めぐみの話を聞いてみましょうか」
沢口がそう言うと、まだ可笑しそうな野田が、めぐみを呼びに席を立った。