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4 事情聴取 亜紀代、それと榊の件

 つぎに呼ばれたのは次女の亜紀代だった。

「最初に言っておきますけど、今日は一日中邸にいましたので、お聞きになりたいようなことを、わたしはなにひとつ知りません」

 真っ先に亜紀代のほうから言ってきた。フリルのついた若草色のブラウスにセミフレアスカート。軽くウェーブのかかったミディアムヘアは、肩口の毛先の部分を少し跳ね上げ、甘すぎないように工夫がされている。いかにも良家の女性という容姿で、四十前と言っても十分通用しそうだった。

「そんなことはありませんよ。一見関わりのないような些細なことが解決に役立つことはよくあることです。一日中邸におられたのでしたら、そこで見聞きしたことをお話しいただければ、それでいいのです」

「わかりましたわ。それでなにをお聞きになりたいんですの」

 綿貫に問われるままに、亜紀代は名と年齢を告げ、今日のことを話した。本を読んだり、私室にあるテレビを見てすごしたと言う。

「テレビはどんな番組を」

 亜紀代の目が、迷ったようにゆれ動いた。

「テレビといっても、番組でなくビデオのほうを見ていたのですわ。ヘップバーンの『ローマの休日』と『ムーンリバー』です」

「『ムーンリバー』? 『ティファニーで朝食を』ではないのですか」

 沢口がやわらかく間違いを正した。

「あ、そうでしたわ。そうも言いますわね。ティファニーです。ヘップバーンがショーウインドウを見ながらデニッシュを食べる映画です」

「では、今日は一歩も外に出られず邸の中におられたわけですね」

 綿貫の問いかけに、亜紀代は慌てたような様子を見せた。

「ええ、そうなります。でも、普段からわたしはあまり外出などしませんので、なにも今日が特別だというわけではないんですのよ。庭の手入れや読書や刺繍などして家にいるのが、わたし好きなんです」

「四時半ごろに、邸のほうでちょっとしたことがあったのですがご存じでしょうか」

「れいの爆弾とやらのお話のことでしょうか。その時は知りませんでしたけど、あとでフミからそのことを聞きました。爆弾なんて、子供じみた話ですわね」

「フミさんから聞いたのは何時ごろです」

「五時二十分ごろに部屋を出て、わたし食堂のほうにまいりましたの。誰かがきたみたいでしたし、お茶を飲もうかと思いまして。その時にお茶をいただきながら、めぐみさんと一郎さんがきたことと一緒に、フミからそれを聞いたんですわ」

「どう思われました」

「いま言いましたように、子供じみた話だと思いましたわ。ただ、美也さんにあんなことがあって、いまは怖いような気もしています」

「事件がおこった時のことを話していただけますか」

「どこから話せばよいのでしょう」

「そうですね。あなたがリビングにいかれた時からでお願いします。何時ごろにいかれたのですか」

「食堂で五時四十五分ごろまでフミや川口たちとおしゃべりして、それからリビングにまいりました。一郎さんとめぐみさんがきていると聞いたものですから。それでリビングにいくと、二人ともいなくて……」

 綿貫が声を上げた。

「二人は、あなたがいった時にはリビングにはいなかったのですね」

「ええ、それがどうかいたしましたの」

「時間とかも間違いないですか。五時四十五分というのは」

「食堂を出る時に壁の時計を見たので、数分の違いはあるかもしれませんが、その時間なのは間違いありません。二人がいなかったことが、そんなに重要なことですの」

「一郎さんとめぐみさんは何時ごろにリビングから出たのでしょう」

「そんなことわたしにわかるはずはありませんわ。それまで食堂にいたのですから。フミに聞いたらよろしいじゃありませんか。わたしが行く前にリビングに一度いって、カップなどを片づけてきましたから」

 綿貫と沢口と砂木は苦笑して、顔を見合わせた。フミがそのことについてなにも言わなかったことを、三人で無言のまま確認し合っていた。

「なるほど、フミさんがですね。で、そのあとはどうなりました」

 亜紀代はわけがわからないという顔で話しだした。

「二人ともいませんし、椅子に座ってひとりでリビングにいましたわ。六時ごろに、表のほうでクラクションの音がしました。美也さんたちが帰ってきたのではないかと思いました。それからフミが玄関に出迎えにいくのが見えました」

「クラクションの音というのは、帰ってきた時の合図みたいなものなのですか」

「そんなことありません。どうして鳴らしたのかは知りませんけど、二度ほどしたと思います」

「それでは話を続けてもらえますか」

「どこまで話したのでしたっけ、途中でいろいろ聞かれたりするもので、こんがらがってきましたわ」

「フミさんが玄関にいくのを見たというところまでです。そのあとはどうなりました」

「どうなりましたと言われても。一郎さんが二階からおりてきて、それから美也さんと優子さんが入ってきて、同じくらいにテラスからめぐみさんが小走りできました。そしていくぶん遅れて二郎さんがきました」

「ちょっといいですか」砂木が手を上げた。「一郎さんが二階からおりてきたと言われましたが、リビングからは、目隠しの壁のせいで階段は見えませんよね。それなのに、どうしてあなたにはそれがわかったのですか。めぐみさんがテラスからというのはわかるのですけど」

「そういうふうに細かく言われると、わたしも一郎さんが階段をおりてきたのを直接見てはおりませんわ。でも、そちらのほうから入ってきたのですからそうじゃありませんの。玄関からとは思えませんし、フミの部屋や応接室からとも思えませんから。なんでしたら、それもフミに聞いたらいいでしょう。フミは出迎えに玄関にいましたから、一郎さんが、どこからきたのか見ているはずですわ」

「いやはや、またフミさんですか。まいったな」

 ぼやいている砂木に、綿貫が言った。

「砂木警部補、先に進めてよろしいですか」

 砂木がうなずくと、綿貫は亜紀代のほうへ顔を向けた。

「それでは話を元に戻して、その時のみなさんの位置を教えてもらえますか」

「ええと、わたしは通路側に向かってやや斜めに座っていました。そして確か、右のソファに、通路側からだと、二郎さん一郎さん、めぐみさんの順、左のソファには、優子さん、美也さんの順だったはずです。ええ、それに間違いありません」

「それからどうなりました」

「ご存じの通り、美也さんがチョコレートを食べて亡くなりましたわ」

「そうではなく、もっと詳しい話が聞きたいのです。重要なことですので、覚えられている限りでかまいませんから、お願いします」

「わかりました。まず、話の途中で美也さんが荷物をおいてくると言って立ち上がりました。そして二階に上がってからおりてきて、フミと一緒にまた上がりました。それからつぎに二人でおりてきて、フミが厨房へ、美也さんはリビングに戻りました。その時チョコレートとグラビアの入った封筒を美也さんが持っていたんです。グラビアは傷つけられていて、チョコレートには『毒入り』のカードがありました。あとは、なにかやりとりがあって、みんながチョコレートを食べ始めました。そしてそのあと、急に美也さんが苦しみだして床に倒れたんですわ」

「美也さん以外にどなたがチョコレートを食べられたかわかりますか」

「わかりません。わたしはほかのことに気を取られていたので、よく見ていませんでしたから」

「ほかのこととは?」

 亜紀代の顔色が変わった。返事には、わずかの間があった。

「いえ、たいしたことでは……あのグラビアを見た時にわたしそれだけで恐ろしくなってしまって……だって刑事さんそうでしょう。あんなひどいことがされていたんですもの。怖くなって。もうそれどこじゃなくなっていたんです」

 ノックの音が聞こえ、ひとりの刑事がドアを開いた。そして誰に言ったものかと、綿貫と沢口と砂木を見つめた。

「至急ご報告しておいたほうがいいと思われることがありまして」

 刑事の声には差し迫ったものがあった。

「私が聞いておこう」

 沢口が立ち上がり、刑事と一緒にドアの外に出た。

 亜紀代がそれをなにごとかと見つめ、綿貫が話を先に進めるべく口を開いた。

「では、あなたはグラビアを見て怖くなって、あとのことはよく覚えられていないのですね」

「ええ、そうですわ」

「事件についてどう思われます」

「どうって尋ねられても、言葉が出ません。美也さんがあんなふうに亡くなって、ほんと恐ろしいことですわ。誰がしたのか知りませんけど、あってはならないことです」

「犯人に心当たりは」

「まあ、なんてことを。わたしには想像もつきません。それに考えたくもありませんわ。頭のおかしい人の仕業に決まっています。うちのものじゃないことは確かです。あんなことができる人が、この家にいるわけがありませんもの。それとも刑事さんは、わたしたちの中に犯人がいると思われているのですか」

「それはわかりません」綿貫は首を振った。

「もしそうだとしたら……わたしどうしたらいいのでしょう。まさか、ほんとうにわたしたちの誰かが……そんな」

 誰かに言っているというより、うわごとに近いものだった。

「やはり心当たりはありませんか」

 亜紀代はなにか言いかけて口を閉ざした。そして、「ええ、まったくわかりません」とうなずいてみせた。

 沢口が戻ってきて腰をおろした。顔に深刻な影が浮かんでいる。

「警部、なにかお聞きになりたいことは」

 沢口はううんと唸って言った。

「榊欣治さんをご存知ですか」

「榊欣治……」亜紀代は首を傾げた。「美也さんが今夜呼ばれていた方ですね。パーティで一度だけお会いしたことがありますわ。話好きな、気さくな方でした」

「パーティというのは?」

「美也さんが経営なさっている、エレガントビーナスのオープンパーティのことです。昨年の十二月でしたわ。美也さんの佐賀のお知り合いとか聞いていますが、その席で少し話をした程度ですので、榊さんのことはそれ以上は知りません。榊さんがどうかしたのですか。そういえば、まだおみえにもなっていませんわね」

「いえ、べつに。ただ聞いてみただけです」

 砂木からの質問もなかったので聴取の礼を述べると、亜紀代は、榊について聞かれたことがなにやら気になるという素振りで部屋を出ていった。

「なにかあったのですか」

 早速綿貫が沢口に尋ねた。砂木も沢口を見つめている。

「榊欣治のことで、いまわかったんだが」沢口は考え深げに言った。「死んでいるんだ。しかも――どうやら殺害されているらしい」

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