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2 彼もしくは彼女

 その人物は、ドアからそっと顔を出すと通路に人がいないのを確かめた。そして素早い動きで通路に出ると、ハンカチ越しにノブをつかんでドアを閉めた。そのまま、なにごともなかったような顔を作って階段へと向かう。

 ――大丈夫、誰からも見られてはいない。

 午後三時四十一分。五階建てのコーポの二階である。各階に四戸あり、彼もしくは彼女が出てきたのは、階段側から見て右奥の部屋からだった。

 このコーポの住居者のほとんどが独身者だというのは幸運であった。帽子とメガネで顔を隠してはいるものの、子供や主婦といった、詮索好きな目撃者のリスクを減らすことができていた。

 階段をおり、一階の出口から表に出る時にふたたび緊張が走った。しかし心配は無用だった。表の道は閑散としていた。日の射す、退屈すぎるほどの日常がそこにはあるだけだった。左右に伸びた道に目をやり、左へと歩きだす。

 無意識に足早になっているのに気づき歩調をゆるめた。目立たないこと、普通にさりげなく行動すること、それが肝心だった。心臓の鼓動に合わせて足を出す。右、左、右、左……。コーポを振り返りたい気持ちがあったが、押さえつけた。

 正面から自転車が走ってきて、すれ違った。気にするな。見ているようで、なにも見ていない。人はそういうものだ。

 車の流れのある大きな通り沿いの歩道に出て、コーポの見えない位置まで離れることができると、少なからずほっとした。これでコーポと自分を結びつける危険は去った。

 歩道を右に折れ、公園の脇にある電話ボックスへと向かう。また足早になるが、もうそこまで気にかける必要はないだろう。見られたってかまやしない。自分が道を歩いていたことを、いったい誰が記憶するというのか。

 手袋をして電話ボックスに入ると、まず腕時計を見た。四時前二分、午後三時五十八分だ。受話器を持ち上げコインを入れた。そして、ひとつ大きく息をつくと、浦島隆三の自宅の電話番号をプッシュした。

「はい、浦島です」

 浦島の声を耳にし、わざと声をかすれさせて言った。

「華輪美也に代われ」

 

 ――計画は順調に進んでいた。

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