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馬鹿げた推理

作者: 目262

「話をまとめると、この屋敷の主人が、雇って一週間足らずの使用人のあんたに全財産を譲るという遺言書を残して割腹自殺をした。現場は密室で灯りとり用の小窓だけが開いていたが、鉄格子がはまっていて人が通れる隙間はなかった」

 広々とした玄関に立って警察手帳を読み上げる刑事の眼前で、小柄な老婆は床に正座をし、背中を丸めて何度も小さく頷いた。壁に掛けられた振り子時計がチクタクと時を刻む。

「遺言には当然、家族が反対した。奥方と息子は遺言書を無効化する裁判を起こしたが、今度は奥方が庭にある木の天辺の枝で首を吊った。地面まで二十メートル以上、その時この屋敷には梯子がなく、どうやってそこまで登ったかは不明」

 老婆は再び何度も頷く。

「更に数日後、息子が屋敷の裏山で全身を引き裂かれて死んだ。遺体の状態から熊の仕業だと断定されたが、この辺は熊の生息域から大きく外れていたし、現場には熊の体毛は一本も見つからなかった。そして告発者が死亡したせいで裁判は有耶無耶になり、結果、莫大な遺産は全部あんたのものになった」

 刑事は手帳を閉じ、鋭い眼で老婆を睨む。

「俺達警察は殺しの線で捜査を続けた。三人の死に方は誰が見ても不自然だったし、全ての死体の第一発見者があんただったからだ」

 老婆は相変わらず無言で頷いている。

「だが、何の証拠もない。いくつか仮定はあったが、年を取った女の身では不可能だ。でも俺には納得できない。あんた本当は……」

 老婆は頷くのをやめた。刑事はその先を一瞬だけ躊躇ったが、意を決して言った。

「本当は、全部出来たんじゃないのか?ごく小さな窓のわずかな隙間を通る事も、人を背負って梯子なしで高い木を登る事も、人を熊みたいに引き裂く事も、全部出来たんじゃないのか?勿論これが馬鹿げた推理だってのはわかっている」

 老婆は無言で石の様に固まったままだ。

 振り子時計が夜中の十二時を指してボオンボオンと大きな音を立てた。その瞬間、刑事の目付きから鋭さが消えて、老人の疲弊したそれに変わっていた。

「たった今、俺は定年になった。もうこれ以上は調べられない。頼むから最後に本当の事を教えてくれ……」

 老婆は黄色い歯をぞろりと見せて口の端を吊り上げた。それは一度見たら決して忘れられない、悪夢の中に出てきそうな、何とも言えない嫌な笑い方だった。

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