十話 嫌な予感と地上絵
戦闘描写って難しいですねぇ。
アデリーナは開始の合図と共にポーチからパッチーを取り出した。明らかにポーチより大きなパッチーがスルリと出てきたことにラディスは目を細めるが、彼がまず口にしたのは別のことだった。
「おいお嬢ちゃん。出すのはその人形だけでいいのか?俺は他の人形使いとも戦った事があるんだが、そいつはもっとたくさん並べてたぜ?」
ラディスは単純な疑問をアデリーナにぶつけた。彼の言う通り、この世界の一般的な人形使いの戦法は、多くの人形を並べて術者に近寄らせないように足止めして、本人は後ろから魔術で戦うというものだ。そのため人形使いは魔力消費が激しく、短期決戦でしか勝てないことで知られている。さらに、これはあまり知られていないことだが、人形の力は術者の身体能力に依存する。通常、人形使いなどの後衛職は体を鍛えていないので、人形も貧弱になってしまう。したがって強力な敵に対しては、人形の足止めで魔術を行使する時間すら満足に稼げないこともあり、人形使いは総合的に見てあまり強くない職業である。
その常識に照らし合わせてみれば、アデリーナが人形を1体しか出さないことに疑問が出るのは当然である。それにパッチーは小さく、ツギハギだらけの見た目だ。お世辞にも強そうには見えない。
アデリーナも本来であれば大量の人形を並べることによる数の暴力が得意なのだが、魔力はできるだけ消費したくない。ウルフの討伐で魔力を消費したのもあり、この戦いで多くの魔力を使ってしまうと今日魔水晶に込める分の魔力が減ってしまうのだ。さらに、ラディスの実力が分からない以上、人形を壊されてしまう可能性もある。今持っている1番弱い人形ですら、材料がなくて作れないのだ。そういった様々なことを考えた結果、パッチーだけ使い、アデリーナは必要に応じて後ろから援護することにしたのだ。
「この子だけで充分だよ。なんせうちの近接戦のエースなんだから。それに、私だって後ろから援護するしね。」
「ほぉー…んなら、見せてもらおうかっ‼︎」
そう言ったのと同時に駆け出したラディス。走った勢いのままアデリーナに斬りかかろうとするが、
「グギャギャ!」
「何ッ⁈」
眼前に飛び込んできたパッチーに妨害される。振り下ろした剣はパッチーが交差させた両爪によって、ガギ、という音と共に防がれた。
「残念、私を攻撃したかったらパッチーを倒すんだね。」
「上等じゃねェか!」
Bランク冒険者というのは伊達ではなく、次々と攻撃を繰り出していく。お手本のような綺麗な太刀筋とは到底言えないが、これまでの戦いで築かれたであろう我流の剣がパッチーを襲いかかる。そしてその怒濤の攻めを敢行しても、ラディスに疲れの色は見えない。
「ッちぃ、やるじゃねーか、こりゃたかが人形と侮れんな。」
「グギャ!」
しかし、ラディスは攻めあぐねていた。理由はいくつもある。まず、剣が自分のものではないこと。彼の特技である炎剣を使えないことも要因ではあるが、それ以前に耐久力が自前のものより遥かに低いのだ。これによりラディスはBランク冒険者としての本来の力を振るうことができない。本気で振ると、剣が折れてしまうかもしれないのだ。次に、ラディスが1本の剣で戦っている一方、パッチーは両手に爪が付いている。単純に手数が違うのだ。攻めるにしても、ラディスの攻撃がパッチーの防御を上回れない。そして最後にして最大の理由がある。
「そら、どうだッ!」
「グギギ…」
「これで……「魔力よ、呼び声に応じ風弾となれ!《ウィンド・ショット》」ッくそ、またかよ!」
パッチーが劣勢になるのを見ると、アデリーナは魔術で妨害してくるのだ。魔術自体の威力はさほどではないのだが、威力よりも衝撃に重点を置いているらしい。1度受けたときはその風圧で体勢を崩し、パッチーの攻撃を貰いそうになったほどだ。そのため魔術を受けることができず回避を選んでしまい、結果的に攻撃チャンスを失っている。
(これじゃ埒があかねぇ。どうする…しかも、お嬢ちゃんがさっきから書いてる"アレ"はなんだ。)
ラディスは戦況が遅々として進まないことに焦りを感じていた。それは、アデリーナが戦闘開始直後から足元の地面に何かの紋様をずっと書き続けていることが原因だった。
(嫌な予感しかしねェな。込められた魔力は大したことないんだが、アレを見てると頭の奥が冷えてきやがる。勘でしかねえが、アレを完成させられたら負けるかもしんねえ…だが、そんならやらせる前に、勝つ‼︎)
「グッ⁈」
「うおおらアアァ‼︎」
ラディスは炎剣を発動し、気合一声、パッチーを横薙ぎした。突然の炎剣に完全に虚をつかれたパッチーは軽々と吹き飛んでしまう。炎に包まれた剣はその高熱により融解し始めるが、ラディスは構わずアデリーナに向かって斬りかかった。剣が溶けてしまえば自分の武器がなくなる。そんなことは分かっており、そうなれば圧倒的不利となってしまうのだが、ラディスは自分の勘を信じて短期決戦を仕掛けた。
そしてその判断は間違っていなかった。ただ、1つ問題があったとすれば、それが少しばかり遅すぎたということか。
「惜しかったね、もう完成しちゃったよ。起動、《纏わりつく濃霧》」
その瞬間、紋様から真っ白な霧が噴き出し、うねりとなってラディスに巻きついた。ラディスは霧に包まれると途端に動かなくなる。剣を振り上げたままのラディスは、その霧に自分の動きを止められているということがハッキリ分かった。
「なんだこりゃ…か、体が、何…だ?前に進めねぇ…!」
「ま、そりゃあね。パッチー、もどっておいで。これで決まりだ。」
戻ってきたパッチーは、動けないラディスの首に爪を突きつける。それを見た審判のジルベルトは、1つ頷いてから勝敗を宣告した。
「勝者、アデリーナ!」
その宣言に対する反応はそれぞれであった。アデリーナはいつもと変わらず口元をニヤリとさせている。タマモも当然とでも言うように澄ました顔で、セラは目を輝かせてアデリーナを褒め称えている。魔術が解けて自由となったラディスは呆然としており、ザルドは驚愕に目を見開いていた。
「だから言ったじゃん、勝つって。」
「お嬢ちゃん…いや、この呼び方は失礼だな。アデリーナ、お前さんは強い冒険者だ、誇っていいぜ。なんせ条件付きとはいえ、Bランクの俺に勝ったんだ。こっちも、まさか負けるとは微塵も思ってなかったぜ。旦那には申し訳ないとは思うが、勝負は勝負だ。」
ジルベルトはザルドに声をかける。
「ザルド殿。勝敗がついたので、援助の詳しい内容を詰めたいのだが。」
「…ああ、負けたんだったな。おい、キサマ…いや、アデリーナ殿。先ほどは悪かったな。俺様も自動人形を前にしておかしくなっていたようだ。商人として1番大事な人を見る目すら曇らせていた。」
「いや?別に気にしてないよ。タマモは珍しいしね。タマモもタマモでオジサンのこと雑に扱ってたみたいだし。謝られるほどじゃないね。」
「そう言ってもらえて助かる。だが、俺様はアデリーナ殿に決闘を申し込んだこと自体は後悔していない。なにせ、こんな将来有望な新人と繋がりができたのだからな。」
「へ?」
「アデリーナさん、商会からの援助を受けるということは、商会からの依頼を優先的に受けるということでもあるんですよ。」
「えぇ〜何それ…辞退出来ないの?」
セラから援助を受けることの代償を聞き、急に渋りだすアデリーナ。そこにタマモが耳打ちをする。
(アデリーナ様、ここは受けておいたほうがよろしいかと。)
(なんかあるのか?)
(これも収集した情報の1つなのですが、Sランクダンジョン、それも大迷宮と呼ばれるものは、挑戦権が必要らしいのです。)
(それで?)
(挑戦権はSランク冒険者のみに与えられ、さらに、それを与えられるには国王の推薦が必要なのです。王国を二分するほどの規模であるルード商会は、そこいらの貴族よりも力があるらしいのです。それに恩を売っておけば、その国王に推薦してもらうのも多少容易になるはずです。)
(ナルホドね。まぁ普通に冒険の援助だけでも結構なアドバンテージか…)
アデリーナは少しの間考え、受けることにした。
「では、詳しい話をしよう。ギルドの前に馬車を停めてある。それで商会まで移動するぞ。」
アデリーナ達は、ザルドやラディスと共に、ルード商会まで話を詰めに行くことになった。