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後編

「卒業おめでとう」


 シンプルなスーツに身を包み、釣書上の卒業証書を小脇に抱えた聡哉を前に、公美は長く伸びた髪を押さえる。

 風が強い日だ。


「ありがとうございます」


 相変わらず、平淡な声音に公美は笑みを深める。


 公美の、正確には祖母の家の庭。

 友人宅に出かけた祖母はひなたを伴って出かけたから、公美と聡哉しかいない。


 どちらも黙る。

 しばらくして、聡哉が緊張したように一度深呼吸をする。


「…5年前、俺が言ったことを覚えてますか」


「うん」


「答えを、くれますか」


「うん。だから、もう一度言って」


「…新藤 公美さん、俺、烏丸 聡哉は貴方が好きです。この17年、貴方を思い続けて、忘れたことはありません。辛い別れを決断した貴方を支えさせてください」


 かつての告白を繰り返した(年数だけが違う)聡哉に、頬を染めた公美はとろけるような笑みを浮かべた。




 公美が祖母の家に厄介になってからの5年間は、怒涛だった。

 祖母に手伝ってもらいながらも育児。

 高齢の祖母に頼り切ってはならない、と将来を見越して資格を取る為の勉強も始めた。

 ゆっくりすればいい、と追い詰められたようだった公美を宥め、休ませたのは聡哉と千幸だった。

 勉強の相談は、春久をはじめとした年上達。おかげで、昨年、保育士の資格を取得できた。

 育児の相談や手伝いは年齢を問わず皆が。育児ノイローゼになる暇もなかった。何と幸運。

 温かな人々に囲まれて、ひなたはすくすくと育ち、公美は落ち着いて日々を過ごせた。


 1年後には、千幸と春久が結婚した。

 年の差が9歳もある為、互いに想いを自覚しながら交際し始めたのは千幸が16歳になってからで、卒業後すぐに結婚する、と決めたのは春久からの提案によるものらしい。

 佐伯、という名字から、二宮、という名字へと変わった日。入籍したその日、身内に恵まれなかった二人は式を上げないというから、公美や聡哉を中心とした友人達でお祝いパーティを開いた。


 さらに1年後、短大を卒業した公美と同年の友人が、3歳上の恋人(こちらも友人)の元に押しかけ女房になりに行った。妙な所で臆病な恋人には、既成事実でも作ってやらないと決断しないから、と言って恋人の両親が揃っている休日の昼間に特攻をかましたらしい。

 あまりにも大胆な行動に、友人一同からは拍手喝采。恋人の両親はポカンとした後、爆笑し、落ち着いたら綺麗に両手をついて「うちの愚息をよろしくお願いします」と頭を下げたとか。どっちが嫁か、とはそれを聞いた皆の感想である。


 その翌年、千幸が男の子を出産した。名前は『幸久ゆきひさ』、安直なのが良いとのことらしい。

 ひなたをお嫁にちょうだい、と冗談交じりに千幸が言えば、公美が反応する前に聡哉が、やらん、と一蹴した。なんでお前が言うのか、と食って掛かる公美に対して、千幸はキャラキャラと愉快そうに笑った。

 春久は千幸似の幸久にデレデレであるらしいが、幸久は母親一直線でちょっぴり落ち込んだとか。


 さらに翌年、3歳になったひなたが初めて喋った。

 遅いかもしれないが、言葉を理解していないわけではないことは普段の態度で察せられたので、個人差だろう、と公美は特に気にしていなかった。

 最初の言葉は、ママ、だった。当然と言えば当然で、次は、ばぁちゃ、だ。

 ひなたにとっては曾祖母なのだが、本来の祖母とは一度も会っていないし、公美自身連絡を取っていないのでまぁいいかと皆が流した。祖母は感激して涙目になっていた。

 問題は、三回目に発した言葉だ。

 パパ、と。

 ひなたの父親はいない。正確には、ここにいない。ひなたの存在も知らないし、この頃の公美には知らせる気は一切なかったし、知ったとしても絶対に会わせないという決意があった。

 なのに、父親を差す言葉を口にした。さらに言えば、丸く短い指で差しながら、だ。

 福々しい指の先にいたのは、聡哉だった。

 最低でも週に3回は訪れ、公美を気遣い、ひなたの世話を焼く聡哉を、ひなたがそう認識してもおかしくはない。

 一瞬驚いた後、聡哉はひなたを抱き上げて、なんだどうした、と普通に受け答えをし始めた。

 一拍置いて、公美の至極真っ当な否定と突っ込みが入り、論点をずらしてひなたに刷り込みをしようとする聡哉と論争が始まり、隙をついて千幸がひなたを回収した。

 二人の様子は、はっきり言ってバカップルだったのだが、公美だけが気付いていなかった。おそらく、聡哉は確信犯だ。


 そして、現在。




 公美にとって、何より心配だったのは聡哉がひなたをどう見るのか、だ。

 自分を愛してくれているのは嫌というほどわかったが、恋敵の子でもあるひなたをどう見て、どう接するのか、それが不安だった。

 だが、ふたを開けてみれば、聡哉はひなたを溺愛した。良い意味で。

 大人びた様子を見せる物静かなひなたを、聡哉は甲斐甲斐して世話している。

 その様子に、無理している素振りも、自分を振り向かせようとする企みの一端も見受けられない。


 公美はひどく安堵して、そして、決めたのだ。


「烏丸 聡哉さん、わたし、新藤 公美は、かつてあなたに恋をしていました。そして、今、再びあなたに恋をしています。みっともない姿を見せて、情けない過去を抱えて、面倒でしかないこんなわたしを、そして、娘を、今後ともどうぞよろしくお願いします」


 聡哉の告白に似せて返した想いを、ゆっくりと理解した聡哉は表情筋が死んでると友人達に言われて来た整いすぎた容貌に、晴れやかな笑みを浮かべた。


 細い腕を取り、抱き寄せ、抱きしめ、大きく息を吐く。


 緊張していたのだと触れた胸元から響く駆け足のような鼓動に知って、公美は胸にすり寄る。


 泣きたくなるほどに、愛おしいと思った。





 半年後に5歳となるひなたを伴い、帰ってきた祖母に報告をし、友人達に連絡をして、集まれる者だけ集まっての突発的な宴会が始まるのは、2時間後。


 千幸達同様に式を上げず、身内だけのお祝いパーティを開いて、たくさんの祝福を受けた。


 祖母がこっそり、パーティの写真をポストカードにして実家に送ったと知るのは、まだ先の話。




 ひなたが7歳になる頃、双子の弟妹が生まれる。

 育てた聡哉に似て表情が少なかったひなたが、初めて表情を輝かせた時だった。



 ベッドの上で笑う公美に、もう影は差さない。






 悲しい終わりを経て、驚きつつも始まりを迎えた。


 そして、驚きの始まりを終えて、幸福の始まりを手にした。



 終わらないものはない。


 けれど、その次には必ず、始まりがやってくる。







 それを良いものにするのか、悪いものにするのかは、始めた本人次第。



 まず、公美に関しては、良いものとなったことだけは確かだ。







未熟極まりない稚拙な文章をお読みいただきありがとうございます。

色々と駆け足過ぎて、説明足らずな部分が多すぎる、と自覚はしています。

番外編の他者を主人公にした話で補足していければ、と思っております。いつになるかわかりませんが。


では、またの機会にて。


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