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前編

『お前、うざい』


 ピコン、という軽快な音と共に、苛立っているのが良く分かる文章を受信する。

 ラインで恋人に呼びかけた結果、既読スルーが続いた後に来た返事がこれだった。


 確かに、うるさかっただろう。30分ごとにラインを送っているのだから。

 これだけを見れば、確実に自分が粘着質なストーカーのようにみられるだろうな、と公美くみは自嘲の笑みを浮かべた。


 最寄駅前、終電まで5分もない事を待ち合わせにもよく使われる、そして、公美も使っていた大時計を見て確認する。

 大きく息を吐いて、駅のコインロッカー(大型の方)から海外旅行ぐらいでしか使わないだろう大きなスーツケースを取り出す。それに、公美の18年は詰まっていた。

 買っておいた切符を通して、改札を抜ける。

 行き先は、終点。そこから、夜行バスに乗って2時間。県をまたいだ先にある、母方の祖母の家。


 終電の電車のライトが駅のホームを照らし出す。そして、公美はラインに四文字を入力して送信。

 1時間もせずに日付が変わるのだから、当然、既読はつかない。


 滑り込み、停止した電車にスマホの電源を落としてから公美は乗り込んだ。




 新藤しんどう 公美という少女は、クラスに一人はいる可愛い子、程度の容姿だ。それは本人が十分に理解している。

 勉強はそこそこにできた。運動は苦手だった。それでも、平均よりやや上。

 スタイルは少々やせ形、胸はない。だが、均整は取れて手足は長かった。

 性格は明るく温厚、面倒見が良い。

 そんな公美は、クラスで浮くことはなく、友人もそれなりにいる。どこにでもいる平均的な少女の一人だった。


 生まれた新藤と言う家は、ごく普通の中流家庭。だが、父親が一流企業に勤めているエリート思考で、母親がそれに同調し、兄と弟も選民思想的なものをもって成長した。唯一、そういったこだわりが無かったのが公美だった。

 より優れているべき、という家族に対して、突出していなくてもいいじゃないか、という公美。

 徹底的に合わない考えから、温厚でのんびりしたところのあった公美は、家族から親の仇かというほどにくどくどと文句を言われ続けた。

 周囲には仲の良い勤勉で気の利く家族、を通していたから、母親がそれっぽく嘆けば、近所付き合いの深い中途半端な田舎では、公美が四面楚歌になるのは早かった。

 救いは、学校ではそうではなかった事。

 理由は、後に恋人になる少年とその幼馴染の美少女、そして、少年の従姉がフレンドリーに接してくれたおかげだった。

 クラスの中心になりやすい活発な少年、ミステリアスな影を背負った大人びた美少女、大人顔負けの頭脳を持ちながらくだらない悪戯に精を出す少女の三人組は、学年単位で発言力があった。

 憐れみでも、義務感でもよかった。

 三人の側では、公美は強張っている必要が無かった。


 少年の事が、気の置けない友人、から、気になる異性になったのは中学の頃。

 事故や病気で家族を次々に亡くし、情緒不安定だった美少女を気遣い、常に傍にいた少年を目で追うようになって、公美は想いを自覚。すぐに、失恋を悟った。

 周囲は美少女と少年が付き合っていると思っていたし、二人はそれを否定していなかったからだ。

 大切な友人達の仲を裂くような真似はしたくない、と公美は諦めようとした。だが、それに待ったをかけたのが少年の従姉だった。

 脈はあるから、言ってみろ、と何度も何度も後押しを受けて、根負けするようにして公美は少年に告白した。

 思いがけず、返事はOKだった。


 美少女との噂は、変な奴に絡まれたりしないように、というカモフラージュだった。

 それを知り、安堵した公美が勘違いしていたことを知った美少女は、申し訳ないと謝った。美少女は鈍感な性質らしく、少年の想いも公美の想いも気付いていなかったらしい。唯一、全部知っていたのは従姉だけだ。


 それが中学3年の春。


 現在、高校3年の冬。正確には、初春。

 およそ4年間の交際期間中、少年は事あるごとに美少女を優先した。

 家庭事情の複雑さ、精神的に不安定な美少女の事は、公美も心配だった。だから、ある程度は良かったのだ。

 デートの待ち合わせ時間から3時間後にドタキャンのメールが来ても。

 美少女の誕生日プレゼントを悩んで買いに行ったのに自分の誕生日はうろ覚えでも。

 デートには、2回に1回の割合で美少女が一緒だったとしても。

 家に息つく場所が無かった公美にとっては、どれだけ心が痛んでも少年と別れるという選択肢は取れなかった。


 学校で、人気者の少年と美少女。従姉も男女ともに人望が高かった。

 そんな彼らと反目するようなことになれば、学校でも居場所がなくなる。

 公美にとって、それが何より怖かった。


 従姉は公美を気遣ってくれた。

 後押しをしたのは自分だから、と責任を感じているようだった。

 何度も少年に苦言を呈し、少年は公美との時間を取るようになったものの、渋々と言った体であったし、「束縛するタイプだとは思わなかった」と呟かれたりもした。


 一緒の空間にいるのは学校にいる時だけ。

 隣にいるわけではなく、クラスが一緒なだけ。

 お昼休みは美少女のところ、従姉が呼ぶから公美は少年達と同じ空間でご飯を食べるだけ。


 どこが束縛しているというのか。これは、恋人と言えるのだろうか。


 することはしている。肉体関係、という意味で。

 けれど、それで安心できる頃は受験が終わり年が明けてすぐに、完全に消えた。


 早朝、何とはなしに散歩をしている公美は、たまたま美少女が暮らすアパートの前を通りがかり、美少女の部屋から出てくる少年を見つけた。


 幼馴染でも、異性の高校生にもなれば一人暮らしの家に二人きりになどならないだろう。普通なら。

 心配なら、家族の目がある少年の家に呼べばいい。なのに、あえての美少女の家。


 公美に気付くことなく二人は分かれ、少年の姿が消えて、ぼんやりと納得した。


 これが正しいのだ、と。


 隣にいるべきは自分ではなく、美少女の方なのだ。相手の厚意に甘えて『恋人』という肩書に縋り付いている公美を、睨む人も陰口をたたく人もいたことにそれで納得できた。

 分不相応に望み、少年の一時の好意に甘えて縋っていた公美を、彼らは理解していたのだ。美少女との仲を引き裂く悪者、として。

 そこまで考えて、公美はいっそ笑いたくなった。


 バカバカしい。


 誰に対してか、自分でもわからなかった。

 けれど、少年の事が好きで、愛しているのは事実だった。

 例え、自分が無自覚とはいえ両想いの二人を引き裂いていたのだとしても、感情は本物で、『恋人』であるのも真実だ。失いたくないし、諦めることもしたくなかった。

 何よりも、諦められない理由があった。

 受験は終わった。

 少年も美少女も従姉も、だ。


 なら、打ち明けても大丈夫だろう。

 問題は多い。歪み、歪に捻じれて、修復不可能になるかもしれない。

 それでも、言わないでいるわけにはいかなかったし、言わなくてはいけなかった。

 何度も機会を設けようとした。

 その度に、ドタキャンされたり断られたり。理由は全て優先すべきではない事ばかりで、半分以上は美少女に関する事。

 この時点で、7割方諦めていた。

 それでも、約束を取り付けたのはわずかに期待していたから。まだ希望はあると、思い込みたかったから。


 約束の日は、卒業式の5日後。

 卒業式に、ようやくその約束を取り付けた。

 5日間、公美は準備をした。

 祖母とは事前に連絡を取り合い、協力を取り付け、親へも話を通してもらっていた。

 公美を疎んじていた家族は、二つ返事で祖母の申し出に頷き、必要な手続きを丸投げした。公美を可愛がり甘やかす祖母を、家族も疎んじていたから、いい厄介払いだと思っていたのかもしれない。

 準備は瞬く間に整った。

 厳しすぎるほどに厳しい家族の元、バイトも許されず、欲しい物も詳細に報告しなければ買う許可が下りなかった公美の私物は驚くほどに少ない。小遣いはない。兄も弟も十分すぎる金額をもらっているのに。

 祖母が貸してくれた古いスーツケースに、公美が持っていける私物は全て治まった。


 夜が明けきらない早朝に家を出て、誰の目にも止まることなくコインロッカーにスーツケースを押し込み、コンビニやカフェで時間を潰した。時間つぶしの為のお金は、祖母がスーツケースを送る際に一緒に送ってくれた。

 約束の時間は午後3時。

 食事時を避けて、ゆっくり話が出来るように、と公美が時間を指定した。

 そして、少年は現れなかった。


 1時間が経っても現れない為、公美は少年にラインを送る。

 いけなくなったから別の日に、と返って来た。理由は書かれておらず、聞いてもはぐらかされた。

 今日じゃないといけない、と送れば、じゃぁ今言えよ、と返り、顔を見て言いたい、と送れば、別に良いだろ。言えよ、と返ってくる。


 顔も見たくないのか、声も聞きたくないのか、と落ち込んだ公美だが、最終的には、何時間でも待つから来てほしい、と送った。既読はついたが返信はなかった。


 そして、30分ごとに送り、深夜まで待ち続けた公美を無視していた少年から送られたのが、冒頭の一言だった。




 祖母の家の最寄り駅で、夜行バスは止まった。

 ベンチに座って大きく息を吐く公美は、日の出前の深夜と早朝の合間の時間に、迎えに来てくれるという一つ年下の少年を待つため、ベンチに座った。


 ポケットから出したスマホのライン画面。

 最後に送った公美のメッセージには、まだ既読はついていない。

 それに力ない苦笑を零して、電源を落とした。


 公美が、どうしても顔を見て、自分の口で、声で伝えたかったこと。

 文字にして、たかだか四つ。けれど、その重すぎる現実。


 責任の半分を背負うべき少年に、しっかりと聞いてほしかった。



『妊娠した』



 真っ暗な画面の向こうで、無機質な文字が誰にも見られることなくそこにあった。








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