三話
「つまり、クルスは不動峰に叩きのめされたって事?」
ギルドでの騒動後、来栖は夕暮れまでに何とかクエストをこなし、宿の一室で頼葉と落ち合う。来栖の正面のテーブルの上には達成、と判が押された依頼書が三枚。
「まぁ‥‥悔しいけどそうなるな」
今度は俺が勝つけどな。
「で? 依頼金は?」
来栖はニヤッと笑うと、懐から布袋を出す。
「全部で六百ペターだ。十分だろ?」
かなり大変だったからな。不動峰との一件の後、町近隣に生えている薬草の採取クエストを達成するために、ひたすら走り回って‥‥まじで疲れた。
「うん、足りない」
「はぁ!?」
嘘だろ‥‥こんだけやっても足りねえのかよ。
「回復薬、毒薬、地図‥‥必要な物は結構あるからね、とりあえず明日も頑張って」
「あといくらくらい?」
これは俺のモチベーションに関わる重要な問題だ。五百ペターとか言われたら泣くかも。
「うーん、五百ペターくらいかな〜」
オワタ。明日も三つとか、死亡コースだわ。
「ライ、俺の苦労を知ってるか?」
「さぁ?」
「低質な経験値を得ないために魔物との戦闘全部逃げてんだぜ。そんなの俺の体力が持たないわ」
魔物を見つけ逃げる、それをひたすら繰り返し、僅かな合間を縫って、薬草採取。そんなんクソゲーだろ。
「でも、最強になるって約束しただろ?」
頼葉が来栖に手を差し出すと、来栖はその手を楽しそうな表情で掴む。
「あぁ、カンストさせるぞ」
どうせ目指すならてっぺんだ、これが俺とライのゲームスタイル。今までだって何度も達成してきたんだ、今度だって出来る。
「少しお金もできた事だし、ご飯を食べに行かない?」
こいつ、人の金でよくそんな事が言えるな、おい。でも、この世界来てからろくなもん食ってないし、まぁ、いいか。
「いいけど、あんまり高いのは止めとこうな」
「わかったよ」
二人は宿屋を出ると、手頃な店を探すために歩き出す。
「いい店ないかな〜」
よく考えてみたら、異世界来てから、落ち着いて街を歩くのって初めてかもな。鍛冶屋とかレストランとか店の内容は元の世界と大きく変わる事はないんだけど、見た目がな〜。
街の建物のほとんどはレンガで造られた石造りで、たまに木を使っている家もあった。
七時過ぎだからなのか? 昼間よりも行き交う人の数が多い気がする。
「おっ、ここはどう?」
頼葉は前動作なしに立ち止まると、一軒の小洒落た店を指差す。
えーと、なになに。レストラン『アールフレイヤ』。‥‥いや、何もわかんねえよ。
「この店にしようと決めた根拠は?」
「勘、かな」
頼葉は来栖が言い返す前にアールフレイヤの中に入る。
なんか高そうだけどな。まぁ、いいか。
店の中は案外普通で、テーブルマナーなどを気にする必要はなさそうだった。
席数は三十人分くらいか。席も半分くらい埋まってるし、意外と当たりかもな。って、ライの奴もう座ってやがる。
カウンターに座っている頼葉が来栖の存在に気付き、手招きをする。来栖は仕方がなく頼葉の隣に座り、メニューに目を通す。
あー、やっぱし知ってる食材はあんましないか。‥‥レマトのカルパッチョ。レマト? もしかして、レモン+トマト=レマトみたいな? とりあえず頼んでみるか。
来栖がそうこう考えている間に頼葉は注文を終え、店員が来栖に視線を向けてくる。来栖は適当に注文をすると、店員がいなくなったのを見計らって腰のミスリルナイフを頼葉に見せた。
「これを百ペターで買えたのか?」
「いや、タダだ」
「それなら今、百ペター持ってるのか?」
タダになった経緯は聞かないんかい。
と、心の中で突っ込む来栖だった。
「あー、一応な。これは俺が持っててもいいだろ?」
いざという時のために、最低限の資金は欲しいからな。
「別に問題ないけど」
頼葉は飲み物を飲みながら、思考にふけていた。
「なぁ、決行日は明後日か?」
これが成功すれば、俺達の最強への道は一気に進む。その分、それ相応のリスクはあるがな。
「来栖は明日の五時までに五百ペターを俺に渡して。必要な物を揃えるから」
「わかった。それなら、明日は早く出るから起こしたら悪いな」
クエストを三つを五時まで、ギルドが開くと同時にやるっきゃないな。
「別に、俺もおきるからいいよ。クルス一人に負担をかけるのは気が引ける」
「お前がいても負担は変わらないだろ」
来栖は肘で頼葉は軽くこずく。丁度そのタイミングで料理が運ばれて来て、それから二人の会話はほとんどなくなった。
レマトは来栖の予想通りレモンとトマトの中間の味で、レモン風の酸味と野菜の甘さが絶妙だった。他の料理も見た事がないものばかりだったがとても美味しく、二人は満足してアールフレイヤを出る。
二日後、二人は高い樹が生い茂る森の中を進んでいた。大きめのリュックには回復薬などが詰め込まれ、頼葉は手の中の依頼書を強く握りしめる。
双爪熊討伐
ランク・・・・C
報酬・・・・10,000ペター
出没場所・・・・フィーラスの森北部
期限・・・・16日(弍曜日)まで
相手はCランククエストの魔物。確実に俺らより格上だ。一瞬の気の緩みが‥‥死に直結する。
緊張からか二人は額から汗を垂らし、常に辺りを警戒していた。
ドン
「!! 今、少しだけど地面が揺れなかったか?」
「多分、揺れたと思う。音源はツインベアの歩行による振動かな」
来栖はミスリルナイフを抜くと頼葉と背中合わせになる。
ついに来たか。正直言って怖いが、今更逃げるなんて不可能だ。
「クルス!!」
頼葉の叫び声を聞いた来栖はすぐに反転し、ナイフを構える。ツインベアは樹と樹の間から巨大な体をのぞかせる。
っう、まじか、でか過ぎだろ。三メートルくらいか? 両手の爪も剣くらいの長さはあるし、やはり今までもは格が違う。
「閲覧」
ツインベアを目にし心拍数が上がる来栖に対し、頼葉は冷静に目標を確認する。
あ、そうか。これを見れば相手のレベルがわかるんだった。
来栖は頼葉の前にあるツインベアの情報を覗く。
双爪熊 レベル39
「まだ練度の低い閲覧じゃこの程度か‥‥」
くっそ、想定よりレベルが高え。だが、これなら許容範囲だ。いける!!
来栖は自身を鼓舞させると、ツインベアに背後から忍び寄る。頼葉も無言でツインベアの正面の樹影に隠れ、来栖が回り込んだ事を確認すると、石を投げてツインベアの気を引く。
陽動はライ、お前に任せた。俺は、俺の仕事をする。
来栖は右手にナイフ、左手に即効性のある毒薬が入った瓶を持ち、虎視眈々とツインベアの隙を狙う。
ツインベアは近くに何者かが潜んでいる事に気付いたのか、樹をなぎ倒しながら敵を探し始める。
まだだ。ライが‥‥必ず隙を作ってくれる。
来栖は自然とナイフを握る力が強くなる。その時、頼葉は隠れていた樹から飛び出し、ツインベアの真ん前に立つ。戦闘態勢に入っていたツインベアが瞬時に頼葉を爪で切り裂こうとするが、頼葉はそれよりも速く一つの瓶を割る。
「激臭草をすり潰して作った粉末だ。熊は犬の十倍の嗅覚。かなり効くだろ?」
頼葉のまさかの攻撃にツインベアは回避する術をなく、大きくよろめき意識朦朧とする。
「今だ」
来栖は静かに呟くと、ツインベアに向かって真っ直ぐ走りながら、親指で瓶の蓋をあける。走った勢いをも利用した斬撃で背中を横に切り裂くと、すぐさま瓶の中の毒薬を丸ごと傷口にかけた。
「よし!!」
来栖は作戦が上手くいった事に心の中でガッツポーズをすると、すぐに後ろに跳びその場から離れる。
これで仕込みは終わりだ。後は‥‥時間稼ぎをする!!
怒り狂ったツインベアは狙いを来栖に定めると、覆いかぶさる様に飛びかかる。
「くっ‥‥」
来栖は押しつぶされる直前に横に転がり回避すると、その場で態勢を低く落としツインベアの動きを凝視する。
さぁ、大変なのはここからだ。一体、どんだけ戦えばいいのか。
ツインベアの二爪が容赦なく来栖を襲うが、自らの素早さを活かし、その全てを避け続ける。
なんとか‥‥避けれるが、これは長くは続かねえ。ライ〜、どうにかしてくれよ。
来栖は爪の長さを見誤り、ツインベアの一撃が肩をかする。傷口からは血が溢れ、来栖の服を赤く染める。
痛え〜。この世界来てから、初めての怪我だ。やべえ、痛みで感覚が鈍って‥‥
また一つ、来栖に切り傷が増える。来栖もそれに怯む事はなかったが、疲労と相混ざって次第に動きが鈍り出す。
痛って。くそっ、避けきれなくなってきた。ライ!! 早く、どうにかしろや。
ツインベアの爪が来栖の頬に傷をつける。
今の‥‥反応できなかったら、確実に死んでた。まずい、体が震えてやがる。
「クルス!!」
きた!!
来栖は激臭草の粉末入りの瓶を出すと、ツインベアの目の前で握り割る。
臭っ!!
予想外の臭さに倒れそうになるも、再び暴れ出すツインベアから距離をとり、頼葉の元まで退く。
「準備は?」
「完璧さ」
頼葉は小樽を持ったまま来栖の前に出ると、ツインベアが来るのを待ち受ける。
次は‥‥これか。
続いて来栖はテニスボール程の黄色い石を取り出すと、右手に持っていたナイフを鞘に収める。怒り狂ったツインベアは真っ直ぐに頼葉へと向かって走り出す。一瞬、頼葉の口元が緩むと、小樽を全力でツインベアの顔に向けてぶん投げた。
ツインベアはそんな攻撃に怯む事はなく、爪で粉砕すると、小樽の中に入っていた食塩水がツインベアの体に大量にかかる。
「食塩水は電気をよく通す」
頼葉はそう言うと素早く右にずれ、代わりに来栖がツインベアに向かって駆け出す。来栖は爪による突きをすんでの所で躱すと、手に持った雷魔石に魔力を込めて、優しく放る。
キーワードは、
「雷撃」
来栖の言葉に反応した雷魔石からは大量の電気が放出された。キーワードを口にした来栖はすぐにその場から逃げ出し、大量の食塩水を浴びたツインベアは感電して動きが止まる。
「後は、頼んだぞ。ライ」
反対方向にいる来栖の呟きが聞こえたのか、頼葉はニヤッと笑うと、赤いビー玉の様な物に魔力を込めて地面に捨てる。
「これで、終わりだ」
赤い玉から発火し、その炎が辺りに敷き詰められていた火炎草に引火して炎が広がっていく。炎の中心にいたツインベアは体が硬直して動けず、じわりじわりと焼かれる。
これで、倒れるか?
血が足りなくなった来栖は疲労感から地面に膝をつくが、いざという時のための回復薬を飲み干すと、立ち膝のままナイフを構える。
回復薬の効果が現れるのは三十分後。今の行動に意味があったかどうかはわからねえが、気休め程度にはなるだろう。これで倒れなかったら、毒で死ぬまで戦ってるしかねえか。
ツインベアは火の中で悶え苦しみ、のたうちまわっていた。
「死ぬ気配がないな」
後ろから回り込んで来た頼葉は来栖を見つけると手を差し出す。
「悪いけど、俺はもう限界だ。次はライが相手にしろ」
頼葉は落ちていた空になった回復薬の瓶を見る。
「飲んだのかよ」
「おまっ、これめっちゃ痛えからな」
俺だけ損な役割過ぎるだろ。
燃え上がっていた火炎草がなくなり始め、火が治まってくる。中心にいたツインベアはふらふらになりながも、ジッと二人を見ていた。
「俺が気を引くからクルスは攻撃して」
単純な作戦だな。万策は尽きた、もうやれる事をやるしかない。
頼葉はその場に留まり拳を構え、来栖は樹々に身を隠しツインベアの視界から消える。
ライのステータスは低い。一気に決めないと‥‥
ツインベアは頼葉に目標を定めると、慎重に距離を詰め始めた。
‥‥? 警戒してるのか? チャンスだ。今のうちに。
距離が一メートル程になった時、頼葉の拳がツインベアの腹に突き刺さる。
速っ!! あいつ、昔から運動神経はよかったからな。
続けてアッパーを顎に入れると、頼葉は一旦距離を置く。
「なんだ。意外と大したことないな」
怒りがマックスまで高まったツインベアはその鋭い爪を高速で振り切った。
「っ!!」
頼葉の腹を深々と切り裂くと、逆の爪でその首を刈り落とす。
「くっ、そっ」
頼葉は爪が首に触れるギリギリで後ろに倒れ込むと、後ろに転がって態勢を立て直す。が、すぐに裏拳を喰らい、五メートル程吹き飛ばされる。
ちくしょうが!!
このままじゃ頼葉が殺される、と判断した来栖はミスリルナイフでツインベアの背中を切りつけ、気を引いた。
ツインベアは反転と同時に爪を振るが、来栖はそれをナイフを盾にして凌ぐ。
「痛う。クソ重いし。ライ、無事か!!」
「あぁ、なんとか」
二人の会話をツインベアが待ってくれるはずもなく、来栖が狙われる。先程の要領で攻撃を回避する来栖だが、今度は躱しきる事が出来ず一撃一撃が来栖を切り刻む。
最初より攻撃は遅いのに、体が追いつかねえ。‥‥あっ、
来栖は右足を攣って、一瞬、動きが止まる。その状態でツインベアの攻撃を避けれるわけもなく、死を覚悟した。
ちくしょう、ここまでかよ。
ツインベアは爪を振り上げるが、その瞬間、態勢を崩す。
「クルス、今だ!!」
「おう!!」
ツインベアの首に来栖は全力でナイフを突き立てる。
刺され!!
来栖のナイフがツインベアの首を貫くと、大量の血が噴き出す。
「勝った、か?」
「あぁ、なんとか、な」
動かなくなったツインベアの前で、二人は無言でハイタッチすると成果の確認に入る。
さぁ、お楽しみの時間だ。
「開示」
真風 来栖
年齢・・・・・・17歳
ギルドランク・・・・G
職業・・・・・・盗賊
レベル23
力・・・・134
耐久・・・87
魔力・・・38
精神力・・・48
敏捷・・・220
スキル 盗む、ナイフ投げ
称号 異世界からの来訪者、無謀者
おぉ〜、予想通りの高ステータスだ。そういや、こころなしか体が軽くなった気がする。
来栖は何度かその場で飛び跳ね、身体能力の強化を実感した。
無謀者、か。どんな効果があんだ?
無謀者
まず勝てない相手に勝った者の称号。耐久+10
耐久が上がるのか‥‥まぁ、持ってて損はないな。そういや、ライはどうなんだ?
橘 頼葉
年齢・・・・・・17歳
ギルドランク・・・・G
職業・・・・・・魔法使い
レベル19
力・・・・46
耐久・・・70
魔力・・・174
精神力・・・97
敏捷・・・63
スキル 炎弾
称号 異世界からの来訪者、無謀者
レベルの上がり方が、違う? どういう事だ。職業ごとに必要経験値が違うのか、それとも経験値配分に差があったのか。まぁ、いずれにしてもライも十分強いし、問題はないな。
「さてと、帰るとするか〜」
「そうだな。さすがに疲れた」
二人はツインベアの爪を剥ぎ取るとその場を後にした。




