九話
薄暗い雲が空を覆う中、来栖、頼葉、氷華の三人は各々の武器の最終確認をしていた。来栖はナイフの位置確認、頼葉は防具の装着、氷華は矢筒に入った僅かな矢を一つ一つ点検する。
「よーし、準備できたし、行くか」
合計二十本のナイフを持った来栖は勢いよく立ち上がる。
「氷華、ウルフマンがどこにいるのか、わかるか?」
あぁ、そういや昨日は場所については話さなかったな。
「真っ直ぐ東に向かった先に山があるわ。そこを中心に縄張りを作っているはずよ」
山‥‥か。あっちは慣れた場所、だがこっちは斜面で戦うのは初めて、正直かなり大きい差だ。加えてレベルは六十以上‥‥油断はできそうにないな。
来栖の前を歩いていた氷華は突然立ち止まり右手で二人を制す。
「少し先に、見張りがいるわ」
「見張り?」
来栖は前方を見渡すがそれらしき影は見つからない。
視覚じゃないな。魔力感知か?
「氷華、見張りは何匹?」
頼葉は見張りがいるであろう方向を凝視しながら氷華の隣に並ぶ。
「‥‥ここから感知できる限りだと三匹よ」
三匹なら瞬殺するのは流石にきついか。だとすると‥‥
「距離は?」
「五百メートル程度よ」
想像より長い距離に頼葉は小さく舌打ちをする。もしこの距離が百メートル程なら氷華の狙撃と来栖の速さで始末出来たが、三人がいる位置から先は障害物がほとんどないため、隠れながら近づく事も出来ない。
「もしかして、打開策が思いつかないとか?」
ライは大概の状況なら何とかするんだけどな‥‥今回は厳しいか?
「いや、なくはないんだか‥‥」
妙に歯切れの悪いな。また無茶気味な作戦か。
「あるならそれでいいわ」
氷華が急かすように頼葉を睨みつけるとあまり乗り気でなかった頼葉も渋々口を開く。
「今回の戦闘においての最優先事項は雑魚の始末だ。だけど、このまま突っ込んでも雑魚に囲まれた上にボスが出て来て難易度は跳ね上がる」
大量の雑魚と一緒にボスを相手にはしたくないよなぁ。何気に雑魚も少し強いから、うまく一対一に持ち込めたらどうにかなりそうだけど。
「そこで、相手を両断するために一人が囮として突っ込んで、ボスの警戒が薄くなったとこを二人で仕留める。これが作戦だ」
来栖と氷華は頼葉の作戦についてしばらくの間、黙って考え込む。
「で、その囮は誰がやるんだ?」
だいたい予想はついてるけどな。
頼葉は深くため息をつくと、トーンの下がった声で言う。
「俺がやる」
「‥‥えっ?」
俺じゃ、ないの? やりたい訳じゃないけど‥‥こういう時って大概は俺じゃない?
「そう、わかったわ。私達は南寄りから回り込むから北寄りに逃げて」
驚いている来栖を置いて、氷華が話を進めていく。
「決まったならさっさと始めるぞ」
頼葉は明らかに来栖に向けて言う。
まぁ、理由は気になるけど‥‥今は目の前の事に集中だ。
「あぁ、わかってるって」
そう言い残して来栖は一人で進んで行く氷華の後ろを追いかけた。
ある程度歩くと氷華は足を止め、その場で遠くに見えるワイルドウルフの動きを観察していた。ワイルドウルフ達が守る山は木々が一切生えておらず、ただ地面が盛り上がっているだけだった。
「氷華、どうやってボスの気を引くんだ?」
答えは想像出来ているが、一応確認は必要だよな。
「狙撃する」
氷華はそう言って矢筒から一本の矢を取り出す。
「狙撃って、ここから届くのかよ?」
パッと見た感じ見張りのワイルドウルフですら百メートルは離れてる。それより遠くの対象に正確に当てられるもんか?
「多分、大丈夫よ」
まぁ、本人がそう言うなら‥‥信じるしか、ないか。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ナイフを二本取り出し両手に一本ずつ持つ。
後は、ライが動くのを待つだ──
どこかからか遠吠えが聞こえると、見張りをしていた三匹のワイルドウルフが一斉に一方向に走り出す。
「いくわよ」
「おう」
来栖と氷華は走り去るワイルドウルフ達を追う様にその後ろに続く。魔力感知の出来ない来栖は黙って氷華の速度に合わせて走っていた。
山で走るは‥‥平原で走ると勝手が違い過ぎる。ここだと、いつもの八割くらいが限界か。
来栖が山での戦闘に杞憂を感じていると、氷華が足を止める。
「いるのか?」
辺りに隠れられる様な場所はない。氷華は相手に見つからないギリギリの距離を見極めていた。
「今から狙撃するわ。すぐに戦闘になるから準備して」
氷華は手に持っていた矢をそっと弓に添えるとゆっくりと弓を引き絞る。限界まで引き終えると斜め四十五度に狙いを定め、矢に青く光る魔力を込める。
「氷塊雨」
氷華の言霊と共に矢が放たれる。矢は放物線を描き、遠くに落下していく。
「当たったのか?」
まったく見えんからどうなったのかわかんねえ。こういう時に、魔力感知を練習しとけばよかったな、って思うよな。
「ええ。仲間を引き連れて、こっちに来てるわ」
氷華は自らの魔力で氷の矢を作り出すと、すぐに弓にセットして放つ。氷華が三セット、その動作を終えた時に来栖の目に走って来る狼の群れが映る。
あれっ? 何か想像より多いぞ。
「おい、氷華。あれ、全部で何匹いる?」
「‥‥十五弱」
チィ、ライの奴もっと引きつけておけよ。やばいな、ボスに加えて、あの数を相手にするのは流石に無茶だろ。
来栖がそうこう考えている間に氷華が一匹のワイルドウルフを射抜く。が、すでに群れは迫っており、衝突間近だった。
クッソ、乱戦になったら氷華戦いにくくなる。それなら‥‥
「俺が前衛をやるから、後ろから数を減らして」
「ええ」
氷華の短い返事を聞き取ると共に来栖は勢いよく狼の群れに飛び込んで行く。
来栖は最前列にいたワイルドウルフ二匹に狙いを定めると、手に持っていたナイフを全速力で投擲する。修行により鍛えられ、昔に比べて圧倒的に速く投げられたナイフは一瞬で獲物を仕留めた。
「よし」
来栖はすぐに新しいナイフを両手に持つと、右手のナイフで飛びかかってきたワイルドウルフの攻撃を受け止め、左のナイフで腹を掻っ切った。
大丈夫、大した速さじゃない‥‥っ!!
次の標的に狙いを定めようと視線を辺りに向けると、来栖はすでにワイルドウルフの群れに囲まれている事に気づく。
まじかよ。いつの間に囲まれたんだよ‥‥これは、マジでやばい。
来栖は円状に並ぶ狼の中に一匹だけ二足歩行の狼を見つける。その狼は二メートル以上の高さで立ち、鋭い牙と伸びた爪を持っていた。
あれが‥‥ウルフマンか。一瞬で決めれば‥‥いけるかな?
そう思った瞬間、ウルフマンは短く鳴き声を上げ、全方向から一斉にワイルドウルフが襲って来る。すぐさま来栖はウルフマンとは反対の向きに跳ぶと、ワイルドウルフ達の攻撃を体で受けながらも円から脱出する。逃げるのは無理と判断した来栖は体の向きを反転し、ワイルドウルフ達に正面を向けた。
「やっぱりこうなるのかよ」
両サイドから一匹ずつ同時に跳ぼうとしているのを視界に捉えた来栖はナイフ投げで動きを止める。素手になった来栖に正面から三匹が顔の高さ、胸の高さ、太ももの高さと高低差をつけて飛びかかってきた。来栖はそれを横に跳んで躱すと、すぐに新しいナイフを両手に持つ。
今度は後ろから迫る存在に僅かな音で察した来栖が屈むと、先ほどまで頭のあった位置を一匹のワイルドウルフが跳び抜ける。そうしている間に跳びついてきたワイルドウルフの噛みつきをナイフで受け止め、反対の手のナイフを投擲して背後にいたワイルドウルフを無力化する。
ワイルドウルフが左右から挟み込んでくるのを見た来栖はやむなく噛みつきを受け止めていたナイフを手放す。右から来たワイルドウルフを蹴り飛ばし、空きができた両手で左から来たワイルドウルフの首元を掴む。
「ふん」
動かなくなったワイルドウルフを投げ捨てると次に襲って来る敵に意識を向ける。
レイラック村での修行のおかげでどうにか対応出来ているけど‥‥
どうにか攻撃を捌いていた来栖だったが、三方向から同時に跳びかかられ、二匹は腕一本ずつで迎撃するも残りの一匹が来栖の首に向かって跳んで来る。
「あ、やばっ!!」
歯を食いしばり痛みに備えるが牙が来栖の首に届く直前で遠くから飛んできた矢がワイルドウルフの脳天を貫く。
「氷華!! 助かった〜」
自分を囲むワイルドウルフの包囲網から一気に抜けると、一度辺りを見回す。来栖は回避に夢中で気づかなかったが、十匹近くのワイルドウルフが氷の矢で殺されており、立っているのは三匹だけだった。
氷華の奴、しっかりやってくれたのか〜。正直、さっきのは死んだかと思った‥‥あれ? ボスは、どこだ?
来栖が視界を走らせウルフマンを探すが見つからない。来栖が焦っていると大きな破壊音が耳に届く。氷華に肉薄したウルフマンが激しいラッシュを加えていた。
まずい、そっちを狙うのかよ!!
来栖は目の前にいる敵をそっちのけで氷華の元に走り出す。不意を突かれたのか、氷華はウルフマンの攻撃をかなり余裕がなさそうに回避していた。
「くっ、氷‥‥」
氷華が詠唱に入った瞬間、ウルフマンが蹴りを高速で放ち、反応できなかった氷華は蹴りを直撃をして地面をバウンドしながら転がっていく。
「あー、もう!!」
来栖は走りながら、ナイフをウルフマンに向けて投げるが、難なく弾かれる。ウルフマンは一瞬だけ来栖に目線を送るが、すぐに倒れている氷華に戻す。
あいつ、氷華にトドメを刺す気かよ。
「させるかよ!!」
来栖はありったけのナイフを次々と投げ、ウルフマンの動きを止めると、一気にウルフマンの脇を抜けて氷華を守る様に立ち塞がる。
どうにか、間に合った。けど、残りの手持ちのナイフもこの一本で最後。しかも、後ろには氷華がいる。本当にこの世界はハードモードだな。
覚悟を決めた来栖がナイフを逆手持ちにして一歩を踏み出すと、ウルフマンが爪で切り裂こうとする。それを僅かに体を下げて躱すと、一気に懐に潜り込む。
ヒットアンドアウェイが俺の得意分野だけど、こうなったらインファイトで決める。
来栖は素早くナイフを突き立てるが、思った様な感触は得られなかった。
‥‥躱された? しかも、さっきの俺と同じバックステップで?
レイラック村での強者の動きでさえついていけた来栖が躱された事にすら気づけなかった。ウルフマンは余裕気にその場に立ち尽くしている。
まさか、こいつ‥‥俺より、速いのか?
そう考えた来栖は思わず後ずさる。ウルフマンはその隙を見逃さず、距離を詰めて連続して攻撃を放つ。その一撃、一撃が来栖の体を擦り、徐々に傷を増やしていった。
ちくしょう、捌ききれねえ。
「ふせて!!」
来栖は後ろから聞こえた声に従って態勢を落とすと、氷の矢が来栖の上を過ぎ去る。ウルフマンはそれを体を逸らして軽く躱す。その隙に来栖は後ろに下がり、ウルフマンと距離を取った。
「残った三匹は仕留めた。後はこいつだけよ」
来栖がチラッと後ろを見ると、ワイルドウルフの死体が転がっていた。
「っつても、こいつが厳しいんだけどな〜」
ナイフを構え直し、相手の動きに注意を払う。
敏捷は俺より上、力も強い。まともにやっても勝ち目はないな。
「おい、氷華」
「何よ」
ぶっきらぼうな声で返す氷華。
「少しでいい、俺からあいつの気を逸らせるか?」
正直、これは今の俺の切り札だ。隙も大きいし、消費も激しい。だが、これなら一撃で決まる。氷華の前で見せたくはないが‥‥死ぬよりはマシだ。
「それくらいなら出来るわよ」
よし、俺とあいつとの距離は七、八メートルくらいか? これならギリ射程圏内だ。
「氷華、俺の合図したら頼むわ」
「‥‥わかった」
来栖は心の中で何も言わずに頷いてくれた氷華に感謝すると、自らの脚に魔力を集中させ始める。五秒程したところで溜まりきったと確信し、声を張り上げた。
「氷華!!」
その言葉と共に氷華は無言で横に跳ぶと、普段より一回り大きい氷の矢を弓に添える。
「散氷矢」
放たれた氷の矢が分裂してウルフマンを襲う。ウルフマンはそれを軽く回避し、無防備になった氷華に向かって駆け出す。
今だ!!
「羅刹一閃」
来栖が脚に込めた魔力を一気に解放するや刹那、ウルフマンの隣を過ぎ去った。ウルフマンは脇腹から血が噴き出しながら、前へと進む勢いのまま倒れる。
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥何とか、なったな」
来栖は額から汗を垂れ流しながらその場に膝をつき、呼吸を整える。羅刹一閃、来栖がレイラック村で教わったもので、魔力操作により脚に集中させた魔力を爆発させる様に使う事で、加速して相手を斬る技。
あぁ、やっぱり脚が動かねえや。
このスキルは脚の筋肉にかなり負荷をかけるため、連続使用は出来ず、痛みから使用後はまともに戦えなくなる。
「痛っ‥‥」
来栖は痛みに耐えながら立ち上がると、おぼつかない足取りで倒れているウルフマンの前に立つ。ウルフマンはすでに死にかけでまともに動く事も出来ず、ただ来栖を睨んでいた。
「悪いな‥‥死んでくれ。投げナイフ」
手から離れたナイフがウルフマンの首を貫く。来栖は絶命したのを確認してからその場にうつ伏せに倒れる。
今回も、何とかなったな。あー、もうマジで疲れた‥‥
氷華は無言でウルフマンから爪と牙を剥ぎ取ると荷物をまとめ、来栖に背を向ける。
「手を組むのはこれで終わりよ。さようなら」
それだけ言って、一人で山を下り始める。
「待てよ」
来栖は上体を起こし、去ろうとする氷華を引き止めた。来栖に背を向けたま足を止める。
「何よ?」
「お前はさー、何で強さを求めてるんだ? 別に今のレベルでも十分に生きていけるだろ?」
氷華の強さは異常だ。俺やライの強さとは違ったベクトルの強さ。俺らがゲーム感覚で楽しんでいる強さだとしたら、氷華は仕事の様に淡々とこなす冷たい強さと言ったらいいのか? とにかく、強さへの執着が変に大きい。
氷華は答えを考えているのしばらく黙り込んでいた。そうしている間に、ポツポツと雨が降り始める。雨は一気に強まり、来栖の体を濡らした。
「じゃあ、来栖は何でなの?」
氷華が顔だけ振り向くと、その冷たい眼差しが来栖に向けられる。
質問に質問で返すのかよ。
「ゲーマーの意地だ」
「そう」
氷華はそれを聞くと来栖から顔を逸らし前を向く。
「私は‥‥魔王を、殺すためよ」
普段より暗い声ではっきりとそう言うと、来栖には一瞥もくれずその場を去る。




