喫煙に思う
最近またタバコが減るようになった。
こうしてなにか文章を書く前に喫煙する習慣が生まれ始めたからだ。
上京し一人暮らしを始めた時は夕食後に一服していたが、数年前に知り合いとハウスシェアリングするようになってからはめっきりご無沙汰だった。
今気に入っている銘柄はアメリカンスピリッツという燃焼剤が入っていないタバコだ。一本あたりに詰まっている葉の量が多い上燃焼剤が入っていないため、タバコにしては長い時間楽しむ事ができる。
印象としては葉巻に近いものがある。独特の風味が豊かで贅沢な嗜好品なのだ。
室内は禁煙なので、私がタバコを吸う時は決まってベランダに出て吸う。
私はタバコを持ち歩く習慣が無いため、テーブルの上に置いてある箱から一本だけ取り出し、それを咥えながらベランダに出る。
ベランダは二階にあるため、面している大通りを行き交う車や人を眺めることが出来る。
それをのんびり眺めながらタバコに火を点ける。
アメリカンスピリッツは燃焼剤が入っていないため、他のタバコと比べて少しだけ火がつきにくい。
薄暗い中、蛍のように一点、光を燻らせて煙を吐き出す。
どうも日頃は落ち着きが無い自分も、タバコを吸っている時だけはじっとしていられるような気がする。
ニコチンが頭に回り、ちょっとエグみのある薫りが鼻孔を突く。
タバコには寂しさを肯定してくれるかのような魔力がある気がする。
そんな気分が恋しくて、喫煙者の多くがニコチン中毒になるのだろう。
右へ左へと忙しい車の排気ガスに塗れながら、吐き出した煙を纏いながら、「今日は何を書こうか」なんてことを考える。
音楽プレーヤーから伸ばしたイヤホンで好きな音楽を聞きながら、ぼんやりと想像を捏ねては伸ばし、好きな形を作っては崩していく。
気に入った形ができたらそれを忘れないように記憶して、もう一度煙を吐き出す。
エアコンの室外機の上には、クッキー缶の灰皿が置いてあり、そこには吸い殻が山を為している。
自分は一日一本も吸わないので、このほとんどは同居人や来客によるものだ。
毎日のように家を訪れる来客の何人かは、俗に言うヘビースモーカーという自分とは一線を画する人種のため、吸い殻の山が成長するのはうんと早い。
咥えたタバコの先端、線香花火のように小さな火をじっと眺めていると心が落ち着いてしょうがない。
きっと遺伝子の奥底には、原始時代、火を起こすことで獣から身を守っていた時の安堵が残っているのだろう。
ちょうど半分ほど吸い終えた頃、ベランダの下の歩道に、歩きタバコをする若い女性が見えた。
気だるそうに煙を吐き出し、ゆっくりと南の方角へ、駅からは逆の方向へ歩いて行く。
きっと帰宅の途中だろう。そう当たりをつけて、私も煙を吐き出す。
あまり関係のない話だが、タバコを吸う女性を見てると少しだけ胸がドキドキする。
なんて言うか、性行為を垣間見るような背徳感がある。
一体全体なんでだろうかと理由を考えて……ひとつ結論が出た。
これはまったくもってただの偏見だが、女性が自主的にタバコを覚えるのは少ないと思う。
喫煙者と交際する過程で吸い始めた人も多いのではないだろうか。
まあその限りでは全くないとは思うが、異性の影をチラつかせて歩いてるのを見ると、少しばかり興奮することに気づいた。
……。タバコを吸って少しばかり落ち着いているような気がしたが、全くもって勘違いだった。
少し阿呆なことを考えたな、と思い直し、ちょうど吸い終えたタバコを灰皿に押し付けた。
ベランダからリビングに戻り、ライターを定位置に戻す。
自室のソファーに座り、喫煙中に思いついたフレーズやストーリーをパソコンにメモする。
喉が渇いていたので、冷蔵庫から持ってきた三ツ矢サイダーをぐいっと飲んだ。
喫煙後の炭酸飲料はどうしてこんなに美味しいのだろうか。
乾燥対策でジップロックに閉まってあるアメリカンスピリッツをチラリと見た。
少しまぶたを閉じ、暗闇に灯る蛍のようなタバコの火を思い浮かべる。
明日も今日のような日になるように、今日為すべきと思ったことの作業に取り組もうと思い始めた。