8月の夢
夏も終わりかけの8月の太陽が照りつける。
相沢 透吾23歳は、この時期に必ず「夢」を見る。
色の無い空間でモノクロの「彼女」の背中を追いかける。
鉛がついているかのように、「彼女」との距離は縮まらない。それどころかどんどん離されていく。
名前を叫んでるつもりだが声にならない。
そして、「彼女」はゆっくり振り向いて何か呟いて再び歩き出して行く。
(待って!…なんて言ったの…
待って!)
もう、「彼女」は、振り返る事はない。
姿が見えなくなって初めて声が出せるようになる。
「那智!」
腹の底からの大声を出して、透吾は現実世界に引き戻される。
もう、5年そんな「悪い夢」を見ている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
透吾は汗だくになりながら透吾は飛び起きる。
薄暗い部屋を目だけ動かして見渡す。
デジタル時計の日付が目に留まる。
8月18日
「…もう、そんな時期か…」
透吾は汗だくの体を起こしシャワーを浴びる。
(くそっ…どんだけ引きずるんだよ!)
冷たいシャワーを頭から流し唇を噛み締めた。
アイツが死んで、もう、5年になる。
アイツーーー、川瀬 那智と出会ったのは高校3年生の夏。
当時の僕はバンド活動に夢中で、そのための資金は海の家のバイトで補っていた。
ーーー5年前…夏。
「店長、奥さん、今年もよろしくお願いします!」
開店前の仕込み中の海の家で、元気よく挨拶をすませる透吾。
「今年も来てくれて嬉しいわ」
この海の家の奥さんが人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。
店長は奥で黙々と仕込みをしている。
「あの人、内心喜んでるんだから」
奥さんが小声で言った。
途端に奥から、わざとらしい大きな咳払いが聞こえた。
僕と奥さんは顔を見合わせて笑った。
「あ、そうだ、今年は姪っ子が来てるから仲良くしてやってね。」
あまり興味がなかった僕は、それ以上聞くことはしなかった。