三章十一話:信頼は、時に
医務室に戻ったアスターを待っていたのは、新手の拷問であった。
「え、えっと、ごめんなさい」
「別に構いませんよ? アスターは私がどれだけ心配するかなんて、全然気にしないのでしょう? お好きになさってください、もう」
「あ、あの……」
「いえ、良いのです。元はと言えば、私が必要以上に行動を制限したからいけないのでしょう。流石に半月近く動いていませんでしたものね。だったら、ちょっと軽く死にかけたり、決闘したり、勇者の資格を奪われそうになっても全然普通ですよね。全く。うふふ」
ベッドに寝かされるアスター。検査し直したところ打ち身以外は大したダメージもなかったものの、現在彼は針の筵である。
アスターを向きながら、にこにこと微笑んでる美少女。
やわらかな金色のロングヘア。巻くこともせず垂らすその髪は、しかし重力に反してふんわりしている。優しそうな顔立ち、やわらかな微笑み。母親譲りの深い緑の目は、見るものをとらえて離さない。服装なども質素ながら多少きらびやかで、全体合わせて身分の高さを伺わせる。
エリザベート・オルバニア。
例え背後から得も言われぬ面妖な威圧感が漂っていても、この国の王女であり――アスターの想い人に相違ない。
さて。
レオウルに連れられて医務室に入った彼を待っていたものは、かんかんに怒ったエリザベートであった。アスターパーティーの一人、踊り子のセノは「きゅんきゅうん今日はもう働きたくないきゅん☆ ……」と力尽きており、にこにこと憤怒を巻き散らすエリザベートは、検査が終わった後からアスターに容赦がなかった。
「そんなのだから、アスターは兄様なんかに気に入られるんです」
マウリッド・オルバニアと面識のないアスターであるが、エリザベートが彼を引き合いに出す時は大抵怒っている時である。城の中で数々の問題行……げふんげふん、武勇伝を打ちたてた王子。王位継承権第一位の兄のことを考えているらしいエリザベート。現在は留学中で国内にいないものの、だからといって小さい頃の彼女がどれほど苦労したかはまた別である。
要するに、激おこぷんぷん丸である。
幼少期から鍛え上げられたアルカイックスマイル(社交用)こそ簡単に外れないものの、これは激おこですわぁ。
こいった面での対処経験がまだまだなアスターは、助けを求める視線を周囲に向ける。
レオウルは肩をすくめ、セノは撃沈。
日和ろうにもエリザベートがこんな状態なので、アスター的にはどうしようもなかった。
こういう場合、どうするべきか。
色々あるが、自分が悪いことが明確な場合は王道が一番である。
すなわち、セラストが異国より持ってきた風習「DO☆GE☆ZA」である。
謝罪形式の中で一、二を争うほどの無防備な体勢になり、アスターは頭をベッドにつけた。
「……スミマセン」
「ですから、別に良いって言っています」
にこにこしたままのエリザベート。
しかし、彼女もまた十三歳の少女である。長時間ヒトを土下座させ続けられるだけの度胸とかは、流石にまだ身についていなかった。
「……顔を上げてください」
おそるおそる頭を上げるアスター。
苦笑するエリザベートは、彼の頭をなでながら続ける。
「食事とか、多少はもう大丈夫だって分かりましたから。ダグナさんも色々おっしゃられましたし……、無茶だけはもうしないで下さいよ?」
「えっと……、はい」
「きちんと返事をしてください」
「は、はい」
「宜しいです」
一度伸びをすると、エリザベートは立ち上がる。「では、私は一旦これで。お母様のお仕事少し手伝わないといけませんので。――では」
部屋から立ち去るエリザベートの姿を、アスターは複雑そうな表情で見ていた。
セノが立ち上がり、彼女の後を追う。
レオウルが不思議そうな顔をしていたが、いまいち彼は、どうしてセノが後を追ったかを理解していないようである。
「王女たま、王女たま」
「何でしょう?」
振り向くエリザベートの顔は――くしゃくしゃだった。
う~ん、と唸りながら、セノは彼女を抱きしめた。
頭を撫でる。嗚咽をこらえるエリザベートだが、肩の震えに合わせてわずかに声が漏れていた。幸い廊下には誰も居なかったため、その声は聞かれることはなかった。
セノは、出来の悪い妹を諭す姉のように言う。
「きちんと言わないと、伝わらないと思うわよ? 色々と」
「……今更ですよ。セノさん。私の巻いた種ですから」
エリザベートの声には、どこか諦めが滲んでいた。
※ ※ ※ ※
「なるほど、また妙な話しになってたな」
一瞬パンプアップしてから椅子に座るレオウル。アスターが朝起きてからの事情説明を一通り聞いている途中、筋トレを続行していた。聞き終わっても腕はダンベルを持ち上げている。
「しかし決闘か。俺のは受けなかったくせに、よく受けたものだなぁ」
「えっと、状況が状況でしたし。何より、アレリアさんがダグナさんを呼びに行ったので」
貴族間の決闘というのは、ほとんど使われなくなったとはいえど、実際に使われるとなかなかに断り難い。見た目、言動、雰囲気がどれほど貴族らしくなかろうと、アスターに流れるそれは、名誉貴族二世といえど貴族に違いないのである。幼い頃から身に付けた日和り能力などなくとも、なかなか否定することが出来なかった。
それに対して、アレリアが決闘そのものを無効化するための策をアスターに提案したのだ。なんだかんだでダグナの秘書(?)。ダグナが手を回せないあたりの軋轢等は心得ている。丸く治める、ことは出来ずともなんとかブレーキさせることは出来ると踏み、実行したわけだ。
そんなわけで、アスターが引き受けたのは実質、足止めである。
そう長くはもたないと言ってあったため、ダグナもかなり急いで行ったり来たりしたようだった。
レオウルは、頭をかきながら思案する。
「あーん、俺はグラディエイターでしかないからよく判らないんだが、そこら辺はやっぱり、何か圧力とかあるのか? 受けないといけないとか」
「多少は、ですかね。名誉を重んじる、というところでしょう。受けなかったと言うのを切欠に、周辺の貴族たちとの関係悪化したんじゃ、家に申し訳が立ちません」
実際問題、これは本音と建前である。
建前としては名誉の問題だが、本音としては叩き上げ貴族のリックスを取りつぶしたいという家も少なくない。それに対してわざわざ理由を与えてやるべくもなく、父親は建前というのを文字通り解釈したような振る舞いこそに重きを置いて、軋轢を少なくしていった。対するアスターは、そんな父親の姿を反面教師にした部分が多い。
なかなかに、こういった点はままならないところである。
「で、騎士団の元パトロンと、お前さんとが実質引き分けたと。んー、何でその、トージェンスとかいう団子肉は強要したんだ?」
「レオウルさん、その言い方……」
言いつつアスターも否定はしない。多少なりとも鬱憤は溜まっているのかもしれない。
「正直に言って、心当たりはありません。と同時に心当たりも多いです」
「いまいち意味がわからねーぞ」
「えっと、僕個人としてはというところです。同時に、“新たなる勇者”としては無数に、ですね。それこそ色々ありすぎます。……あっ」
今更ながらに、アスターはきちんと思い出した。
アスターが試練を突破した際、ドリドフがアスターに突っかかってきた時のことである。
決闘前はなんとなく「そんなことあったなー」程度の認識であったが、唐突にどんな話しをしたのかの詳細が脳裏を過ぎったのだった。
『なんで、お前みたいな小僧が試練を突破できる!』
『えっと……、無事ではありませんよ?』
マンドレイクの紋章――エースがマッドゴブリン討伐の際に騎士団から送られたものである。
アスターが受けた試練は、そのエピソードをもとにした試練であった。
これに対応する試練は、本物のマッドゴブリンではないものの、それに匹敵するような脅威と戦うことが条件であった。実際に設置されたものは、威丈夫レオウルをして失禁しかけるほどの名状しがたいナニカであったが。騎士が監督として現場で待機していたものの、二人揃って相当に苦戦したことは間違いない。
カノンとの遭遇がなくとも、左腕が包帯ぐるぐる巻きになるくらいには、無事ではなかったのだ。
アスターの様子から、彼の言葉が嘘偽りでないことに、納得できるだけの理性が相手にも残っていた。だが、当時のドリドフは納得しきれなかった。
『俺の何が劣っていたのだ……、父上のツテで、集められる最強の仲間を集めた。装備も道具も充実させた。年齢も経験値も、お前に劣っていたとは到底思えない。身体能力を補ってあまりある布陣をそろえたはずなのに、何故だっ!』
『……えっと、僕が言うのもおこがましいですけど、信頼関係とかでは?』
ドリドフは、頭を傾げる。
『えっと、僕も仲間を一人連れて行きましたけど、その時、僕は自分の力だけで、時間をかけて頼みこみました。知り合いの知り合い、という程度の関係性でしたので、筋を通して置かないといけないと思ったので』
勇者選別の通知はレオウルにも行っていたが、彼は当時そんなに乗り気ではなかった。一度“黒の勇者”の戦い方を見たのが原因かもしれない。
徹底的効率主義の殺戮は、徹底的娯楽主義の演舞とは、色々な意味で相性が悪い。既知ではあったものの、レオウル的にあまり向かない世界だと、本能的に察していたのだ。
それに対して、アスターはひたすら懇願した。
アスター自身は反対されていた身であったため、父親のツテで仲間を募ることはできない。
彼に出来たのは、せいぜい知り合いに頭を下げて頼みこむくらいだ。
レオウルも、そんな相手の一人であった。
試練の始まるまでの間、直前の期間ずっとアスターは頭を下げ続けた。
他の貴族たちがやってきても、傲慢な態度をとったり報酬の話しばかりされたりするのに対して、アスターのそれは、ひたすら謙虚に映った。
だからこそ、試練直前にレオウルも折れたのだ。
『僕の、剣術の師匠が言っていたんですけど……「信頼は、時に能力を凌駕する」らしいです』
『何だそれは』
『僕も、よく分かりません。でも、話しを聞いた限りだと、それくらいしか思いあたらないですね』
そして、エイトラインを抱えながらアスターは去り際に一言。
『あと、もし勇者になった後も仲間たちと旅を続けるんだとしたら、当人である貴方もやっぱり、動けるようになった方が良かったんじゃ……』
『……ッ、ッ、帰る』
そんな感じで、アスターとドリドフの邂逅は終わったのだった。
いや、確かにこれなら醜態だったろう。そしてそれを恥じて、現時点で鍛錬を積んでいるのだ。ドリドフ・トージェンスは。
アスターとしては、なんとなく彼が好ましく思えた。
当然、多くの人間が突っかかって来ていたが、その中でも、ドリドフはまだ善良な方だったのだろう。
「そう考えると、息子が勇者になれなかった逆恨み……?」
色々と考えてはみたものの、結局、二人の情報量だけで答えが出る問題でもないのだった。
一章でこの辺りが描写されなかった理由:完全に主役交代になってしまうため。
次回少し時間開きます? といいつつ一週間以内に投稿されるやもしれませんが。




